第拾陸話 【1】 第七地獄 『憂鉢羅』

 雪ちゃんに向かって行く第七地獄の憂鉢羅だけど、明らかに手の物を意識しています。


 雪ちゃん特製、パワーアップした激辛かき氷は、いくら地獄の鬼でも食べられない物で、下手したら死んでしまうかも知れないようです。


「先ずその食べ物を床に置こうか」


「断る。これは、勝利の為のぶーー食べ物よ」


 雪ちゃん、今「武器」って言いそうになりませんでした? ねぇ、武器って言いかけたよね?


「凍れ!」


 すると雪ちゃんは、指に付けた妖具を使い、床を凍らせていき、鬼を滑らせる作戦に出ました。

 当然だったけれど、それを憂鉢羅は読んでいて、簡単に交わされます。


 雪ちゃん。相手は十極地獄の鬼で、相当な強さを持っているんです。君では勝てないと思うよ。そして僕達も、満腹感で苦しい……。


「ムキュゥ!」


 それで……また何で、レイちゃんは動けるのでしょう? と思ったけれど、レイちゃんが食事をしている姿なんて、見た事が無かったですね。


 いや、何回かご飯を上げようとはしたけれど、食べてくれなかったのです。

 その代わりに、霊となって漂い、悪さをしていた妖怪の魂を食べ、自分の体の中で浄化したりしていたし、それがレイちゃんにとってのエネルギー源なんでしょうか?


 つまりレイちゃんには、満腹感が無い。


『くっ……流石は地獄ね……霊の私でも、うぅ……それでも、雪が動いている。私だって……!』


 カナちゃん、君も無理しないで下さい。ってそう言えば、満腹感の原因って、脳への神経伝達の異常ですよね。何で、それが無い幽霊にも満腹感が?


「ちょっと待って。カナちゃんって幽霊だし、神経無いよね? なんで満腹感があるの?」


『椿よ。地獄はな、霊達に対して、無慈悲にその裁きを与えるんだ。神経がどうのというのは、我々への限定的な効果という事だ』


 白狐さん、説明どうもありがとうございます。


 とにかく、レイちゃんが雪ちゃんの近くに飛んで行き、そして雪ちゃんに妖気を渡しています。

 だけど、雪ちゃんは半妖なので、そこまで沢山は与えられないみたいです。


 それでも……。


「ありがとう、レイちゃん。はっ!」


 雪ちゃんが手を下にかざしただけで、辺り一面白銀の世界に変わっちゃいました。嘘でしょう?! 


「ちょっと雪ちゃん! それはいったい、どういう事ですか!? レイちゃんに力を貰っただけで、ここまで出来るとは考えられないですよ!」


「私は、雪女の半妖。お母さんから貰った妖具と、氷魚ちゃんから貰った妖具を組み合わせれば、これくらいは出来る」


 あぁ……もう1人居ましたね、雪女さんが。その女の子からも、妖具を貰っていたのですね。

 それを2つ同時に使い、尚かつレイちゃんから貰った妖気を充てれば、これくらいは可能なのですね。


「やれやれ。中々に食いづらい事をしてくるな。俺にではなく、この部屋全体とは……お陰で、こいつに食わせる隙が無かったな。で、これをして何の意味があるんだ? むしろ、味方が凍えているぞ」


 その通りです。雪と氷の世界になっちゃって、寒くて体が震えちゃっているんです。

 満腹感どころじゃない、脳がエネルギーを作れと指示を出してきて、今度はお腹が減って……って、あれ?


『なる程。脳に別の指令を与えさせる為に、敢えてこんな事を……』


「でも黒狐さん。どっちにしても、これでは寒すぎて動けません!」


 すると今度は、朱雀さんが動きました。背中に朱雀の羽を付けて、僕達に温かい熱を送ってくれています。


 だけどね……。


「あの、朱雀さん……満腹感が復活しました」


「はっ、しまった! そうか!」


 満腹感を何とかするために寒くしたのですから、元に戻してどうするんですか!

 僕達の為にしてくれて嬉しいけれど、今回はそれが裏目に出ちゃいましたね。


 朱雀さんは熱を発するのを止めたけれど、この寒さだと、また動きが鈍りそうです。


「ムキュ!」


「あっ、レイちゃん。ありがとう」


 すると、またレイちゃんが僕の首に巻き付いてきて、僕を温めてくれます。助かーーってない。お腹が重い。


「うっ……! レイちゃん、やっぱりこれは……って、あれ?」


 寒くないと、やっぱり満腹感が襲ってくる。これはもう、どうしようもないのかな……と、そう思っていたら、急に満腹感が消えました。何で?


