第拾話 【2】 妲己の忠言

「ふん。退いて欲しいなら、私を倒して、そして納得させてみなさい!」


「……妲己さん。これ、酒呑童子さんと同じ事してます」


「………」


 無言になっちゃった。というか「あいつと同じ事しているなんて、それはそれで気持ち悪いわ」って顔していますね。


 とにかく、妲己さんを納得させる? 妲己さんは納得していないの? 僕が選定する事を? つまり妲己さんも、このまま人間が滅んでも良いって、そう思っているって事?


「妲己さん。あなたもまさか……」


「勘違いするな。私は、人間が滅んで良いなんて思ってないわよ。私の魅了は、相手が居ないと意味ないし。それに、そういう事じゃないわよ!」


「うわっ?!」


 すると妲己さんは、尻尾を黒い炎に変化させ、それを槍みたいな形に変えると、僕を突き刺そうとしてきました。

 咄嗟に避けたけれど、妲己さんは本当に、僕を殺す気なの?!


「ほらほら! 早く構えないと、受け止めないと。本当に死ぬわよ!」


「止めて下さい、妲己さん!」


 このままだと、本当に殺されると思った僕は、自分の尻尾を硬質化させて、続けてくる妲己さんの攻撃を受け止めます。


 それよりも、何で皆は止めないのですか? こんなの絶対おかしいのに……。


「えっ……?」


 何だかおかしいと思った僕は、周りの皆を確認しました。

 すると、白狐さんだけは険しい表情をしていて、僕を助けようとしているけれど、また黒狐さんに止められているみたいです。


 それと天狐様は、玉藻前の様子を見ていて、ヤコちゃんとコンちゃんは、そのお手伝いをしていました。

 そしてレイちゃんは、いつの間にか意識を取り戻していて、僕の肩からも離れ、僕のお父さんとお母さんの元に向かっていました。


 お父さんとお母さんも、僕を真剣な顔付きで見ています。でも、何だろう……怒っている時の顔に近いような……。


「ふん。皆は分かっているのよ。まぁ、白狐はそれでも、あんたを助けようとしているみたいだけどね。分からない?」


「何が……ですか?!」


 休むことなく僕に攻撃をして来る妲己さんが、そんな事を言ってくるけれど、僕は僕で、受け止めたり弾いたりするので精一杯です。

 こうやって受け答えしている間にも、妲己さんの攻撃が僕の顔の横を掠めました。


「あんたねぇ……選定するってさ、それ本心で言っているの?」


「えっ? なんで? だって……僕が、しないと」


「それはあんたの、本当のあんたが、そう思わせているだけなのよ。あんたの正体……私はね、八坂から全部聞いていたのよ。あんたと会う前から、あんたの事を聞いていたの」


 やっぱり、また八坂さんですか……あの人は、そんな重要な事を妲己さんに話して、いったい何を考えて……。


「私が無理やり聞き出したけれどね。あいつに違和感があったから、嫌な予感がした私は、50年100年と問いただし続けたの。そしたら、渋々ね」


 あぁ、妲己さんが無理やり聞き出したんですね。


「でさぁ、驚いたわけよ。高天原たかまがはらで起きたこと、邪な神々の反乱。それによる選定の成り立ち……そして、太古の日本で妖怪が出現。更には、私達が作る以前から居る妖魔の登場……もう、私の脳の容量を超える程だったわよ」


 そう言いながら妲己さんは、徐々に攻撃を緩めていきます。

 助かった……のかな? だけど妲己さんは、いったい何を言いたいのでしょう?


 そして、妲己さんの攻撃が緩んだ事で、僕は油断してしまいました。


「きゃぁっ?!」


 なんと、僕の足下に妲己さんの影が迫っていて、いきなりその影で僕の体を掴むと、そのまま妲己さんの元まで引っ張られちゃいました。


「完全に女の子になっちゃって……でさぁ、私が何を言いたいかってのはさ! 正直、あんたがやろうとしている事は、神の所業よ! そんな覚悟があんのかって言ってんの! 本当の椿じゃない! 今までその体で生きてきた、椿はどう思っているのかって、それを聞いているのよ!」


「つっ……」


 なんで、なんで今『槻本』なんて苗字を出してくるの? それはもう、僕のものじゃない。僕は人間なんかじゃないんです。そして恐らく、妖怪でも……妖狐でもない。


 だから、そんな事を言われても、何も……それなのに、何で勝手に涙がこぼれて来るの? 何でこんなにも嫌な気持ちになるの? 何でこんなに寂しい気持ちになるの?


 なんで、なんでなんでなんで?


