第伍話 【2】 唯一の勝算
レイちゃんは相手に気付かれない様にしながら、徐々に徐々に社の上空に移動して行きます。
その背中の上で、僕はひたすら天津甕星の相手です。
「
「術式吸収……と、強化解放!」
なんだか、受けたらいけないような光の攻撃が飛んで来たけど、なんとか全部吸収して、それを天津甕星に返します。だけど、相手もそれを避けました。すると、その先の石の灯籠や石の鳥居が、その光に当たった瞬間、ボロボロに崩れてしまいました。
あんなの、生き物に当たったらいったいどうなるんですか? 避けた方が賢明だったかも……もし、吸収が出来なかったらと思うと……。
「ふん!!」
「レイちゃん、避けて!」
「分かってます!」
すると今度は、相手がそのまま僕達に突っ込んで来て、パンチを打ってきました。
このパンチも危ないです。あの禍々しい大きな腕なので、僕達が避けた瞬間、その先の空間が歪んでいました。
「ぬん!!」
「ーーっ、狐狼拳!!」
その後、パンチで伸ばした腕を、僕達の方に向かって振り払ってきました。
その攻撃が速くて、避けるのが間に合わなかったので、僕が狐狼拳で防いだけれど、威力を落とす事が出来なかったです。あっという間に地面に向かって急降下です。
「くぅぅ!!」
「ヤバい、レイちゃん……! なんとか踏ん張って下さい!」
せっかく上空にいたんだけど、今の攻撃で地面すれすれにまで落とされましたよ。激突しなくて済んだけれど、だいぶ振り出しに戻されました。
「ふん。貴様等、社の上で何かしようとしていたな?」
しかも、僕達の狙いまでバレている。なんでバレたの?
「くっくっ……この体は八坂の体ぞ。奴の知能や状況認識は、貴様等よりも高いわ」
そう言いながら、天津甕星は指で自分の頭を差してきます。
そうでした、その体は八坂さんの体。つまり、八坂さんの能力も使えるという事。あの人は、相手の行動を読むのが異常なほど上手くて、心でも読んでるんじゃないかって、そう思うほどだったんです。
「ということは、この社の上に『神の選定陣』があるのだな」
すると天津甕星は、僕達を無視して社の上に移動して行きます。だけど、多分違いますね。
天照大神であるレイちゃんだから、ただ単に社の上空に『神の選定陣』があるからって理由で、そこに向かおうとしていた訳では無いと思う。
何か……まだ、何かあるんだ。
「椿。今の内になんとしても、社からあいつを引き離すんです」
「うん。今、妖気を溜めてる。あいつ、勝った気でいるからね。隙を突けます」
やっぱり……まだ何かあるんですね、レイちゃん。
だって、社の上空に行った天津甕星が、そこに何も無い事にイラつき、辺りを見回しているんだもん。だから『神の選定陣』は、社の上には無い。
それじゃあ、いったいどこにあるんだろう? 僕にもそこまでは分からないんですよね。
だけど、レイちゃんは知っていそうです。だから僕は、レイちゃんを信じて動くだけです。
「ぬぅぅ! どこだ!! 『神の選定陣』は、いったいどこにある!」
「誰もそこにあるなんて言っていませんよ」
そして妖気を溜めた僕は、レイちゃんに乗せられて、再び上空へと上がり、天津甕星の後ろに付きます。そして……。
「強化解放! 白金の
「ぬぅぅぅう!!!!」
全ての尻尾を白金の炎に変化させ、それを槍みたいな形にすると、天津甕星に向かって次々と突き刺していきます。
ただ、天津甕星は硬い鎧で身を包んでいます。だから、ちょっとやそっとではダメージは与えられない。だけど、ここから動かせられれば……!
「くっ……!! うぅぅーーぁぁああ!!!!」
「ぬぐぅぅ!!!!」
押し込むんです。ひたすらに突き刺して、押し込んで、押しーー込めない?! ビクともしない!
「うぅぅ……そんな、なぜ? 邪神となっても、こんな……こんな力を持つ事なんて……」
その様子に、レイちゃんまで驚いています。もしかして、これって想定外ですか?
