第16話 難易度設定は崩壊し、クソゲーへと至る
天使ルシフェルの目的は世界の破滅である。
封印されていた能力を奪ったのは、手駒とする人間に与えるためだった。
そこまで説明された時点で、一つの疑問がわいてくる。
「あれ?でも北郷以外に能力を持った人間とは会っていませんよね?」
ルシフェル達があちらの世界から逃亡したのは二カ月以上も前の話だ。
さっさと持ち去った能力を人間たちに与えていれば彼らの野望は達成できていたのではないだろうか。
「いい所に目を付けた。実は封印されていた能力は特殊でそれぞれ適性があって、それに合わない人間だと本来の力が出せなかったり、力が発現するまで時間がかかったりするんだよ。
北郷の場合、適性はあったけれど本人が能力の存在に気付かなかったという珍しいケースだったけれどね。
それと逃げた連中の中には能力を使うことに慎重だった者もいて、意見がまとまっていなかったということもある。ルシフェルの甘言に乗せられた者たちが集まっただけだから、とても一枚岩にはなれなかったのだろうさ」
「それじゃあ宝の持ち腐れっていうこと?」
「残念ながらそうじゃない。効率を考えなければ誰でも力は使える。さらに外部から圧力を掛けることによって強制的に発動させることもできるんだよ」
九条院の言葉に何だかとっても嫌な予感がしながらも僕は尋ねた。
「明らかに危険な香りが漂っているんですけど……」
「とっても危険だよ。大抵は能力に心身ともに耐えきれず暴走してしまう」
やっぱりそっち方面か!?
「暴走するとどうなるんですか?」
「本当に聞きたいかい?」
「いえ、遠慮しておきます……」
問い返してきたということはまず無事では済まないということだろう。早い話がリア充と同じで『モニョモニョ』しちゃうってこと。
「後藤君の協力もあってルシフェル以外の主だった連中は既に捕らえられているけれど、それはルシフェルの凶行を止める者がいないということでもある。追い詰められた奴は何をしでかすか分からないな」
窮鼠猫を噛むというより、手負いの虎は危険と言う方が正しいかな。
問題は相手が鼠でも虎でもなく本物の化物だってことだけど。
「ということはまずルシフェルが隠し持っている能力を取りあげて、その上で奴自身を無力化させなくてはいけない、ということですか」
「そういうこと。やりがいのあるハードミッションだろう?」
「そうですね、ハードすぎて絶望しか見えませんけどね……」
もはや無理ゲーを超えてクソゲーと言えるんじゃないだろうか。
しかもゲームじゃないからリセットもなければ途中で止めることもできないし……よく小説などで苦境に立たされた主人公が「もう笑うしかない」と言うけれど、今の僕には笑いすらでてこなかった。
「でも最初のミッションは思ったよりも簡単にコンプリートできるかもしれないよ」
そう言うと九条院は近くの木箱に向かって歩き始めた。
「簡単?そりゃあ最悪のケースと比較すればどんなことでも簡単と言えるかもしれないですけど」
「そんな観念的なことじゃなくて、これだよ」
手にしていたのは金色の文字でデカデカと『開運』と書かれた黄色の巾着袋だった。
「開運、ですか。縁起が良いのかな」
「袋の方はどうでもいいんだよ。問題は中身。人間も一緒だよ、見てくれよりも中身で勝負しなくちゃ」
安っぽい教訓を口にしながら九条院が袋の口を開けると、中からは子どもの拳ほどの水晶球のようなものがいくつも転がり出てきた。
「ビンゴ!正しく運が開けたな。やっぱり見た目も重要だね。人の印象は出会ってすぐに決まってしまうとも言うし」
おいおい、言っていることが百八十度変わっているんですが。
「えっと、盛り上がっている所悪いんですが、それ何ですか?どこかで見たような気もするんだけど……」
「そう言えばじっくり見るのは初めてだったね。これは能力を入れてある宝玉だよ。後藤君が見たのはそのゴッドハンドで北郷の能力を弾き飛ばした時だろう」
「ああ、羽歌が能力を回収した時に持っていたのがそれだったんですね」
突っ込んだ所で話が横道に逸れるだけなのでゴッドハンドについてはスルーしておく。
すると九条院はどことなくつまらなさそうな顔をしていた。
出会った時程ではないけれど、やっぱりこの人、というか悪魔には構ってちゃんな気質があるみたいだ。
「ちょっと待って!普通に会話していましたけど、どうしてそんな大事なものがこんな所に置きっぱなしになっているんですか!?」
「ほら、さっき怒って出て行った時に忘れて行ったんだろう。いやあ、からかってみるものだね。これは予想外の幸運だよ」
何それ、もうドジっ子とか言うレベルじゃないんですけど。
しばらく前のあの絶望感は一体何だったのだろうか。
真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきた。
「首謀者までこんな間が抜けたことをするなんて……九条院さん、ルシフェル達って有力者だったんですよね?あちらの世界のことが少し心配になってきました」
