中野ブロードウェイ
中野駅北口のアーケードから続く、中野ブロードウェイの正面入り口に到着した。魚正のパック寿司半額フィーバータイムが始まるまでまだ少し時間があるようなので、中を一回りしてくることにしよう。
「NAKANO BROADWAY」という英字看板の下をくぐり抜け、右手にあるエスカレーターに乗り三階へ向かう。平日だが夕方ということもあり、学校帰りの若者や夕飯の買い物客のマダム達などで賑わいを見せている。
ちなみにこのエスカレーターはなぜか二階を素通りする。初見の人はまずここでつまずき、二階に行くエスカレーターを求め、一生ブロードウェイ内を徘徊する羽目になるという……。まあそんなことはないが、建物全体を通して、そういった初見殺し的な非常に迷いやすい空間になっている。
三階に降り立ち歩きながら一通り周囲を見渡す。辺りに広がるのはアニメ、マンガ、ゲーム等々、オタク、サブカル的な商品が所狭しと並べられた専門店。
中野ブロードウェイが通常のショッピングセンターとは一線を画す理由。その『ある一点』とは……アジア随一、いや世界一のオタク・サブカル系店舗の一大拠点となっていることだ。
建物内は細かいスペースに区切られたマニア的な専門店が軒を連ね、それはまるで現代ジャパニーズカルチャーのコラージュ作品のような様相を呈している。またその集積度とカオスさが『魔窟性』を遺憾なく発揮している。
さらに、建物内に居を構える店舗は先に述べたオタク・サブカルグッズ店だけではないのであった。
高級腕時計店、おばあちゃん的な服屋、靴屋、医者、歯医者、謎のオフィス、美容室、占い店、ギャラリー、メイド喫茶、ゲーセン、古銭屋、ハンコ屋、不動産屋、植木屋、寝具店、スピリチュアル的な石を売っている店、アンティーク小物店、などなど。
地下の食料品店街には、肉屋、魚屋、乾物店、缶詰などの保存食品の店、チェーン店のスーパー、謎のキノコ屋、すっぽん屋、かき氷屋、立ち食いうどん、などなどなどなど。
それらの店舗が、二階に行こうと思ったら三階に連れて行かれてしまうような、ダンジョン的な通路構造の建物に所狭しと立ち並び、カオスな空間を形成している。
その反面しっかり管理され、地域住民にも馴染み深いショッピングセンターである中野ブロードウェイは、いわば『安全なゆるふわ魔窟』とでも表現できる場所だった。
そんなことを考えながら、三階のオタク・サブカル系店の波を抜けて進む。
辺りは学校帰りの高校生やヒマな大学生などで、大変な賑わいを見せていた。特に混み合っているのは、古書店を中心とするブロードウェイ内最大のマニアショップ『まほだらけ』付近。立ち読みをする学生や、ガラスケースに展示されたレア本を吟味するマニア風の男達などで溢れ、通路が一杯になっている。
「あっ」
不意に人混みの中の女の子とぶつかってしまう。
「――ごめんなさい、私の不注意で」
「こちらこそごめん。ちょっと考え事をしていて」
頭の上に付いているのはネコミミか?
軽く会釈をして去っていく女の子。ネコミミに気を取られすぎてしまったけど、すごくかわいい子だったような気がする。
コスプレ衣装ショップが入居していることもあり、コスプレ客もよく見かける。秋葉原とは違って中野では、地域住民とも同一空間に共存していて、味わい深い空気感を醸し出している。
俺は昔からネコミミが大好きだ。何故好きかって理由などない。好きだから好きなのだ。昔見たアニメか何かが、幼心にトラウマになっているのかも知れないけど。
――やっと混雑を抜けて階段のある場所に出る。エスカレーターは三階行きのみなので、二階・四階に行くには階段を使わなければならない。お腹に何も入っていない軽やかな体で、階段を駆け上がり四階へ向かう。
階段を上ったところにあるのは、ゲームセンター『USG』。対戦格闘ゲームの聖地として名を馳せ、定期的に大会を開催しているらしい。来る時間によっては、かわいいメイド店員がいることもあるとかないとか……今は姿が見当たらないので先に進もう。
さっき上ってきた階段の方に踵を返し、通路を右、左、左、右と曲がりそのまま奥に進む。
狭い曲がりくねった通路。視界の限り続くシャッター街。蛍光灯が煌々と照っているのになぜか薄暗く感じる。人気が感じられない。
その様子はさながらロールプレイングゲームのダンジョンのようであった。
日常から切り離された空間、異世界への接続口のような……。
四階の深部はシャッター街になっている。二階、三階ではお客さんの入る店舗として利用しているようなスペースを事務所、もしくは倉庫として利用しているためだ。
前からこの空間は気に入っていて度々訪れている。何かが始まりそうでワクワクするのだ。
そういえば大学でこんな噂話を聞いた。
『午前四時四十四分に、中野ブロードウェイ四階の公衆電話から電話をかけると、異世界に行くことができる』
学校の怪談かよ!
四階のぁゃしぃ雰囲気と、今はもう使われなくなった時代遅れの機械が現存していることへの哀愁から生まれた噂だろう。
確かにそういう気分になるのはわからなくもない。
ふとスマホを確認すると家を出てから既に三十分ほど過ぎてしまっていた。
まずい。この時間になると愛しい半額寿司ちゃんが飢えた老人どもに全部刈られ尽くしている可能性がある。
『飢えた老人ども』はちょっと言い過ぎかも。お年寄りと若者がうまく共存しているこの街は結構好きだ。
『お腹がお空かれ遊ばれたご高齢者たち』との半額バトルに負けないように、慌てて階段を駆け下り地下の食料品店街にある魚正に向かう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます