第拾玖話 【1】 次の地獄はイチャラブ禁止?!

 ここの地獄の管理者、拘物頭を地面に叩きつけた後、地面の黒いものが一気に薄くなり、そして消えていきました。これならもう、着地しても大丈夫ですよね。


 他の皆も、黒いものが消えると同時に亡霊達が消えたので、そこから何とか解放され、今は僕達の元に走って来ています。


「朱雀さん、大丈夫ですか?!」


「くっ……つぅ……腕が」


 苦痛で顔をしかめる朱雀さんは、袖を捲って、痛んでいる方の腕を確認しています。


 うわっ、めちゃくちゃ腫れているじゃないですか。しかも、紫色に変色までして……って、これは完全に折れているんじゃないのですか?

 拘物頭の金棒での攻撃を直撃しないようにと、右腕で受け止めていましたからね。それは折れるでしょうね。


「すいません、朱雀。まさか、私の盾まで壊されるとは……」


 そう言われたら、その時に何かが割れたような、そんな小さな音が聞こえたけれど、それって玄葉さんの、あの玄武の盾だったのですか。


「いえ……あなたの盾が無ければ、私の右腕はもぎ取られていたでしょうね。ありがとうございます、玄葉」


 もぎ取ら……えっ、あの攻撃ってそんな威力だったんですか? それなのに、その攻撃から僕を守って、朱雀さんは……。


『どうしたんだ、椿』


「いや、そんな攻撃から僕を守って、朱雀さんが怪我を……」


「椿様、またあなたの悪い癖が出てますよ。私は守りたかったから守った。ただそれだけです。あなたのせいではないですよ」


 それは頭では分かっています。分かってはいるけれど、やっぱり考えちゃいますね。僕がもっと動けていればって。

 その考えが駄目なのは、もう分かっています。それでも、どうしても一瞬頭を過ぎっちゃいます。


『とりあえず我の治癒で、一時的に骨を付けたが、完治させるにはちゃんとした治療をしないとな』


「そうですか。ということは、この先の戦闘は……」


『当然、無理だろう』


 その白狐さんの言葉を聞き、朱雀さんは少し俯きました。

 やっぱり本来の役目の、わら子ちゃんの守護が出来なくなる事に、ショックを受けているんでしょうか?


 だけど、わら子ちゃんはもう、そんなに過保護に守る必要はないと思います。それに、僕もいるからね。


「朱雀さん。僕も一緒に守るって決めていたんでしょ? だから、何も気に病む必要は……」


「いえ、しかし……ここからは、更に強い鬼が出るかも知れないんですよ。龍花と玄葉だけで、果たして守りきれるかどうか……へぶっ!」


 あっ、龍花さんが朱雀さんにチョップしました。でも確かに、思い詰め過ぎかも知れないですね。


「朱雀。あなたは、私達を信用出来ないんですか?」


「龍花の言う通りです。私達2人でも、しっかりと座敷様と椿様を守護出来ますからね」


 あれ? 何故かまだ、守護する対象に僕まで入っている。

 いや、別に僕はもう大丈夫ですよ。自分の身くらい自分で守れますから。だからね、僕にピッタリと寄り添わないで下さい。


「では、玄葉。あなたは座敷様を。私は椿様に付きます」


「ちょ、ちょっと龍花さん!」


 すると、それを見かねた白狐さんが、僕を自分の方に引っ張り、そしてそのまま後ろから抱き締めてきました。


『龍花よ。椿の守りは我々がいる。これ以上は十分だ』


「しかし……」


「その前に離して下さい、白狐さん」


 白狐さんの体温とか匂いとか、今の僕には刺激が強過ぎて、あっという間に顔が真っ赤になっちゃいますからね。

 とにかく僕は、そんな白狐さんから逃れようと、前に体重をかけるけれど、それに対して白狐さんは、より強く僕を抱き締めてきます。


「ふぁっ……?! びゃ、白狐さん!?」


 僕が何とか逃れようとする中で、今度は黒狐さんが僕の尻尾を撫でてきましたよ。


「ちょっ!? 黒狐さんまで!?」


 この流れ、嫌な予感……。


『白狐、代われ』


『嫌じゃ。というか、いい加減に諦めろ』


「だから、今はそんな事をしている場合じゃ……!」


 するとその時、次の地獄に行く階段の方から、物凄い怨念が漂ってきます。

 これ……この怨念というか、凄い恨みの籠もった負の気は、いったい何なのですか?