「有力者っていうのは裏を返せば長年何もしないでふんぞり返っていたっていうことさ。人によるけど、最低千年は私たち下っ端に無茶振りするだけの生活だったから耄碌(もうろく)している連中が多いんだよ」
おおう、長年こちらの世界でこき使われてきた九条院には結構含む所があるみたいだ。
体から黒いオーラみたいなものが周りに漏れ出ていますよ。
でもおかしなスイッチを押してしまいそうだからあえて指摘はしないでおこうそうしよう。
そんなことをしながらも九条院は能力が収められていた球の数を数え終えていた。
「十一、十二、十三。よし、数も揃っている。これで一つ目のミッションはクリアだね。ゲームならここでボーナスアイテムが配られる所なのだけれど……」
「何かあるんですか!?」
思わず身を乗り出して聞いてしまう。が、
「残念ながら現実世界にそんなものはないね。手持ちで対処するしかないな。後藤君がどうしてもと言うなら非常事態だから、ここにある能力の内どれでもすきなものを使わせてあげるけれど?」
やっぱりそんなに上手い話はないみたい。
まだモニョモニョしたくないので僕は九条院の提案を丁重にお断りしたのだった。
そして九条院はやっぱりゲーマーだったことが判明した。
「そういえば最強の天使の一人とか言っていましたけれど、ルシフェルってどのくらい強いんですか?」
「とても強いね」
「いやそうじゃなくて」
「すごく強い?」
「僕に聞かれても知りませんよ。……ってボケなくていいですから、具体的にどの程度強いのか教えて下さい」
「具体的にねえ……並の悪魔や天使では百人いても全く歯が立たないかな。どこかの物置のCMのように百人乗ってもビクともしないね」
例えの方は全く分からなかったけれど、とても強いのは確かなようだ。
「この前後藤君がプールで捕まえた二人も同じくらい強いとか言われていたけどね」
……え?それって本当に強いの?
「ポテンシャルとかキャパシティとかは正しく変態クラスだね。正面切って戦えば絶対に勝ち目はない。ただし他の連中と同じく、千年以上戦っていないから勘が錆びついている可能性も若干なきにしもあらず、という所が狙い目かな」
クソゲーではなくなったものの無理ゲーであることには変わりなさそうだ。
せめて伝説の武器と防具でもあれば話は違うのかもしれないけれど、今の僕が装備しているのは『布の服』だけ――プールの時の『海水パンツ』よりはましかな――だ。それと探せば『木の棒』くらいは見つかるかもしれない。
「伝説の武具はないけれど、代わりになる能力ならあるよ」
「いくら強くても死ぬような呪いがかかったものはお断りです!」
それと人の心を読んだような絶妙のタイミングで言うのも止めて。
「だけどこのままじゃ詰みだぜ。私は並み以上の悪魔ではあるが、それでも一人でルシフェルと渡り合うことはできない。
さらに言えば、羽歌が怪我したことで向こうの危機感は増している。時間が経てばこちらの世界での被害やむなしと大軍勢が送られてくる可能性は高いよ」
最強の天使VS天使悪魔連合軍なんてハリウッド映画も真っ青の大スペクタクルになるだろうけれど、その分被害も天井知らずになってしまいそうだ。
加えてそれを見て驚いたどこかに国のお偉いさんが危険なミサイルの発射ボタンを「ポチッとな」てな具合で押してしまいかねない。
もしもそんなことになったら本当に地球が破滅しちゃう!
そこまでいかなくても文明は崩壊、世紀末がモヒカンでヒャッハ―な焼肉定食、もとい弱肉強食の世界になってしまう!?
「がんばれ後藤君!世界の命運は君に委ねられた!」
「そんな打ち切り漫画の最終回みたいな無茶振りは止めて下さいよ!」
「俺たちの戦いはこれからだ!とか言ってうやむやにできる分、あちらの方が楽かもね」
「うがあ!そんなことを言われたら何もかも放りだして現実逃避してしまいたくなるから止めて!」
やっぱり覚悟を決めて何らかの能力を受け入れるべきなのだろうか……でも死ぬのは絶対に嫌だ。
答えを出しかねていると、九条院は
「とりあえず少し休もう。いざルシフェルと対峙した時にフラフラでは話にならないからね。この開運袋は後藤君に預けておくよ」
そう言って僕に能力の入った袋を渡すと、近くに木箱にもたれかかるようにして眠ってしまった。
一人で考える時間を与えてくれたのか、それとも本当に言葉通りの意味だったのかは分からないが、僕が最初に思ったことは、
「悪魔でも眠るんだな」
ということだった。
とにかくせっかくもらえた貴重な時間だ、有効に使わないと。
立ったままでいるのも疲れてきたので、九条院にならって背を木箱に預けて座り込む。
袋の口を開けて中を覗き込むと、能力の入った宝玉がキラキラと光っていた。
これらが全て過去に世界を滅ぼしかけた危険なものだと誰が気付くだろうか。それほどに綺麗だった。
だけどそれが失敗だった。
宝玉の美しさにすっかり気がゆるんだ所に猛烈な眠気が襲ってきたのだ。
まずい、と考える暇もなく僕は深い眠りに落ちていってしまったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます