第拾捌話 【2】 最大級の狐狼拳
朱雀さんまで、醜い亡霊達に押され始めています。攻撃が当たらないというだけで、こっちが一気に不利になっちゃう。
僕の浄化の風で何とかしても良いけれど、また呼び出されるからきりがないです。
だからこいつを、拘物頭を倒さないといけないんだけど……。
「ーーったく、人の頭と顔を何度も何度も足蹴にしやがって!」
遂に僕まで、その鬼に捕まってしまいました。
やっぱり、殆どダメージが無かったです。これでも思い切り蹴ったのですけどね……。
「う~ん……当然炎は効かないし、御剱は振らせる事すらさせないでしょうね。僕の爪で……とか、もっての外ですね」
「何だ? チクチク痛いだけだ」
やっぱりそうですよね。ものは試しにと、自分の爪を伸ばして突いてみているけれど、表情を変えずに平然としていました。
因みに狐狼拳は、火車輪を展開する時に気付かれるので、これも直ぐに対処されますね。
しかも、この技は初期動作があって、相手に構えられていると防がれやすいのです。本当のトドメの時とかじゃないと、多分当てられないですね。
こっちの力が上回れば押し込めるけれど、この鬼相手には厳しいですね。
「う~ん……どうしましょう」
「ムキュッ……」
レイちゃんも、僕に合わせて思案顔をしてくれています。可愛いですね。
「いや、お前。今自分の立場、分かっているのか?」
分かっていますよ。醜くされてしまった亡霊達が集まっている、あの黒い沼みたいな場所に、僕は放り投げられようとされているんです。襟首を掴まれてね。だから僕は、腕を組んで考えているんです。
「動じない奴だな……まぁ良い。この元イケメン達、元美女達の妬みは凄まじいからな。仲間を求め、イケメンや美女を同じように醜くしてしまう、そんな呪いを手に入れているんだ。今からお前を、そこに放り投げてやる。流石の貴様も、これで醜くーー」
「すいません。流石にそろそろ、その手を離して下さい」
「ふん。離すわけがーーって、後ろ? なっ?!」
「
「がぁっ!!」
よし。とりあえず僕の分け身の妖術で、拘物頭の背後から頭を殴りつけ、何とかこの鬼から脱出です。そんなに為すがままになる僕じゃないですよ。
「おっと……! 分け身の僕!」
「分かっていますーーよっ、と!」
危ない危ない……このままだと、地面の黒いものにいる亡霊達に、僕の足を掴まれるところでした。
だから僕は、分け身の方の両手で足場を作り、浄化の風でそこまで飛ぶと、そのままそれを使って、更に上に高く高く跳び上がります。
そしてその先にいる、朱雀さんを襲う亡霊達を、浄化の風で吹き飛ばします。
「神風の禊!」
それとこの亡霊達、朱雀さんの出した炎を、熱がっているような素振りをしていますね。霊だから熱くないはずなのにね。
そんな朱雀さんの炎も特殊だけど、浄化の力は無かったはずです。
「とりあえず、朱雀さん! ちょっと掴んで欲しいです!」
「椿様!? くっ……! ふぅ、危なかった……それにしても、無茶しないで下さい」
そのまま落ちていく僕を、何とか朱雀さんがキャッチしてくれました。
無茶ですか。それは朱雀さんの方だと思いますよ。亡霊達から逃げるだけで良いのに、僕の方に行かないようにと、攻撃しながら引きつけていたからね。
「それにしても……皆はまだ、亡霊達に掴まれているんですね」
「えぇ。座敷様の幸運の気で、足を掴まれているだけで済んでいますが、あの亡霊達は呪いを持っていますね」
「それは、あの鬼から聞きました」
これは、美亜ちゃんがいてくれた方が良かったかも知れません。だって美亜ちゃんの方が、呪術の耐性もあるし、解呪もできますからね。今は嘆いてもしょうが無いですけど。
「どうやらこの亡霊達は、この黒いものの中を自由に出入り出来て、自在に動き回ることが出来るみたいです」
「そしてここの鬼は、思った以上にバネがありましたね」
「なっ?! しまっ……!」
「もう遅いわ!! そのままたたき落としてくれる!」
亡霊達の分析ばかりしていたら、こうなっちゃうのは当たり前ですよね。とにかく、あのアンバランスな体で、とんでもない脚力をしていますね。
気が付いたらその鬼が、僕達の横に跳んで来ていて、金棒を上に振り上げていました。
その金棒は、見たところ普通の金棒っぽいけれど、この金棒も何か能力があったりするのかな?
「
「くそっ! 小細工か……! ぬっ!?」
「丁度良いです! その炎、使います!」
すると今度は、周りを囲うようにしている僕の黒焔から、次々と炎の矢が飛び出してきます。
それは黒い炎じゃなくて、真っ赤な炎です。つまり朱雀さんが、僕の出した黒焔を利用して、炎の矢を大量生産したのです。
「くっ! うぉ!」
「椿様、助かりました。このまま次々と打ち込みますよ」
そう言ってくる朱雀さんは、空いている方の手を広げ、相手に向けています。それで僕の黒焔から、次々と炎の矢を放っているんです。
ただ、僕は朱雀さんに掴まれて飛んでいるんですよ。つまり、片手で僕を持ち上げている事になります。これは、喜んだら良いのかな?
