第陸話 【1】 黒焔の一撃

 黒いオーラを体から放出し、呪術を乱発している美亜ちゃん。だけど、第二地獄の管理者無雲には、一切効いていません。すり抜けていますからね。

 そんな中、美亜ちゃんは負のエネルギーを操りきれずに、呪いの副作用を受けてしまっています。何とかしないといけないのに……。


「う~僕のバカ!」


 慌てて美亜ちゃんの元に向かおうとしたのが悪かったです。根っこに引っかかって転んでしまい、そのまま生えてくる木々に捕まっちゃいました。


「何やってんだ、バーーうぉっ?!」


「酒呑童子さんもですよ……」


 拳の風圧で僕を助けようとしたんでしょうけど、結局足元から生えてきた木々に捕まって、酒吞童子さんまで宙ぶらりんになっています。皆も皆で、避けるのに精一杯。美亜ちゃん……なんて事をしてくれたんですか。


「この呪術……私には効かないが、私の能力を利用したのは気に入りません。先にこの子に罰を与えましょう」


「させません!! 黒焔業火狐火こくえんごうかきつねび!」


「むっ?!」


 大樹海の中で、こんな大きな火を出したくはなかったけれど、もう仕方ないです。このまま美亜ちゃんが殺されてしまうより、遙かにマシですから。それに炎なら、僕でも消す方法がありますからね。

 そして、僕の出した業火は、そのまま木々を燃やしていき、樹海を炎で埋め尽くしていきます。それと、僕が妖術を発動した瞬間に、玄葉さんが玄武の盾を展開してくれていて、それで他の皆を炎から守ってくれています。


「つ……!? くそ……」


 あれ? 無雲が熱がっているような。えっ? すり抜けるんだから、熱くらいーーって、そうか! 僕は凄い勘違いをしていました。

 体がすり抜けるから、カナちゃんと同じ霊体だと思っちゃっていました。でも、違ったんだ。こいつには実体があります!


「なる程。物理攻撃だけは効かないんですね」


 それにしても、鬼だからといって、皆熱さに強いわけではないのですね。管理している地獄の場所にもよるのかな?


「ふん。それでも私を倒す事など……」


「出来ます!」


「なっーー?!」


 僕は燃えさかる炎をすり抜けていき、相手の懐まで一気に向かいました。その後、風の神術で相手を吹き飛ばします。


「神風の禊!!」


 今の僕なら、この神術はそよ風じゃなく、突風になっています。だから、実体があるなら吹き飛ばーーせてはいなかったです。あ、あれ?


「無意味」


「ぎゃふっ?!」


 するといきなり、僕の体の正面に強い衝撃と痛みが走り、そのまま後ろに吹き飛ばされてしまいました。何かで殴られた……見えない金棒ですか。


『椿!』


『くっ! なんなんだあいつは! おい、白狐! 何とかならないのか?!』


『無理だ! 美亜の出してくる木々と、それに燃え移って次々と炎熱地獄にしていく椿の炎で、全く身動きが取れん!』


 いや、大丈夫ですよ。白狐さん黒狐さん。炎は何とかなりますから。だから炎を出したんですよ。


「くっ……!!」


 相手の攻撃で吹き飛んでいた僕は、尻尾を硬くして地面に突き刺し、何とかブレーキをかけて止まります。

 それにしても、見えない金棒って厄介ですね。手に握っている様には見えないし、宙に浮いているのかな? 見えないから分からないや。


「いっつつ……」


『椿ちゃん、大丈夫?』


「ありがとう、カナちゃん。皆は?」


『とりあえず、椿ちゃんの炎は盾で防がれているし、木にも捕まらないようにと、皆頑張って避けているよ。美亜ちゃんの方は、相変わらず黒いオーラを出したままで、威嚇中だね』


 ということは、美亜ちゃんは動いていないのですね。もしかして、殴られたダメージで? だとしたら、早く何とかしてあげないと。

 その為には、こいつを倒さないといけません。だけどさっきみたいに、風で吹き飛ばそうとしても無理だったんです。いったい、どんな体をしているんですか?


『椿ちゃん……あのね。物質がすり抜けるってさ、どういう原理なの?』


 流石のカナちゃんも、これには不思議がっています。

 僕も良く分からないけれど、難しい学問とかで、そういう可能性を研究している人がいるかも知れません。その人に聞いたらーーって、何を考えているんでしょうね、僕は。それどころじゃないし、そんな暇もないよ。


 そもそも、せいぜい分かるのは物理学とかで、分子とか原子くらいしか……。


「あっ! そうか!!」


 分子とかの事を考えていたら、ある事が頭に浮かびました。何かの漫画で読んだ事がありましたよ。物質がすり抜ける可能性についての事をね。

 そうか、考え方は当たっていましたね。ただもうちょっとだけ、攻撃を凝縮した方が良かったようです。


「よ~し。上手くいくかは分からないけれど……妖具生成!」


 今の所無雲は、ターゲットを美亜ちゃんから変えていないです。彼女を睨みつけながら、ゆっくりとそっちに向かっていました。美亜ちゃんの攻撃を警戒しているみたいです。急がないと、手遅れになっちゃうよ。