『どうした? 椿よ』


「白狐さんは、温かくなると満腹感が蘇ります?」


『何を言っている? 今は寒さでなんとか誤魔化せているが、温かくなると戻るだろう』


 そうですよね。今の状態じゃ、僕のこの状態を確認出来ません。それじゃあ……。


「朱雀さん。ちょっと放熱して下さい」


「はっ?」


「早く!」


 雪ちゃんが、本物の鬼と鬼ごっこをしているんですよ! 早く加勢に行かないと、このままだとやられちゃうってば!


「分かりました、はっ!」


 僕が急ぐように言うと、朱雀さんがまた背中の羽を広げ、放熱をしていきます。するとやっぱり、皆は苦しそうな表情をし出しました。


『つ、椿よ……やはり我々は』


「分かりました。それなら、皆は無理をしないで、ここでジッとしていて下さい」


 加勢に来ておいてそれは……って感じの顔をしているけれど、実際この状態になってしまったら、動ける者で対処しないといけません。

 そして、僕の満腹感が無くなったのは、きっとレイちゃんですね。


 そう言えば、最初の地獄に居た厚雲が言っていた、十極地獄の鬼達の能力。力を奪う能力が、皆にも効いていないみたいなんです。


 それも、レイちゃんが何かしたのでしょう。

 でも、地獄の裁きに関してはどうにも出来ない。だけど、僕に密着をしていたら、僕だけその裁きが消える。


 レイちゃん、君はもしかして……。


「あぅ!」


「さ~て、散々逃げ回ってくれたな。食べ物を粗末にした裁き、たっぷり堪能させてやる。先ずはたらふく食べさせ、その腹を破裂寸前までさせてやろう」


「くっ……!」


 しまった。雪ちゃんが危ない! 遂に追い着かれてしまい、その歪な形の金棒で足下をすくわれ、転倒してしまっています。


「あぁ……か弱い乙女を、そうやって孕ーー」


「狐狼拳!!」


「ぬぉっ?!」


 雪ちゃん……さっきちょっと、危ない事を言おうとしていませんでした?


「椿、遅い。私危うく、犯ーー」


「まだまだ余裕がありますね」


 なんて事を言おうとしているんですか。全く……。


「ぐふふふふ……ようやく妖術を使ったな」


「あっ……」


 やってしまいました。僕の狐狼拳を、あの歪な金棒で受け止めていました。ちょっと膨らんでいて、少しだけ太くなっている。

 雪ちゃんの言葉を遮ろうとして、咄嗟に妖術を使っちゃいました。雪ちゃんのバカ!


「何やってるの、椿……」


「主に雪ちゃんのせいです!」


「私は、危機的状況に、戸惑っていただけ」


「その割には棒読みですよ?」


 すると、言い合っている僕達の上に影が出来て、そこから憂鉢羅が飛び降りてきます。


「砕け、暴食棍ぼうしょくこん!」


「ほっ!!」


「ひゃっ……!!」


 僕は咄嗟に前方に跳び、雪ちゃんを抱き抱えると、相手の攻撃を回避します。

 その瞬間、金棒が地面を割り、衝撃で僕達を吹き飛ばそうとしてきます。


 でも僕は、何とか空中で体勢を立て直し、上手く地面に着地です。


「あぁ……椿に抱き締められてる」


「雪ちゃん。ここからは真面目にお願いします」


「私は、いつでも何でも、大真面目」


「状況を理解して、真面目に行動して欲しいんです」


 日本語って、難しいですね。

 そんな事より、1回攻撃をしたからか、憂鉢羅の金棒が、元のぐにゃぐにゃした歪な形に戻りました。


 あれってもしかして、食べた妖術の妖気の量で、攻撃出来る威力と回数が決まっているのかな?


「ちっ……もう少し本気で攻撃してこい」


 やっぱり。憂鉢羅の言葉からして、間違いなさそうですね。

 そうなると、本気で攻撃をすればするほど、あいつは強力な攻撃を打てるようになる。それなら、どうやって倒せーー


「くっ……何とかして、これを食べさせないと……」


 まだ持っていたのですか? 一旦巾着袋にしまっていたのですね。その大きめの巾着袋に。

 いったいそこに、そのかき氷がどれだけ入っていて、中はどれだけ冷やされているのでしょう。流石は、雪女の半妖です。


「椿。あいつに食わせるの、手伝って」


 あの、やっぱり……それで倒さないと駄目?

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