第18話 開かぬなら 壊してしまえ ドア扉(ルシフェルパクりの一句)

 ガンガンガンガンゴンゴンゴンゴン!


「うわっ!?な、何?」


 突然大きな音が響いてきて僕は目覚めた。

 せっかくいい夢を見ていたというのに邪魔をされてしまった。


「あれ?どんな夢だったっけ?」


 良い夢でしかも大事な夢だった気がするのだけれど、肝心の内容が思い出せない。


「そうか!水着のお姉さんから告白される夢だ!」


 我ながら冴えている。

 これなら確かに大事で良い夢だ。

 しかしそうなるとあのまま夢を見続ければポロリでムフフなシーンに遭遇できたかもしれない。


「なんてもったいないことをしたんだ……」


 余りの衝撃に茫然自失となる僕。

 そしてその間もずっと謎の轟音が鳴り続けていた。


「この音さえなければ……夢の世界で美人でないすばでーのお姉さんと仲良くキャッキャウフフできていたはずのに」


 僕は体の底から湧きあがる怒りに身を任せ、轟音の発生源を見据えた。

 そこは倉庫の入り口であり、一人の男が悪態をつきながら扉を叩いたり蹴ったりしていた。


「くそっ!どうなっているんだ!?何で開かないんだよ!?」

「げっ!?」


 その声を聞いた瞬間僕の怒りは欠片も残さず消え去っていた。

 なんと扉に悪戦苦闘していたのはルシフェルだったのである。


 まずいまずいまずいまずいまずい!


 何の対抗策もできていないのに奴が帰って来てしまった。

 眠りこけてお姉さんたちとのハーレムな夢を見ている場合じゃないだろう、僕!


「そういえば九条院さんは?」


 周りを見渡してみるが、いない!?

 逃げたのか、それとも姿を消したのかは分からないけれど、とりあえず今は自分で何とかするしかなさそうだ。


「落ち着けー、落ち着けー」


 言い聞かせながらまずは何をしなくてはいけないかを考える。

 ……ダメだ、焦り過ぎて考えがまとまらない。

 とにかく額にわき出た嫌な汗を拭おうと手をあげると、黄色い『開運』巾着が目に入って来た。


「絶対これ隠さないといけないよね!?」


 これ、というかこの中身を取り返されてしまっては万に一つの勝ち目――希望的観測です。本当は億分の一かも……――すらなくなってしまう。

 しかしどこに隠せばいいのだろう。相手は天使だから何か『ぬーん』と力を込めると透視能力とかで発見されてしまうかもしれない。


 焦りで空回りする頭を必死に使った結果、持ち手の紐で背中に巻きつけて――なぜか異様に長かった――シャツの下に隠すことにした。

 大きめの服だし、少しくらい膨らんでいても気付かれないよね?


 そして僕自身もどこかに隠れようと歩きだした瞬間、ドカン!とひと際大きな音を立ててドアが開いた、というか壊れた。


「あ……」


 そこにいたのはもちろんルシフェルで、さらに最悪なことに思いっきり目があってしまった。


「どこに行こうというのかね?」

「えっと、生理現象を処理しに。具体的にはお腹が痛くなってきたのでトイレに行きたいな、なんて思っている次第であります」


 どこかで聞いたことのあるような台詞に対してとっさに出た答えだったけれど、いざ口にしてみると本当にトイレに行きたいような気がしてきたから人体って不思議。

 だけど当のルシフェルは僕のことなど気にもかけずに倉庫の中に入って来る。


 ……無視するなら始めから聞くなよ。若干イラッとしたものの逃げるには千載一遇のチャンスだと思い直した。

 誰かに「逃げない」と宣言したような気もするけれど、きっと別の次元の僕だろう。

 というわけで、


「それじゃあ、あっしはこれで……」


 とこっそり入口から外へ出ようとしたその時!


「待て」


 どうして呼び止めるかな!?

 泣きたくなるのを懸命にこらえて僕は振り返った。

 そしてすぐに後悔することになる。

 そこには不機嫌を全開にしたマッチョが立っていたからだ。


 しかもわざとなのかそれとも無意識なのか、怒りのオーラのようなものが全身から噴き出している。

 その割に顔は無表情という、とてつもなくアンバランスな状態だった。


「ここに置いてあった袋を知らないか」


 言葉こそ尋ねる体をとっていたけれど、実質「お前が持っているのは分かっているんだ。さっさと出せやゴルァ!」という恫喝だ。


「さあ?知りませんね」


 これを渡してしまえば万に一つの以下略なので、僕はとぼけることにした。

 だけど怖い。

 メッチャ怖い。

 おしっこちびりそう。

 あ、結局トイレ行ってない。


「こちらが優しく言っている内に話した方が身のためだぞ」

「あなたもい・ち・お・う天使なんだから少し力を使えばすぐに分かるでしょう?横着せずにやったらどうなんですか」


 高圧的な言い方に、いい加減我慢の限界に達していた僕は思いっきり嫌味で返してやった。

 怖くてもこんな対応ができたのは、日頃九条院と羽歌に鍛えられている――世間一般ではいじられているとも言います――成果なのか。


 だけど切れて攻撃されたらその時点でジ・エンドになるから、やり過ぎは禁物。何事も重要なのはさじ加減ということだ。

 そして今回はその加減が絶妙だったようで、ルシフェルは「チッ」と舌打ちをすると、周りを気にしながらも力を使い始めた。


 ん?ダメじゃん!力使われたら僕が持っているのがバレちゃうじゃないか!?

 と思い至った所でアウト。

 ルシフェルはカッと目を見開くと


「馬鹿な!?全ての能力をその身に宿しているだと!?」


 とんでもないことを言い始めた。


「貴様、どうやって能力の適性を得たのだ?いやいやいや、それ以前に複数の能力を同時に身に付けることなど誰一人としてできなかったはずだ」


 えっと、どうも壮絶な勘違いをしているようだ。

 独り言から察するに僕が背負っている能力を、僕の中、つまりは僕が会得していると思い込んでいるらしい。


「はっはっは。驚いているようだな」

「誰だ!?」


 突如響いてきた声にルシフェルの誰何の声が重なる。


 こう言うと格好良いんだけど、この倉庫の中にいる人物なんて後一人しかいないので実は聞くまでもなかったりする。

 しかもルシフェルの場合、様式美――というかお約束――にのっとっているわけではなく、本当に分かっていない可能性が高い。


「私はここだ!」


 再び声が響いたと思うと、一際大きなコンテナにスポットライト――天井には普通のライトしか付いていなかったので、多分何かの能力だろう。何という能力の無駄遣い……――が当たる。


 そこに立っていたのはやっぱり九条院だった。


「貴様は!?」


 だから九条院だってば。

 どうしてルシフェルはそこまで驚くことができるのだろうか。

 ほら、あんまりいい反応をするものだから九条院が調子に乗って変なポーズを取り始めちゃったよ。


「彼が手に入れた能力の恐ろしさはあなたが一番よく知っているはずだ。大人しく負けを認めた方が身のためですよ」

「ふん!いくら強力な力を得ようとも、それを使いこなせなければ意味などない」


 おお、正論だ。案外冷静なのかな。

 と、他人事のように見ていたら


「この短時間でそこまで能力に精通できてはいまい!」


 ルシフェルがそう言い終わると同時に、すぐ横を何かが通り抜けていくのを感じた。

 そして次の瞬間、ドゴッ!と鈍い音が後方で上がる。

 何事かと振り向くと一メートル四方の木箱が半壊してプスプスと煙が出ていた。


 ちょっとー!?いきなり攻撃とか何考えているんだ、このラスボス天使!

 しかも話していた九条院にではなくて、外野の僕を狙うなんて汚い!

 ルシフェル汚い!


 ところがルシフェルはそんな卑怯な真似をしておいて納得がいかないという顔をしていた。

 卑怯で汚い上に身勝手とかもう最悪だ。


 まさに外道!


 天使なのに外道とはこれいかに!?

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