イン ザ スカイ
京高
第1話
数日間降り続いた雨も上がり、人口浮遊島であるここ浮嶋市でもその日は朝から晴天に恵まれていた。
「本当に晴れている……」
ガレージから出てきたトオルが呆れたように言うのも当然のことだ。
なにせ昨晩のもうすぐ日付も変わろうかという頃まで雨は降り続いていて、天気予報も今日は雨だと訴えていた。
それが起きてみれば雲一つない快晴に変わっていたのである。
「だから言っただろう。晴れるって」
「さすが、ハレ君の面目躍如といったところね」
「今回はハルちゃんもいるしね」
後から出てきた男女が楽しそうに話す。ちなみに男の子のほうがハレで、女の子のほうがハルだ。
「いや、二人とも何の説明にもなっていないからな」
と、突っ込みを入れるが実際晴れているし、本当にこの二人のおかげかもしれないと思うトオルだった。
「あんたたち、のんびり話をしていないでさっさと用意をしなさい。本番まで時間がないよ」
さらにガレージから顔を出した人物が皆に指示を出す。
眠そうな顔で寝癖のついた髪を手で櫛梳るこの人こそトオルたち三人が所属する
今日彼ら四人が迎える大舞台、それが毎年
空中レースへの参加自体は学園を介さず行うことができるが、その際には参加費と諸々の書類手続きなど煩雑な事務作業が必要となる。
学園代表となればそれらの面倒事――と参加費――を学園が肩代わりしてくれるということもあり、毎年多くの部や同好会がこの学内予選に参加していた。
二つある代表枠に対し、今回は七つのチームが参加を表明している。
「本番といっても学内予選ですけどね」
軽口を叩きながらもガレージの扉を開ける準備をするハレに、
「でも、これで勝てなければ話にならない訳だから、やっぱり本番だよ」
とハル。
ここ数年、空走研究会は何の実績も残していない上に、ほんの一か月前までは同好会の存続規定である四人を下回っていた。
今日ある程度の結果を出さなければ廃部になってしまうのである。
「何を言っているの。私たちには秘密兵器があるから大丈夫よ」
「秘密というには目立ち過ぎだと思いますけど……」
根拠のないイロハの自信に対して、トオルは不安そうに開いたガレージの中を見つめた。
そこにあったのは大きな翼をもつ彼らの機体だった。
重力遮断装置が開発され、世界は大きく様変わりした。
端的に言うと「車が空を飛ぶ社会」が現実になったのである。
それどころかさらに改良が加えられ、バイクやはたまた人力発電による空飛ぶ自転車、そして浮嶋市のような巨大建造物まで空を飛ぶようになった。
浮力を得るために翼は必要なくなり、飛行機の形は大きく様変わりした、にもかかわらず彼らの機体には大きな翼が付いていたのである。
「レースの規約には「飛行方法は重力遮断を利用したもののみとする」とは書いてはいないから違反にはならないと思うけど」
「空走研究会にあった重力遮断装置だと電気を喰い過ぎて推力に回す分が無くなっちゃうからね……ちょっと裏技的だけど仕方ないよ」
心配そうなハルの呟きに返すハレの声も若干弱気になっていく。
公平を期すため蓄電器は学園から提供されるが、他の部品に関してはそうはいかない。
自前で購入するか、あるものを使うしかないのだが、長らく開店休業状態であった空走研究会に高性能品を調達する資金がある訳もなく、部屋の隅で埃を被っていた旧型を修理してようやく使用可能となったのである。
「大丈夫だって!電力をできる限り推力に回して、翼の、ええと揚力で浮かぶ!何度もシミュレーションして上手くいっていたし、問題ないよ!」
イロハは明るく言うが、問題はまさにそこにあった。
実は彼らは一度のテスト飛行もしていないのである。
確かに計算上では安全性も含めてオールグリーンと出ていたが、現実には予想もしなかった事態が起こるものでもある。
何とか最低一度はテスト飛行を、と準備を進めていたのだが時間切れとなってしまった。
「会長、乗るのは僕なんですけどね」
パイロットであるハレが苦笑しながら答えた。
だがイロハの言うとおり、ここまできたら自分たちのしてきたことを信じて開き直ったほうがいいのかもしれない。
「とにかくあの子を外に出して。私たちの燃料補給もしなくちゃいけないし、やることはたくさんあるよー」
「りょうかーい」
イロハの指示に従い全員が動き出す。決戦まであとわずかだ。
学内予選――正式には
数か所のチェックポイントを順番に通過しながら島を反時計回りに一周してくるのである。
制限時間は二時間。島の移動機構の点検により、一般の飛行が全て禁止されている間のみとなる。
予選開始一時間前、スタートとゴール地点である滑走路は大勢の人でごった返していた。
滑走路といっても重力遮断技術を用いた垂直離着陸が基本であるため、全長は三百メートルほどしかない。
その中央左側に学園・学生会協同の運営本部や各チームのテントが立ち並んでいる。一方、滑走路の端には各チームの機体が並べられ、最終チェックが行われていた。
一番予想は第一回から連勝を続けている航空部で、毎年百名近い部員を抱える学園内でも人気の部だ。
そして飛行科学部、航空機械研究部と続く。
毎年この三チームが上位を独占しているため、それ以外は勝つことよりも参加賞――つまりは内申点目的である。
存続の危機に立たされているものの空走研究会も同様に思われていた。
会場にいる人間は皆、学内予選出場という活動実績を得ることが目的で、勝敗は気にしていないだろうと考えていたのである。
しかし、当の本人たちは勝つ気満々でいた。
「なあトオル、あの扇子を持ってる人みたいに本当に狙った時間に風を吹かせたりできるのか?」
コックピットで計器類の確認をしながら、ハレが尋ねた。
「あのなあ、あれは別に風を吹かせたわけじゃない。その時間に風が吹くのを知っていて、そういうパフォーマンスをしただけだ」
外でワイヤーの点検をしていたトオルが呆れたような声を返す。
「安心しろよ、そのために俺がいるんだろう。スタート時間の前後十分間は強い向かい風が吹く。間違いない」
「了解、風ハカセ」
空走研究会が勝つための秘策の一つ、それが風を味方につけることだった。そのためにトオルが気象研究会から助っ人として引きずり込まれたのだ。
「予選開始三十分前です。パイロット以外は機体から離れて下さい!」
拡声器を通して係員の声が響く。
「それじゃあ、俺は皆のところに戻るからな」
「おつかれー」
緊張感のないやり取りを交わしながら、二人は顔がにやけるのを止められなかった。
誰も予想していない大波乱の幕開けまであと少し。
トオルの予測通り予選開始十五分前には風が吹き始め、飛行禁止と学内予選を伝える島内アナウンスがされる頃には強風になっていた。
立ち並ぶテントの屋根が音を立ててはためいている。そんな中でイロハは腕を組んで仁王立ちしていた。
「ふっふっふ、計画通りね!」
「会長、悪役みたいですよ」
通信機器の前に陣取っているハルが冷静に突っ込むが、テンションの上がったイロハには全く効いていないようだった。
「悪役でも何でもいいけれど、始まる前にネタばらしをするのはやめて下さいよ。あと、負けフラグを立てるのもやめて」
トオルが釘を刺すも、どこ吹く風といった顔である。
「ハルちゃん、「これ」大丈夫なのか?」
さすがに心配になってハルに尋ねる。
「私に聞かないでよ……」
「だって「これ」と一番付き合い長いしさ」
「好きで「これ」と長い付き合いをしている訳じゃないんだけどね」
『二人ともひどい言いようだな……』
通信機を通してハレがぼやくのが聞こえる。
「通信状況は問題なし、と」
「相互とも、ね」
『あっさり流された!』
スタート直前にもかかわらず全員平常運転である。
そうこうしているうちに五分前が告げられた。
「おっと、私からみんなに一言」
アナウンスで現実に帰還したらしいイロハが通信用のマイクを握り、残る二人を順番に見る。
「まずはありがとう。皆のおかげでここまで来られました」
突然の言葉に驚く三人。一方のイロハはしてやったりという顔をして続ける。
「でも、これで終わりじゃないからね。せーの、勝つぞー!」
「オォー!」
イロハの掛け声に三人の声が綺麗に重なったのだった。
『スタート三十秒前…………二十秒前…………十秒前……五、四、三、二、一、零!』
アナウンスが終わると同時に他のチームの機体が次々に浮かび上がるが、強い向かい風にあおられて機体の制御に手間取る。
そんな中、空走研究会の機体のみ前進していた。
まっすぐ強風に向かいながらも徐々に速度を上げていく。
『もっとスピードを上げて!』
「これで全開だよ!」
あっという間に滑走路中央のテント群の前を通り過ぎるも、予定していた速度にはいまだ到達していない。
「きた!」
滑走路が残りわずかになるころ、微かに浮かび上がるような感触を得る。
『上がれ!上がれ!』
通信機からは祈るような三人の声が聞こえてくる。
「今だ!飛べー!」
これまでで最も大きい浮遊感を感じた瞬間、ハレは重力遮断装置を起動する。
刹那、重さを無くした機体は翼に受ける揚力で一気に空へと舞い上がっていった。
スタート直後に浮かびあがって機体制御に手間取る他のチームを後目に、地上を疾走したハレが一位に躍り出ていた。
『ふぅー。第一関門クリアだな』
イロハとハルの歓声に混じって、トオルが呟くのが聞こえた。ここまではほぼ計画通りだ。
うまく風を味方につけられたと言っていい。
あとは他のチームの追撃をかわして逃げ切るだけだが、これがまた難問だ。
特に上位チームは潤沢な部費を使って最新式の部品を取り揃えている。蓄電機が同じでも出力には大きな差がある。
すでにハレは重力遮断装置の電源を切り、その電力もエンジンへと回していた。
『そのまま直進して第一ポイントを目指して』
「了解」
どんなものでもまっすぐに直進しているときが最もスピードが出る。これは生き物に限らず乗り物にも言えることである。
ハレたちはロスが出ないようにできる限り曲がる回数を少なくしたルートを計画していた。
『第一ポイント通過を確認。急いで第二、第三ポイントのラインに乗って』
第二ポイントは飛行可能エリアの比較的内側に、そして第三ポイントは外側に設定されている。
そのため二つを直線状にとることができるのであった。
ディスプレイの表示とハルの指示に従って左に旋回させる。
無理な動きは失速に直結する。
シミュレーションでの練習時には感じることのできなかった遠心力を受けつつハレは自分に「焦るな」と言い聞かせていた。
『ライン取り成功。あとは第三ポイントまで全速力で』
「後続との差は?」
『第一ポイントの段階で二位の飛行科学部とは十八秒差ね。上々だわ』
明るいハルの声とは逆に、ハレは渋い顔をしている。
「予想よりも立て直しが早かったみたいだ。こちらも少しスピードを上げるよ」
若干機首を下げ、下降しつつ速度を上げる。
多用できない方法だが今レース中最も長いストレートのうちに差を広げておきたい。
「第三ポイントを越えたら作戦決行するよ。タイミング合わせよろしく」
滑走路を挟んでテント群の正面に設置された大型モニターに表示されている光点が第二ポイント通過を示している。
高度を下げたことは多少気にかかるが、順調といっていい。
イロハの前ではハルがディスプレイに次々と表示されていく機体情報を確認しながら、必要な情報をハレに伝えている。
その横では自分の端末を使って、トオルがこの後の風の動きを読んでいた。
「そろそろかな」
レースに参加している全機体の位置は各チームに貸し出されているモニターにも表示されている。
こちらの作戦に気付く者が出てきてもおかしくない頃合いだろう。
そう考えて他のチームの方に顔を向けると、やや大きめの足音を立てて数人がやって来ているのが見えた。
現在二位につけている飛行科学部のようだ。
「どういうつもりだ?」
何かを言い始める前に相手が言いそうな言葉をぶつけてみると、予想通りだったのか、やって来た男たちは目を見開いていた。
「ルート自体は飛行許可区域だし、何の違反もしていないわよ」
「俺たちが言いたいのはそういうことじゃない!」
「じゃあ何?」
面倒くさそうな態度をとるイロハに、苛立つ飛行科学部の面々。それを手で制して先頭の男が話し始めた。
「うちの者が大きな声を出してすまない。俺は飛行科学部の部長をしている者だが、別に空走を責めるつもり来たわけではないんだ。ただ、大事故になるのを見過ごすわけにはいかない」
「ならないわ」
「飛行禁止区域だぞ」
男が示したのは第三ポイントの先だった。
そこは島の外に飛び出していかないように外縁部に設置されている飛行禁止区域で、重力遮断装置を強制的にシャットダウンさせる電波が発せられている事実上の飛行不能区域である。
しかし、
「私たちには飛行可能よ」
ハッとした表情を浮かべる飛行科学部部長
「君たちは本当に翼だけで飛んでいるのか!だが、それこそ違反になるぞ」
「それもならないわね。この予選のルールは本大会にのっとっている。そして本大会において飛行許可区域は中央環状線より外側、としか書かれていない。つまり……」
「飛行禁止区域であっても、飛行許可区域に入っているんですよ」
イロハの台詞を引き継いでトオルが答える。その手の端末には空中レースの規範が書かれたページが表示されていた。
飛行禁止区域を飛ぶ、それこそが空走研究会が勝つための秘策、その二だった。
イロハたちが飛行科学部と話している間に、ハレは第三ポイント目前の所までやってきていた。
『ポイント通過までのカウントダウンを開始。十秒前……五、四、三、二、一』
「零!」
機首を上げて先ほど消費した高度を稼ぎながら速度を落とすと同時に、大きく機体を傾けて一気に旋回する。
ジェットコースターとは比較にならない程の強烈な圧迫感に気分が悪くなりそうだ。
『機首上げ過ぎ!落ちちゃう!』
ハルの声に急いで機体を立て直す。
さっさと飛行禁止区域から離れなければ制御不能になったときの保険である重力遮断装置も使えず、真っ逆さまということにもなりかねない。
「ロスは?」
『予定より三秒。後続との差は十秒まで縮まっているよ』
既定のルートに戻し、エンジンを最大出力に。
加えて上げ過ぎた高度分も使いスピードを増していく。
ここからしばらくは策も何もない地力勝負になる。ロスを出さないように緻密な操作が要求されて、パイロットには苦しい区間だ。
第四、第五、そして第六とチェックポイントを通過するごとに差が縮まっていく。
シミュレーターによる反復練習で体に覚えこませた成果はあったものの、機体の性能差を覆すほどではなかったようだ。
追われる状況に神経がすり減る。
転機が訪れたのは第七ポイントを過ぎ、残り四分の一に届こうかという時だった。
『ハレ、もうすぐ強い横風がくる場所に出る。無理に立て直そうとしないで、ある程度流された方がいい』
通信機からハルではなくトオルの声が聞こえた。
「何とか動きが読めないか?」
『中央のビル群を抜けてくる風だから読みにくいんだよ。渦を巻いているものもあるし』
「こう、その風に乗ったらブワーっと加速できるようなやつとかないの?」
『そんな便利な風があるか!』
トオルの文句が終わらないうちに機体に風が当たり始めた。右側を下げ底面で風を受ける。流されつつも高度を稼ぐためだ。
『おうおう、他はいい感じに混乱しているみたいだな。慌ててデータの解析をしているな』
「終わる前に通り抜けそうだね」
『……さすがに航空部は対処済みだったらしい。航空機械研究部を抜いて三位に上がって来たぞ』
どうやら常勝チームの追い上げが始まったらしい。
「強風エリアの方はまだ続きそう?」
『もうすぐ終わるな。あとはハルちゃんの指示に従ってくれ』
「了解」
トオルが指示を出している間に、ハルは風で流されて変わってしまったルートの再計算をしていたようだ。
『おまたせ。第八ポイントからゴールまでのルートが出たよ』
「逃げ切れる?」
『向こう次第ね。私たち、というかうちの会長のことをどれだけ理解しているかが鍵かな』
ハレが一位で第八ポイントを通過するとゴール地点の会場はにわかに騒ぎ始めた。
例年であれば航空部が追い上げて一位になっているか、一位争いをしていたのに、今年は無名どころか活動実績皆無のチームが一位で、飛行科学部が二位、三位にやっと航空部という大波乱である。
見物客の人数も増え、王者の逆転勝利を望む人や、無名の大穴に期待する人などこれまでにはない熱気に包まれていた。
「ついに我慢できなくなったみたいね」
飛行科学部の部長ら数人が再度やってくるのを見てイロハが呟いた。
何を言いに来たのか予想はついていたが、今回は知らないふりをすることにした。
なにせ自分たちは初参加なのである。
「このまま勝つつもりなのか?」
「もちろん。そのために頑張って来たのよ」
「悪いことは言わない。航空部に勝ちを譲れ」
よほど焦っているのか、飛行科学部の部長はとんでもないことを口にした。
「八百長をしろって言うの?性質の悪い冗談はやめて」
嫌悪感を隠さずにイロハが返す。
「君たちは知らないだろうが、この予選では航空部が勝つ必要があるんだ」
「学園代表じゃなくても本戦には出られるのよ。勝つ必要なんてないと思うけど」
全くかみ合う場所を見いだせずに、話は平行線をたどる。
そこへ、
「お前たち新人にもわかるように話してやる」
神経質そうな顔をした男が割って入って来た。
胸に航空部と大きくデザインされたシャツを着ているところから、まず間違いなく航空部の学生だろう。
