第弐拾参話 【1】 第十地獄 《鉢頭摩》
増援で来たおじいちゃんと、その家の妖怪さん達、そして達磨百足さんとセンターの妖怪さん達が、皆一斉に吹き飛ばされ、地面に倒れてしまいました。しかも全員、血塗れです。
「うっ……くぅ、なんじゃ? 何が起こったんじゃ?」
「おじいちゃん、大丈夫ですか?!」
良かった……生きてます。
おじいちゃんを含め、他の皆も意識はあるみたいです。あんな光景見たら、皆もう駄目だと思っちゃいました。
「クスクス……死の裁きは、僕にとって裁きじゃないよ。苦しんで貰わないと、裁きじゃないからね」
すると、おじいちゃん達をボロボロにして吹き飛ばした鬼が、ゆっくりと僕に近付いてきます。
この鬼がいるから、僕はおじいちゃん達の様子を見に行けないのです。それは白狐さん黒狐さんも、玄葉さんもわら子ちゃんも一緒です。
ちょっとでも動いたら、やられる。そんな空気が漂っているのです。
「き、君が……ここの地獄の管理者?」
まだ、階段を降りて直ぐの広場の所だけど、ここは既に、10個目の地獄かも知れません。
「そうだよ。ここ第十の地獄、
僕の質問に、子供みたいに無邪気な感じで返してきます。それ、逆に怖いです。
善悪の基準がまだ分からない子が、無邪気に虫や動物を殺していく。この鬼は、そんな雰囲気に近い……。
「えっと……ここの地獄は、どんな罪の人を裁いているの?」
「んっとね……罪の意識を忘れた人」
「罪の……意識」
「そうだよ。悪い事を悪いと感じない、どうしようもない人達が落ちる地獄だよ。だからね、ここではその罪の意識を、存分に刻んで貰うんだーー」
すると鉢頭摩は、いきなり声の抑揚が無くなり、冷たい感じで最後の言葉を言います。
「ーー体に」
「くっ……!!」
その瞬間、嫌な予感がした僕は、咄嗟にその場から離れます。
すると、僕の居たその場所の空間が突然裂けて、物凄い音を鳴り響かせました。
『椿! 逃げろ! 此奴は今までとは訳が違う!』
「分かっています、白狐さん!」
だって、空間が裂けたんですよ。そんなの普通じゃあり得ないです。
そして僕は咄嗟に、この鬼の能力が、空間を操る能力じゃないと考えました。
空間を操る能力だったら、僕の目の前に直ぐ移動するだろうしね。でも、それをしないという事は、そんな能力じゃないという事です。
『椿! 避けろ!』
すると、今度は黒狐さんの叫び声が響き渡ります。僕はそれに驚いて、その場所からまた飛び退きます。
「うわっ!!」
僕が飛び退いた瞬間、突然上から瓦礫が降ってきました。なんでいきなり?
『危なかった……突然天井が裂けたんだ。つまり、あの鬼の能力はーー』
「あっ、裂けるのは僕の能力の1つだよ。それだけじゃないから安心してよ」
『なっ?! くっ……』
黒狐さんの言葉に続くようにして、鉢頭摩が自分の能力を話してきました。
空間まで裂ける程の能力なんて、それだけで驚異的ですよ……それなのに、それはまだ能力の1つだなんて。
この鬼は、今までの鬼とは比べ物にならないです。
「ぐぅ……いかん、椿。逃げよ」
そして後ろから、おじいちゃんがそう言ってきます。
これは、この状況は……あの時に似ています。
滅幻宗の本拠地で、追い詰められてしまったあの状況に。
だけど僕はもう、あの時の僕じゃない。
暴走は怖いけれど、何となく自分の力のボーダーラインは分かってきました。これ以上は暴走するって、分かっちゃいます。
だから、そのギリギリで戦えば良いんです。
「一応、言っておきます。通してはくれないですよね?」
「当然だよ。それに、狐のお姉ちゃんだけは捕まえろって指示だし、その指示には従っておかないと、あとで怒られちゃうからね。僕は勝手をする人達とは違うよ。ちゃ~んと、自分の立場を分かっているよ。偉い?」
本当に子供みたいです。
そしてやっぱり、通してはくれなかったですね。それなら、もうしょうが無いです。
「御剱、神威斬!」
「んっ? あれっ? うわっ!!」
今、僕の攻撃を裂けさせようとしましたね。でも、駄目だったようです。鉢頭摩は咄嗟に避けました。
「何で裂けられなかったんだろう?」
「単純に、能力の差ですよ。強い方が勝つ、それだけです」
「あっ、そっか」
まるで分からない事が分かった時の子供みたいな、そんな満面の笑顔ですね。目玉はないし、真っ黒な窪みが細くなっているだけだけどね。
それにしても、小学生くらいの子供の体なのに、筋肉だけは大人顔負けですね。良く観察するんじゃなかったです。物凄いギャップが……。
「それじゃあ、僕の能力の方が上なら、お姉ちゃんを簡単に捕まえられるよね」
「そんな簡単に、僕の上をいけるならね」
鉢頭摩は簡単にそう言ってくるけれど、まだ他にも能力を隠している以上、その言葉は本心なんでしょうね。
だけど僕だって、虚勢なんかじゃないです。目の前に、物凄い能力を持った鬼が立っていても、今の僕は何故か、恐怖がないです。
あの力を、少し解放しているからかな?
でも、大丈夫です。もうちょっと、もう少しだけなら解放できます。
そして僕は、自分の中にある付け加えられた神妖の妖気を解放していきます。そう、
その瞬間、僕の髪は伸び、色も金色になっていきます。あの怖い時の僕の姿です。
「へぇ、なに? その力。ちょっと危なそうだね」
「そうですね……だけどこうなったらもう、あなたに勝ち目はないですよ……」
僕はゆっくりと目を閉じ、意識を集中させます。
でも、これ以上は駄目ですね。やっぱり、僕自身の神妖の妖気は、混ざってしまった神妖の妖気の方は、まだ使えそうにないです。分けられないですね。無理やり分けると、それだけで暴走しそうになります。
因みにこの力は、天津甕星の力だけど、その欠片みたいなものです。
妲己さんが分離させたけれど、完全に分離が出来ずに、天津甕星の力の欠片だけが、こうやって僕の中に出来てしまったみたいです。
だから本当は、僕が使いたくても使えないはず。使ってしまったら最後、確実に暴走してしまう力なんだ。
天照大神と、天津甕星の力が混ざった力は、頑丈な容れ物に入れて、そっと蓋をして保管している感じです。それをそうっと蓋を開けて、ほんの少し使っているだけ。
「それでも……僕の能力の方が上だよ!」
すると、僕の様子を見ていた鉢頭摩は、臆することなく僕に向かってきました。そして、手を前に広げ、僕の方にかざしてきます。
その瞬間、僕の視界が下がっていきます。
「これは……?!」
どうやら僕の体が、小人みたいに小っちゃくなっちゃったようです。鉢頭摩が巨人みたいに見えます……。
「僕はね、罪の意識を刻ませる時、こうやって徹底的に、相手を痛めつけるのさ!」
「とんだサディストですね」
だけど、小さくなろうと関係ないですよ。自身の妖気を使えるようになった僕は、この状態でも十分に、普段の白狐さんの力を解放できるようになっています。
「はあっ!!」
「えっ……? ぎゃうっ?!」
そして僕は、踏み潰そうとしてくる鉢頭摩の足を避け、そのまま上に飛び上がって、顎に強烈な一撃を叩き込みました。
今ので脳が揺れたはずですよ、バランスを崩していますからね。
「さて……この状態だと、そちらの攻撃を当てるのが難しいのではないですか?」
「ふん。そうみたいだね……物の大きさを変える能力、あんまり使えないなぁ」
すると鉢頭摩は、再び僕に手をかざしてきます。
その次の瞬間には、僕の体は元の大きさに戻っていました。
「やはり、能力が上の方が、相手の能力を打ち負かせるようですね」
この状態、凄く自信が溢れてきてしまいますね。だから調子に乗ってしまって、長くなった金色の髪をわざと靡かせ、相手を挑発してしまいました。
そのせいで、相手は少しキレてしまったようです。
「ふん……! まだ僕の能力は全部見せていないよ。調子に乗らないでよね、狐のお姉ちゃん!!」
そう言うと鉢頭摩は、鬼特有の気を張り巡らせて、周りの地面にヒビを入れていき、次々と割っていきました。気だけで地面が割れるなんて……。
どうやら相手の鬼は、完全に本気になっちゃったようです。僕の馬鹿……。
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