「うっ……うぅ……」


「言いなさいよ、椿」


 それは言ったらダメ……そんな事をしたら僕は、選定が出来なくなる。それだけは、ダメなんです。選定しないと……そうしないと人間達が、それを守っている僕の大切な皆が死んじゃうよ!


「あのさぁ……自分の心を殺している奴に、助けてなんか欲しくないわよ。ねぇ……椿、考えてみなさい。あんたが選定する側じゃなくて、必死に選定者と戦っているとするじゃない。それを助ける為だからって、目が死んでいる奴に選定されて欲しい?」


「えっ……?」


「あんた。目が死んでるって言ってんの」


 目が、死んでる? 僕が? そんなに危ない目をしていたの?


「私を助けるまではどうだったかは知らないけれどね。でも、今のあんたの目は、輝いていないのよ」


 あぁ……でも、再会した時のお父さんとお母さんは、僕を心配そうな顔で見ていました。

 泣きついた時も、本当に、本当に愛おしそうに。そして、悔しそうにしながら……。


「…………」


「はぁ……で? あんたはどう思ってるの? 槻本椿」


 また、その名前で……止めて、止めてよ。封じていた想いが、感情が溢れて来るから、その名前で呼ぶのは止めて。


「言いなさいよ」


「……そんな、の……」


 ダメ。言ったらダメ……ダメなのに……。


 酒呑童子さんの時とは違う。

 これは、本当に言ったらダメなやつなんだ。皆が、僕を助けようとしてしまうかも知れないんだ。


 それなのに、僕の心はもうーー限界だった。


「うぅ……選定したくない。選定したら僕は……僕は役目を終えて、還るべき場所に、天照大神の元に、還らないといけないんです。だって僕は……僕の魂は、天照大神の分魂ぶんこんなんです! この体も、特別な体をしていたお父さんお母さんの体を元にして、作られただけなんです。僕は、妖狐なんかじゃないんです……! でも、だけど……」


 言っちゃった……胸に秘めたまま選定しようとしていたのに、問い詰める妲己さんを前に、全部言っちゃったよ。でも、話だしたらもう、止まらないです……。


「だけど僕は、皆と一緒にいたい! ずっと皆と、一緒に生きていたいんです! 妖狐椿として、ずっとずっと……ひぐっ……お父さんお母さんとも会えたし、これから一緒に生活が出来るのに……ぐすっ……もう、ここから逃げ出して、皆と楽しく過ごしたい! 自分の夢も、叶えたいんです!」


 すると妲己さんは、僕が叫んだ後、影の腕で掴んでいる僕を、更に自分の元に引っ張り、そしてなんと、思い切り抱き締めてきました。


「そうよ。それが本心でしょう? ずっと悩んでいたのでしょう? 誰にも打ち明けず、ずっとずっと心の奥にしまい込んでいたのでしょう?」


「ぐすっ……妲己さん……」


「まぁ、それでも攻撃はやりすぎたわね、ごめんなさい。ちょっとイライラしちゃったわ……あと、酒呑童子と同じ事してるって言われて、ちょっとカチンときちゃったわ。それにあんた、と同じ目をしていたから……」


「あの子?」


「ずいぶん昔に、私と仲良くしていた子よ。龍神様の元に行くんだって、干ばつで悩む村の為に、生け贄に……」


 そう言えば過去にも、妲己さんがひたすら僕を助けようとしていたけれど、それってもしかして、僕とその子を重ね合わせて……。

 そしてあの時にはもう、僕の正体も分かっていて、選定の事も知っていて……。


「それで椿、あんたはどうするの?」


「……僕、僕は……」


 それでもやっぱり、八坂さんの選定は止めないと。


「八坂さんを、止めます」


「良いの? だってあいつも……」


「分かっています、妲己さん。僕と一緒なんです。あの人も、天照大神の分魂……なんですから」


 そう言うと僕は、皆の方を振り返ります。皆がどんな反応をしているのか、ちょっと気になったからね。


 でも、口を開けてポカーンとしていたのは、白狐さんと黒狐さんだけでしたね。天狐様とお父さんお母さんは、この事を知っているんだからね。

 あっ、ヤコちゃんとコンちゃんは口を開けるどころか、驚きのあまり目を見開いて硬直していました。


 とにかく。それでも僕はもう、決めたんです。

 どんなに嫌だと思っていても、どんなに逃げたいと思っていても、やらないといけないのです。だけど、まだまだ覚悟が出来ていなかったみたいです。


 結局、酒呑童子さんと同じ方法で、妲己さんに活を入れられちゃいました。そんな事を言ったら、また怒られそうだけど。ただ妲己さんは、確かめてくれていたんですね。ありがとう、妲己さん。

 殺そうとしたのはやり過ぎだけど、それでも僕は、やっと覚悟が出来たよ。

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