「この予選には毎年多くの航空部のOBが来賓として来ている。中には市や企業の重役を連れて来ている人もいる。それなのに航空部が負けてみろ、その人たちの面子は丸潰れだ」
その位のことも分からないのか、と言わんばかりに見下した態度で説明する航空部員。
「つまりは、出来レースってわけね」
こみ上げてくる怒りを表に出さないように慎重に言葉を発する。
毎年航空部が同じようなパターンで逆転優勝していることから、ある程度の予想はしていたが実際に説明されると腹が立つ。
ハルとトオルも相当頭にきているようだ。
「理解したか?理解したのなら早くパイロットに減速するように伝えろ。ああ、くれぐれも自然に見えるようにやってくれよ。下手な演技でばれたら困る」
本気でぶん殴ってやろうかという思いを抑えつけて、イロハはマイクを握った。
「ハレ君、聞こえている?」
『全部聞こえていましたよ』
返ってくるハレの声も怒気を含んでいた。
「それなら話は早いわ。最後の指示よ…………ぶっちぎっちゃいなさい!!」
「了解!!あっはははは!」
イロハの指示に大笑いするハレに、ハイタッチを交わすハルとトオル。
一方、飛行科学部の面々は唖然としていた。
航空部員は何が起きているのか全く理解できていない、という顔をしていたが、
「何をしているんだ!最悪学園への寄付や支援が無くなるかもしれないんだぞ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。
「うるさいわね。これは私たち学生のための大会よ。そんなところに大人の事情を持ち込むのが間違いなのよ」
面倒くさそうにイロハが答える。
「あとで後悔するぞ!」
「知っている?そういうのは三下の台詞なのよ」
捨て台詞を嘲笑で返された航空部員は、逃げるようにして自分のテントへと帰って行った。
「さあ、あなたたちはどうするの?言っておくけど、空気なんて読んでもああいう連中をつけ上がらせるだけよ」
イロハの言葉に考え込む飛行科学部部長を部員たちが心配そうに見ている。
勝つにせよ、負けるにせよ急いで指示を出さなければ間に合わなくなる。
「全力で追いかけるように伝えるんだ。初参加のチームに負けるなんて恥さらしだぞ」
部長の指示に部員たちは弾かれたように飛び出していく。
「しっかり決めたじゃない。見直したわ」
「航空部に勝つのが、うちの悲願だったことを思い出しただけだ」
ぶっきらぼうに答えると、部長も自分たちのテントへと帰って行った。
「でも、少しばかり決断が遅かったわね。勝つのは私たちよ」
そう言ってイロハはハルたちに笑って見せたのだった。
その三分後、空走研究会が一位でゴールし、次いで飛行科学部が僅差で航空部を制して二位となったのだった。
「はあぁー、まさか機体を接収されるとは……」
夕方、学内予選終了後のもうすっかり後片付けが終わってしまって何もない滑走路に空走研究会の四人の姿があった。
「飛行禁止区域を飛んだことを不問にしてやるからおとなしくしていろ、てことだな」
見事一位でゴールした空走研究会だったが、レース後の審査の結果、飛行禁止区域の飛行による反則負けとなってしまった。
それにより順位が繰り上がり、飛行科学部と航空部が学園代表として本戦に参加することになった。
さらに、ある企業が重力遮断装置と翼というハイブリットな仕組みに興味を持ったという理由で、機体を学園に接収されてしまう。
これにより、独自での本戦出場もできなくなってしまったのだった。
「ほれほれ男ども、愚痴らない、愚痴らない」
「企業が興味を持つような機体を作ったって思えば、すごいことだよ」
意気消沈している男二人を女性陣が励ます。
企業が興味を持ったのは建前ではなく本当のことで、機体と一緒にデータを引き渡す際、四人はいろいろな質問をされたのだった。
「まあ、空走研究会の廃部は免れたし、誰も怪我一つしていない。十分な成果よ。それに……」
そこで言葉を区切ったイロハは背伸びをした後、今日のレースの前のように全員を順番に見ると、
「うちの機体を持っていった会社の人、いつでも遊びに来ていいって言っていたからね。しばらくは退屈しないですむよ」
と言ってニヤリと笑ったのだった。
イン ザ スカイ 京高 @kyo-takashi
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