「はぁっ!!!!」
「うわっ?!」
そしてそのまま、僕の尻尾の攻撃は弾かれちゃいました。だけど……。
「白金のーー狐狼拳!!」
咄嗟に腕の火車輪を展開した僕は、弾かれた尻尾の1本を、白金色の炎の拳に変えて、そこに火車輪から出した炎の輪を通し、それでブーストをさせて威力を付け、相手を殴りつけました。
「ぐぉっ……!!」
あっ、効いた? ちょっと仰け反ったよ。それならこれで……!
「たぁぁぁあ!!!!」
そして僕は、沢山の尻尾を次々と、白金色の炎の拳に変えて、そこに火車輪から出した炎の輪を通し、片っ端からブーストをかけ、連続で殴っていきます。
「ぬぉっーーぉぉぉぉおお!!」
これも踏ん張るんですか?! ここ、空中ですからね!?
踏ん張ると言っても、空中で頑張ってその場に留まっているだけだから、その内そこから動くはずなのに、いったいどうなっているんですか、こいつは。全く動きません。
「ふんっ!!」
「うわっ!!」
そしてこの攻撃も、また弾かれちゃいました。どうしよう……。
「あ~もう!! そこ退いてぇ!!」
中々上手くいかなくて、相手が強すぎて、とうとう僕はヤケになってしまいました。
今度は尻尾の先を丸めて、それを硬質化すると、それを使って天津甕星を攻撃します。もちろん、全ての尻尾を使ってね。
「無駄よ。何をしたとしても、貴様等がここにこだわるのなら、余はここから動かん!」
そう言いながら天津甕星は、僕の攻撃を全て受け止めてきます。
またですか。もう何をしても、こいつはここから動かないんじゃ……どうしよう、レイちゃん。
「そう、ですか。そこから動きませんか、助かりましたよ。天霊結界!」
「なに?! ぬぉぁああっ!!!!」
えっ? えっ? レイちゃん何したの? 急に社のてっぺんが光ったと思ったら、天津甕星の周りに光の壁が伸びて来て、それで相手を取り囲んでしまいました。しかもなんだか、電撃みたいなものも浴びせていませんか?
「ふぅ……なんとか成功しましたね。これでまた、しばらく時間が稼げます。さぁ、急いでーーって、何するんですか?」
「いや、なんですか? 今の。レイちゃんもしかして、慌てていたのって演技? 僕を騙したの?」
いくら天照大神様だからって、騙すのはダメだと思います。だから僕は、レイちゃんの口元を両端から引っ張っています。
「いや、その……敵を騙すには先ず味方からであって……ご、ごめんなさい、椿」
そうですね。神様といっても、そういう事をする神様もいますからね。神様なんだから「嘘とか騙しは駄目」なんて、そんなのは人間が勝手に決めた事なんです。
どこの国の神様もだけど、神様ってエグいですからね……神話を見れば分かると思います。
「とにかく椿、急ぐわよ! 天津甕星から距離を取り、そこであなたを稲荷神にさせます」
「でも、どうやって……?」
「簡単な事です。私と融合するのです」
「へっ?!」
今、なんて言いました? 融合? レイちゃんと……天照大神様と?!
「何を驚いているのですか? あなたと同じ存在である八坂も、天津甕星と融合したのですよ。あなたも同じ事が出来ます」
「えっ、でもそれって……天照大神様が、僕の体を使うって事?」
そんな事をしたら、僕はもう、僕ではなくなったりするんでしょうか?
「いえ。私は霊狐となっていて、精神体……つまり魂だけが、天照大神であるだけです。天津甕星みたいに、体がある訳ではないのです。つまり相手のような、1つになるだけの融合ではない。あなたを、妖狐であるあなたの存在を昇華させる為の、もっと高位の融合です」
そう説明した後、レイちゃんは更に付け加えてきます。
「ただ私はもう……霊狐としての体も失う事になります。文字通りあなたと、一心同体になるのです」
それってつまり、レイちゃんがいなくなるって事じゃないですか!
そんなの……それしか方法が無いの? 何かを失わないと、勝てないの?
僕は、また……。
「椿。気持ちは分かりますけど、これしか方法はないのです。あなたの大切な世界を守る為です。私を失いたくないからと言って、あなたの世界を諦めるんですか?」
「卑怯……です」
そんな事を言われたら、反抗出来ません。ズルいよ、レイちゃん。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます