第弐拾弐話 【2】 おじいちゃんと呼べ

「ほっ……! よっ、と!」


 それから僕は、柔道服を着た人からの攻撃を軽く受け止め、足払いをかけます。

 磯撫でさんなら、こんな簡単に引っかかる事はしないはずです。お札に封じられて、力を制御されてしまっているから、本来の磯撫でさんの力が出せていないですね。


「おっと……!!」


 それでも、普通の人間が妖怪の力を使っているので、ちょっとやそっとではやられないですね。倒れた後に足払いしてくるなんて。だけど……。


「黒槌土塊!」


「……っ!!」


 僕は跳び上がってそれを避け、尻尾をハンマーに変えて、相手の頭を打ち付けました。

 相手はそのまま気を失い、仰向けになって倒れました。一応加減はしたから、怪我はないはずです。コブくらいは出来ているけどね。


「えっと……」


 これで後は、相手が持っているお札を回収して、磯撫でさんを解放するだけなんだけど……解放するなら、ここよりも外の方が良いかも知れないですね。


「うん、あった。間違いない。あの時亰嗟が使っていた、封印のお札ですね」


 すると次の瞬間、白狐さんの叫び声が聞こえてきます。


『いかん! 避けろ、椿!!』


 そう言えば白狐さん達も、亰嗟のメンバーと戦っていましたね。

 そして僕は、叫び声に反応して後ろを振り返ります。すると目の前に、大きな岩が迫っていました。


 これ、誰か投げたんですか?


 ということは……恐らく、パワータイプの妖怪が封じられたお札を使っていますね。だいだらぼっちか、鬼熊かな? どっちでも良いです。


「ていっ!!」


 蹴り飛ばして返せば良いだけですから。


『なに?!』


『避けるか壊すかするかと思ったら、蹴り返すとは……』


 慌てて叫んだ白狐さんは驚き、黒狐さんは呆然としていました。

 その前に、黒狐さんは後ろを気にして下さいよ。右腕が炎になっている半妖さんが、襲って来ていますよ。


『ふん。妖異顕現、黒雷針』


 だけど、黒狐さんの方は落ち着いていて、指先から細くて黒い雷を発生させ、相手に当てました。

 その瞬間、相手は体が痺れたみたいに痙攣し、そのまま倒れちゃいました。


 白狐さん黒狐さんは、妖気があまり回復しない中で、最小限の力だけで戦っています。

 だけどそれでも、人間や半妖の人達では、相手にならないほどの強さです。本来の2人は、とても強いですからね。僕が心配しなくても良かったです。


 ーー ーー ーー


 そして僕達は、ものの30分程度で、襲って来た亰嗟のメンバー達を全て倒し、巾着袋に入れていたロープで縛り付けました。


 ただ、ここで少し時間をかけてしまったせいで、鞍馬天狗の翁率いる、翁の家に住む他の妖怪さん達が、ここに到着してしまいました。

 勿論達磨百足さんや、センターの職員の妖怪さん達もやって来ています。


「…………えっと」


 そして僕は何故か、鞍馬天狗の翁の前で、正座をさせられてしまいました。

 翁の一睨みは、とても怖いです。それだけで僕は、素直に無言で正座をしてしまいましたから。


「椿、分かっとるな?」


「……あっ、えと……皆を、怪我させてしまった事……かな?」


 僕達に追い着いた直後から、翁は天狗の顔で僕を睨みつけています。

 怒っているのは当然、勝手に1人で十極地獄に突撃した事です。


 分かってはいるけれど、別の事で怒っていて欲しいという思いから、僕は違う事を言ってみました。


「誤魔化すな!!!!」


「ひぇっ……」


 あぁ、駄目でした。それに翁の怒号は、昔から最大限の恐怖として、体に嫌という程染みついてしまっています。だから、体が勝手に竦んじゃいます。


「たった1人、危険な場所へと出向き、勝手に戦いを挑むとは何事じゃ!!!!」


「あぅ……その……」


 白狐さん達にも怒られたけれど、それ以上に翁の怒り方の方が、数倍怖いです。

 だから僕は、それから逃げる様に先へ先へと進んでいたのに……。


 それでも、翁達が追い着くのが遅かったような気もします。


「しかも道中。お前さんの仲間が満身創痍でおったぞ。更には、お前さんを怒るなとも言ってきおる。その説得に、時間がかかってしまったわ」


 皆……なんで翁にそんな事を?


「分かっておる。お前さんが十分に反省しているだろう事はな。じゃがな、それでも怒らねばならん時もあるんじゃ」


「…………」


「お前さん1人で向かい、戦ったとして、ここまで進めたと思うか?」


「いや……」


「それはつまり、白狐達が増援に向かわなければ、お前さんは敵に捕まっとったと言う事じゃ。違うか?」


 反論出来ません。

 確かに、今までの鬼達の能力を考えれば、僕1人だけだった場合、多分捕まっていたと思います。


 当然僕にも考えはあったよ。

 あの力を使えば、こいつらに勝てなくても、華陽や八阪さんを引き寄せ、三者三様の戦いにでも持ち込めれば……って、今思えば甘い考えをしていました。


「お前さんにも考えはあったじゃろうが、そう簡単では無かったじゃろう? 敵もバカではないからの。そうなると。相手の思惑通りになってしまい、人間界は滅んでおったじゃろう。お前さんの勝手な行動で、最悪の展開にもなりかけたのじゃ! そうなった場合、どう責任を取るつもりだったんじゃ!!」


「……」


 翁の言葉に、僕は何も言えずに俯いています。


 ただそれを、白狐さん黒狐さんが険しい表情をしながら見ていました。

 多分、僕を擁護したいのだろうけれど、我慢しているって感じです。


「椿。お前さんはしばらく謹慎じゃ。このまま家に帰れ。この先にある最後の地獄と茨木童子の事は、この儂と、達磨百足率いる精鋭達で向かう」


「そんな……!! なんでここで……」


「勝手をした罰じゃ。本来ここの攻略は、しっかりと作戦を立て、万全を期して向かうはずじゃった。それをお前さんが、台無しにしたんじゃぞ。怪我人も大量に出してからに、褒められるとでも思うたか?」


「……」


 内心ちょっとだけ、褒めて貰えるかもって、そう思っていました。これも甘かったですね……当然だよね。


 僕は勝手に家を出て、皆に心配をかけて、そして依頼をされていないのに、勝手にここを攻めてしまった。

 それは、怒られて当然なんだけれど……でも、ここまで来て、帰れなんて……。


「翁。怒られるのは当たり前だけど……でも、ここの地獄はそんな簡単じゃ無い。だから、僕はーー」


「翁……じゃと?」


「あぅ……」


 あれ? 別の意味で怒らせちゃった? 翁が更に険しい表情をして、僕を睨みつけています。こ、怖い……。


「椿。今儂の事を、何と言った?」


「えぅ……あっ、お、翁って……す、すみません。鞍馬天狗の翁ですね」


「鞍馬天狗の翁ぁぁああ?!」


「はぅぅ!!」


 また怒っちゃった!! あれ? 何でなんですか? どこか間違っていたんですか?!


 すると翁は、ゆっくりと近付いて来て、正座している僕の前に立ちます。

 は、迫力が……違います。鞍馬天狗となれば、見下げる視線の目力が違いすぎます。


「椿よ……」


「うっ……」


「『おじいちゃん』はどうした?」


「へっ?」


 また怒号が飛んで来ると思い、僕は身構えていたけれど、翁のその一言で、一気に脱力しちゃいました。

 もしかして、いつものように「おじいちゃん」って、そう言って欲しかったのでしょうか?


 だけど鞍馬天狗は、僕の本当のおじいちゃんじゃないんです。

 皆は翁って言っているし、僕も記憶が戻っていて、本来の妖狐としての感覚が戻ったから、鞍馬天狗の事は翁って呼ばないと、失礼になっちゃうと思っちゃったんです。


 それなのに、おじいちゃんって言わないと駄目なんですか?


「あの、本当のおじいちゃんじゃないから……」


「別に本当のおじいちゃんじゃなくても、おじいちゃんと呼ぶ事もあるだろう?」


「あぅっ……」


 それはそうなんだけど……駄目です。こうなったら、翁はてこでも動きません。僕が折れるしか……。


「わかりました、おじいちゃん……」


 結局、前の呼び方に戻っちゃいました。なんで僕だけ、翁の事をおじいちゃんって言わないと駄目なんでしょう。


「よし。では、椿。お前さんは、白狐黒狐と一緒に戻るんじゃ」


「……」


 やっぱり、それは変わらないんですね。でも、だけど……。


「返事はどうした?」


「……はい」


 駄目です。おじいちゃんには逆らえない。逆らったら後で、更に怖い事になりますから……おじいちゃんの半日超えの説法は、最早トラウマレベルです。


「では、寝ている酒呑童子をーー」


 すると、おじいちゃんが他の妖怪さんに、酒呑童子さんを運ばせようとした瞬間、辺りの空気が更に重く、そして冷たくなっていきます。


 まさか……。


「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、いつ、むぅ、やぁ。ここのつとんで、とおころりん。ここは地獄の最終地点。みんなみんな、裁きましょう」


 そう歌いながら、前方から子供の鬼が歩いて来ました。


 だけどその鬼には、目玉が無かったのです。真っ黒な窪んだ空間だけが、僕達を見ています。


 駄目だ。この鬼は、他の9体の鬼とは全然違う!!


「皆、逃げて!!」


「なん、じゃ……?」


 呆然としながらも、構えを取っていたおじいちゃんと達磨百足さん、そして他の妖怪さん達に向かってそう叫ぶけれどーー


「「「「ぐわぁぁぁぁあ!!!!」」」」


 もう、遅かったです。僕と白狐さん黒狐さん、玄葉さんとわら子ちゃん以外、全員同時に叫び声を上げ、血塗れになりながら、激しく吹き飛びました。


「おじいちゃん!!」


 勿論、鞍馬天狗の翁のおじいちゃんもです。


 そして、その子供の鬼は口角を最大まで上げて、気持ちの悪い笑みを浮かべて来ました。


「今度は、お姉ちゃんの番」


 その後にその鬼は、僕に向かってそう言ってきました。


 これはもう、逃げられないです。戦うしかないです!

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