第拾伍話 【2】 雪ちゃんの激辛かき氷 Ver2

 目の前の迷路が消え、ようやく先に進めた僕達ですが、次の地獄に入った瞬間、またお腹が重くなってきました。

 あっ、因みに酒呑童子さんは、今玄葉さんが引きずっています。


「うっ……く。これって、まさか……」


『ここの地獄が、満腹感を与えてくるのか? いったい、何の地獄だ……!』


 良く見るとその風景が、他の地獄とは異なっているんですよね。


 そもそもここの地獄は、建物の中なのに外にいるみたいにして広いのですけど、今いるこの地獄だけは、建物の中に居るって感じがします。

 そして更に、そこら中に食べ物が散乱しています。腐ってはいないし、グチャグチャにはなっていないですね。それだけでもマシだし、美味しそうな食べ物の匂いが漂ってくるのだけれど、今の僕達にとっては苦痛です。

 しかも、色んな食べ物や料理の匂いが混ざっているから、時間が経つにつれ、胃もたれしそうになってしまって、更に吐きそうになっちゃいます。


「うっぷ……もう無理、吐きそう」


「椿様……袋を」


「ありがとうございます、朱雀さん……って、別に吐きはしないです! うっ……」


 大きな声を出したら、お腹に響いて余計に苦しくなりますね。

 とにかくここは、黒狐さんの妖術でーーと思ったけれど、黒狐さんはとっくに、雷の妖術を放っていました。それなのに、効かないのですか?


『くっ……! 流石に、相手の能力の方が上手か……脳の神経回路に上書きをしてきやがる』


 つまり、脳を流れている電気信号を、黒狐さんの妖術で正しく流そうとしても、その都度上書きをされてしまって、またおかしくされているんですか。厄介ですね……。


 すると、そんな僕達の目の前に、変な形をしたぐにゃぐにゃの棍棒を持った鬼がやって来ました。

 体型も顔付きも、頭に付いている角も、他の一般的な鬼と大差ないです。ただ、その手に持った棍棒だけが異様なんです。

 この鬼とも確か、ここが地獄になった時に対峙した事がありました。


 あの棍棒は、妖術を食べて強化していくやつです。


「やれやれ。遂にこんな所までやって来るとは……ようこそ。第七地獄、憂鉢羅うはつらへ。ここは食物の恵みに感謝せず、食べ物を粗末にする者達が落ちる地獄。食べ物の恨みを受け、満腹の苦しみを永劫に味わうのだ」


「そこは普通、飢餓させるんじゃ……」


 あまりにも不自然だったから、つい言ってしまいました。だけどその鬼は、それに怒る事もなく冷静に返してきます。


「確かに、そんな地獄もある。だがここは、殆ど日本人しか落ちてこない。分かるか? 賞味期限とやらに敏感だからだ。まだ食えると言うのに、次々と捨てていくのは、日本くらいなものだ。この地獄は、そんな奴等の為に出来たのだよ。飢餓では無く、食べ物の恨みを受ける場所としてな」


 一応言っておくけれど、あれはあれで大事なシステムですからね……食べられるからって、賞味期限が切れて間もない物を食べていたり、飲んでいたりしたら、健康を損なうかも知れないからね。

 賞味なので、味や品質を保証する事になる訳で、それを過ぎても食べられるのだろうけれど、お腹壊しても知りませんよって事。生鮮品とかは消費期限になるから、そっちはちゃんと守らないと、もっと酷い目に合うからね。


 だから賞味期限が切れても、しばらくなら大丈夫なものもあれば、そうじゃないのもあります。その目安になるから重要なんですよ。


 と言ったけれど、そんなものは関係無しにと、食料とかを次々と捨てているのは、どうなのかなとは思うけどね。しかも食べるのではなく、その料理で映える写真を撮る為にと、沢山の料理を頼む人がいるみたいです。殆ど食べずに残すらしいから、そういう人達が落ちる地獄っぽいですね。


 とにかくそういう事なら、ここの地獄にいる人達は、その殆どが料理人とか、食料を扱う人達になるんでしょうか? あとは、さっき言ったような人達?