 僕は急いで動き、その手に妖術で出したけん玉を握り締めると、更にもう一つ妖術を発動します。


「神風の禊!」


 また同じ妖術だけど、今度は違いますよ。それをけん玉の先に集めていますからね。つまり、一点集中です。これで、すり抜けようとする体ごと吹き飛ばします。


「たぁっ!!」


 そして、繋がっている紐で先の玉を振り回し、そのまま勢いを付けて無雲に放ちます。


「んっ? 何度も言っただろう。それは無意味だ。何度やってーーぐっ!?」


 よし、手応えがありました。それに、無雲が苦痛の表情を浮かべています。


「ぎゃんっ!!」


 と思ったら、僕の頭にも痛みと衝撃が走り、思い切り地面に叩きつけられてしまいました。見えない金棒が厄介すぎます。


「ぬぅ……くっ。やってくれますね」


 だけど、無雲の方も後ろに下がっていましたよ。大丈夫、これは効いています。僕の考えは合っている。


 こいつは、自分の体を構成している分子を動かし、他の物体の分子と、自分の体の分子をすり抜けさせていたんです。もちろん、肉体に影響が出ないレベルでだと思う。でもそんなの、ナノレベルの事なので、確認のしようが無いですね。

 だけどさっき、僕は風をけん玉に集めて、その分子ごと吹き飛ばそうとしました。突風のままだと、分子は飛ばせないからね。

 要するに、けん玉の衝撃も合わせて、空気圧で吹き飛ばしたような感じです。その結果、相手を吹き飛ばす事が出来たので、この考えは合っていると思います。


 その後僕は、その場で直ぐに起き上がり、右腕に付けた火車輪を展開します。当然、僕仕様の炎の輪です。それから、周りの黒焔をそれに集めていきます。


「自らの黒焔を木々で燃やして拡大し、その威力を高めるとは……」


 体中が痛いけれど、無雲がこっちを警戒している今がチャンスです。


「ぬぅっ? か、体が……! こ、これは!?」


「影の操。僕を甘く見ないで下さい!」


 今回は、自分の影の腕で捕まえていません。無雲の影そのもので、足下からゆっくりと、全身を包むようにして捕まえましたからね。しかも、その体の分子ごとです。

 これで、僕の攻撃をすり抜ける事は出来ませんよ。相手の体の分子も、簡単には動けなくしていますから。


 そして僕は、黒焔の輪を使ってブーストをかけ、尚かつ腕にも黒焔を纏わせ、無雲のお腹に叩き込みます。


「はぁぁ!! 黒焔狐狼拳こくえんころうけん!!」


「ぬぐぅぉぉおお!!」


 使った炎の量が凄かったから、流石の無雲も、叫び声を上げながら吹き飛びました。

 焼け焦げた木々をも薙ぎ倒し、その姿が見えなくなっちゃったよ。これはちょっと、やり過ぎたかな? それと、これで倒せたのかな? ちょっと不安です。いや、それよりも美亜ちゃんです。


「フウゥゥ……!!」


 まだ威嚇しているし……。

 しかもその度に、新たな木々が生えてきて、せっかく樹海を綺麗に焼いたのに、また復活しそうになっています。


「美亜ちゃん、美亜ちゃん!! 落ち着いて下さい!」


「フミャァァア!」


「いっ!」


 まさか引っ掻いてくるなんて……完全に我を失っていますよ。


『椿! とにかくここから離れるぞ。まだ怨嗟の声がある。美亜は恐らく、ここの負のエネルギーにあてられてしまっているんだ』


 すると、黒狐さんがそう言いながら近付いてきました。その後ろには、皆も居ます。無事で良かった。


 そうなると後は、荒れている美亜ちゃんを連れて、この先に進まないといけないですね。


「ごめんなさい、美亜ちゃん。神風の小槌かみかぜのしょうつい


「ふみゃぐっ?!」


 強力な神術は、美亜ちゃんの体をバラバラにしちゃいそうで怖いから、威力を抑えた神術を使いました。

 それでも僕は、小さなトンカチをイメージしたのに……これ、ハンマーですよね? 風がハンマーの形をしていましたよ。

 美亜ちゃん、大丈夫かな? 気絶させて、しかも同時に浄化させるのには、これしか無かったんです。


「あっ、息しています。良かった……」


『椿よ。もしかしてもなく、あれでもかなり威力を抑えたつもりか?』


「はい、つもりであれです……やっぱり、全然制御出来ていないです」


 僕自身の神妖の妖気、何とか制御する方法は無いのかな?

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