『ふむぅ……』


 それに気付いた白狐さんが、ようやく僕を降ろしてくれました。すると、その怨念が途端に消えました。


「びっくりしたぁ……今のはいったい……? ひゃっ! 黒狐さん?!」


 また黒狐さんですか? 今がチャンスとばかりに、僕を前から抱き締めてきました。これ、駄目です。

 黒狐さんの事は嫌いではないし、むしろ好きな方だから、黒狐さんにまでこんな事をされたら、白狐さんと同じくらいにドキドキしちゃいますよ!


 でもその瞬間、また強い怨念が、下に降りる階段の方から湧いてきました。


 いったいなんですか!? これは!


『なる程……龍花よ。我等と同じ事を、椿にしてくれないか?』


「えっ? はっ?! し、しかし……」


『特別に貸してやる。少し確認したい事があるからな』


 貸すって、あの……僕は物ですか?


 その後僕は、黒狐さんに襟首を掴まれ、龍花さんの前まで移動させられると、そこで離されました。

 やっぱり僕ってば、ペットか何かに近いのかな? でも、抵抗しない僕も僕ですね。

 別にこの2人になら、何をされても良いかなって、そう思っちゃっているからね。


「お、同じ事……? 椿様を抱き締め……」


「龍花さん?」


 何だか龍花さんが、顔を真っ赤にしていて、動きがぎこちなくなっているような……いったいどうしたのですか? 抱き締めるだけだし、同性ですよ?


「あ~そう言えば龍花さん達って、他人を抱き締めたりした事がなかったんです」


「えっ? 嘘でしょう?! 抱っことかは普通にやっていましたよね?」


「抱っこと抱き締めるは、違うみたいです」


 わら子ちゃんがそう言ってきたけれど、僕にとってはどれも一緒だと思います。

 密着度が違うからなのかな? まさか龍花さんが、こんなにも純情だとは思いませんでした。


 だからって、僕から抱き付くのは恥ずかしいです。


「あっ、それなら玄葉さんでも」


「椿ちゃん、4人とも一緒だから。4つ子だもん」


「うそぉ……」


 確かに、僕と目が合った瞬間、玄葉さんもぎこちなくなっちゃいましたよ。

 でも、ちょっと待って下さい。白狐さん黒狐さんが確かめようとしているのは、下に降りる階段から湧いてくる、あの怨念の正体だよね。

 今はそれが湧いていなくて、湧いていたのは白狐さん黒狐さんが、僕をしっかりと抱き締めた時だけ。


 なるほど。ということは、もしかして……。


「龍花さ~ん。ていっ!」


「うわっ?! 椿様!?」


 わぁ、龍花さんの顔が真っ赤です。これはちょっと面白いかも。


「龍花さん。ほら、僕の背中に腕を回して下さい。そうしないと、確認が出来ないんです」


「くっ……わ、分かりました」


 するとようやく、龍花さんは僕の背中に腕を回し、しっかりと抱き締めてくれたけれど、緊張しているのが丸分かりです。一つ一つの動作がぎこちないです。まるでロボットみたい。


 龍花さん達って、わら子ちゃん以外の人とは、こういう事をした事が無いのですね。


 そしてやっぱり、次の地獄に向かう階段の方から、物凄い怨念が漂ってきました。

 階段はここから見えているけれど、そこから何かが上がって来る気配はないし、多分次の地獄の能力かも知れませんね。


『なる程な。次の地獄も怨念系か?』


「でも黒狐さん。条件があるのが引っかかりますよね」


『確かに。抱き締めあったら怨念が出る。そんな所か?』


 今の所、それしかしていないですからね。だけど、僕の考えでは……。


「あっ、龍花さん、ありがとうございます。抱き締めるのはもう良いですよ。だいたい分かりましたから」


「あっ、あぁ……わ、分かりました。抱き締めて申し訳ありません、椿様」


 すると、僕から離れた龍花さんが、突然謝ってきました。

 抱き付いたのは僕からですよ? 謝るとしたら、僕でしょう?


 とにかく、赤面している龍花さんは良いとして、もう一回確かめたい事があります。


「白狐さ~ん」


『どうした? 椿よ』


「んっ……」


『なっ……!!』


 龍花さんから離れた僕は、その足で白狐さんの元に向かい、そのままほっぺにキスをしてみます。

 白狐さんが目を丸くして驚いているけれど、それと同時にまた、階段の方から凄い怨念が広がってきました。


 やっぱりね、次の地獄の能力が分かってきましたよ。


「この怨念、同性だろうと異性だろうと、イチャイチャしている所を確認すると、こうやって反応するみたいです」


 つまり次の地獄は、イチャイチャは厳禁ですね。

 白狐さん黒狐さんにしてみれば、1番キツい地獄かも知れません。

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