 でもここには、その亡者達がいないので分からないですね。


「さて。ここに来た以上、お前達も食べ物の恨みを……」


「そうね……食べ物の恨み、恐ろしい」


 すると、その鬼に向かって、雪ちゃんがそう言ってきました。

 雪ちゃん? 君は満腹感は平気なの? 普通に歩いているけれど……。


「私が、楽しみにとっておいた、特選の激辛キムチを、誰かが勝手に食べたように、食べ物での恨みは、そう簡単に消えない」


 あっ、食べ物の恨みと言えば、そういう意味もありましたね。でも雪ちゃん、多分今回のは違うと思います! 食材の恨みとか、そっちの事だと思う。だから、逃げた方が……。


「んっ? いや、そういう意味もあってはいるが、今回のは食材の恨みというーー」


「それならあなたは、食材は全て食べるというのよね? 料理なら、どんなものでも食べるのね?」


「もちろんだ。おっと、俺と戦う気か? 脆弱な者よ。俺には妖術は効かんぞ!」


 そう言うと憂鉢羅は、その歪な形の棍棒を前に構え、雪ちゃんに警告してきます。

 だけど、そんな雪ちゃんの手には、巾着袋から取り出した、ある物が乗っていました。


 真っ赤な真っ赤な、血の池地獄よりも真っ赤な、あのかき氷を……。


「雪……ちゃん?」


 何となく、雪ちゃんのやろうとしている事が分かったけれど、いくら何でも、地獄の鬼にそれは意味が無いんじゃ……。


「私の考えた食べ物。これも、食べられるよね?」


「ふん、その色で分かったぞ。どうせ激辛になっているのだろう? 馬鹿にしているのか?! 地獄の鬼に、そのようなものが通用すると思うか!!」


 すると憂鉢羅は、雪ちゃんの手からそのかき氷を奪い取り、それを一気に口の中に流し込みました。


「ーーぬっ!?」


 そして垂直に立ったまま、後ろに倒れました。


 地獄の鬼を倒す程の辛さ?! あれって、そんなに辛かったの?!


「ゆ、雪ちゃん……あれって、僕達も食べたやつだよね?」


「その、Verバージョンツー


 バージョンアップしていました!! 今度はいったい、何を入れたんですか?!


「召し上がれ」


 すると雪ちゃんが、もう一個そのかき氷を差し出してきます。

 そしてその匂いがもう、鼻と目に、凄まじい程の刺激を与えてきます。何だか痛いのですけど……? これはもう、食べ物じゃなくて凶器ですよ。 


「……つ、謹んで遠慮します」


『椿ちゃん、冷や汗凄いよ』


 仕方ないですよ、カナちゃん。あの時の恐怖が蘇ります。そして、他の皆も食べようとはしません。目に染みるどころじゃないので、皆も分かってはいるのでしょう。これを食べたら、死ぬ。


「雪ちゃん。それさ、自分で試食した?」


「…………」


 無言にならないで下さい。そういうのは、自分でも食べられる物にして下さいよ。


「ちなみに雪ちゃん、そのかき氷に使っている唐辛子は、なんですか?」


 最低でも、これは聞いておいた方が良さそうです。今後雪ちゃんが、そういう唐辛子を使ってきた時は、気をつけないといけないからね。


「トリニダード・スコーピオン・ブッチ・テイラー」


「えっ? ト、トリ……?」


「トリニダード。元世界一の辛さの唐辛子を、氷に混ぜた。そしてシロップには、現在ギネス記録の、世界一辛い唐辛子、キャロライナ・リーパーを使った。防護服無しでは、調理出来ない」


 それはもう、食べ物じゃないよね? 兵器だよね? 人間の食べられる物なのでしょうか?


 でもそのシロップに、更に小さな赤い粒みたいな物があるけれど、いったいこれは何でしょう?


「雪ちゃん。それ以外に、何か使った?」


「そのキャロライナ・リーパーに妖気を混ぜ、妖怪食にして、一週間壺に閉じ込める」


 えっと、確かそれって……妖気を含ませた食材にストレスを与えて、その食材の成分を底上げする方法でしたよね?

 ゆ、雪ちゃん……まさかそれで、キャロライナ・リーパーの辛さを、更に底上げしたのですか?!


「それをチップにして混ぜた。これが、激辛かき氷Ver.2」


「激辛のレベルじゃないです。もう兵器ですよ、これは!」


 それを聞いていた皆も、顔が真っ青になっていました。たった一滴、解けた氷が口に入ろうものなら……。


「さぁ、食べて」


「無理!! これはもう無理です! それに僕達、満腹感が……」


「大丈夫。これでお腹を壊せば、満腹感は無くなる」


 お腹壊すのは前提なんですね。その前に死ぬと思います……。


「食べないと、氷に失礼……」


「唐辛子はどこにいったんですか?!」


 待って下さい、雪ちゃん! それをスプーンですくって、僕に近付けて来ないで下さい!


「ふ……ふふ……ふふふふ。げほっ、げほっ。ふざけた真似を」


 すると、その雪ちゃんの後ろから、憂鉢羅が声を発してきました。あぁ、生きていたんですか……あれを全部食べたのに。残念です。


「えっ? 食べたの?」


「その言い方は、食べられない事を前提にしているだろう? 全く……誰よりも食べ物を粗末にしていたのは、貴様だったな!!」


 そう言いながら、ゆっくりと立ち上がった憂鉢羅の口元は、凄く真っ赤になっていました。

 食べられていないですね。途中で吹き出していますよね? まるで出血したみたいですよ。


「そうだな……先ずは貴様から、地獄の裁きを与えてやるわ!」


 マズいです。今ので憂鉢羅が怒っている。

 そして、歪な形の棍棒を手にし、それを雪ちゃんに向けています。このままだと、雪ちゃんが危ない。


「良いよ。君は、このかき氷を食べられなかった。食べ物を粗末にしたのは、そっち。まだまだこのかき氷はあるから、完食するまで与えるわ」


「だから、それは食い物じゃーーいや、氷に罪は……ぐぅぅ、とにかくそれは兵器だ!!」


「食べ物よ!!」


「でも、雪ちゃん。それ、自分でも食べられていないよね?」


「…………」


 どっちもどっちだったから、つい横から口を挟んじゃいました。でも、雪ちゃんは答えてきません。

 だから、無言にならないで下さい、雪ちゃん。今君は、ピンチなんですよ?

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