重いでしょって聞いたとしても、朱雀さんならそんな事はないって、そう言ってきそうですよ。
「てぃっ!」
「ぐっ!!」
とりあえず僕も、妖具生成で爆発するけん玉を作り、それを相手のお腹に打ち付けました。それと同時に爆発が起こるけれど、この鬼も耐えました。
「う~ん。もう爆発じゃ駄目ですか……」
「全く。貴様等……さっきから無駄な攻撃ばかりしてきやがって。そんな攻撃では、この俺に傷1つも付けられんぞ!」
そう叫んでくる拘物頭の体は、確かに傷1つなくて、僕達のさっきまでの攻撃は、一切効いていなかったです。
だけど、この世界に生きて存在している以上、どんな生き物にもダメージはあるのです。それが例え、地獄の鬼だろうとです。
それでも今は、相手の攻撃を避け続け、隙を見て攻撃するしかないです。
「さぁ。大人しく来て貰おうか、妖狐のガキ!」
すると突然、僕達の上から声が聞こえてきました。だけど、拘物頭は前にーーって、もういないです!
「朱雀さん、上!」
「分かっていますが……くっ! ぐぅぅっ!!」
何をしたのかは分からない。
だけどほんの一瞬、僕が瞬きをした一瞬で、拘物頭は僕達の頭上に現れ、そしてその金棒を、朱雀さん目掛けて振り下ろしてきました。
狙いはあくまで、僕を捕らえ、茨木童子の下に連れて行く事なんですね。
僕を狙わず、この場での唯一の移動手段である、朱雀さんの方を狙ってきました。
「ぐぅぅ……! くそっ! 椿様、しっかりと私の体に……」
「妖具生成!」
それでも、僕にも攻撃をしなかったのは失敗ですね。先ず僕を戦闘不能にしておかないと、こんな事をしちゃいますよ。
僕は妖術でヨーヨーを生成すると、それを拘物頭目掛けて投げつけます。そのロープの長さは、通常の何倍も長いものです。
「こんなもの……ん?」
そのヨーヨーを拘物頭の足に絡ませた僕は、その鬼を思い切り引っ張ります。つまり、僕達と一緒に落下させようとしたのだけれど……止まっちゃいました。
いや、引っ張れないどころか、僕達をぶら下げないで下さい。って、このままだとマズいです。
「ふん……!」
「うひゃぁあ!」
そう。相手の足に僕のヨーヨーを絡めているので、相手がその足を振り抜いてきたら、僕達の方が吹き飛んじゃいます。でも、実はもう一個、僕はある玩具を作っていました。
「んっ? なんだ? 何か頭に当たったな」
それは、水風船です。うん、見事に命中しました。
「なんだこれは? 濁った水か? ふん。こんなも……ん? いや、違うな。これは? これは……まさかぁ!」
「朱雀さん朱雀さん! 炎の矢、もう一回打てますか?! 無理なら、僕が狐火で……」
「いえ、大丈夫です。その水風船から、異様な臭いを嗅ぎ取った後、直ぐに準備をしていましたよ」
良かった……さっきの蹴りで、ヨーヨーの紐が切れちゃって、もう直ぐ地面に落ちちゃうところなんです。
この黒いものの中にいる亡霊達に捕まったら、しばらく身動きが取れなくなりますからね。
もう、これで決めたかったのです。
「まさか、水風船の中身がガソリンだとはな。しかし、俺達にこんなものはーーぬぉぉっ!?」
朱雀さんは、相手の鬼の言葉を無視して、炎の矢を拘物頭に向けて放ちました。その瞬間、ガソリンまみれになった拘物頭は、一気に炎に包まれていきます。
だけど、直ぐに落ちて来ないところを見ると、やっぱり炎ではこの鬼達にはダメージを与えられないみたいですね。それなら……。
「だから、無駄と言うのがーー」
「うん、分かっているよ。だからこの炎は、あなたを燃やす為のものじゃないです。僕のこの攻撃を、パワーアップさせる為のものです!」
「おぉっ?!」
そして僕は、拘物頭の体を覆う大量の炎を、火車輪の方にかき集めていきます。
そして、いつもの倍近くの大きさになった炎の輪を4つ展開させ、あとはいつも通り、朱雀さんに上に投げ飛ばして貰い、相手よりも高い位置に来ると、そのまま思い切り殴りつけます。
「
「ぐぅ!? ぉぉぉお!!」
流石の鬼でも、上空からの落下中では、回避が上手く出来なかったようです。
見事に拘物頭の顔面を殴りつけた僕は、そのまま地面へと叩きつけました。
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