第肆話 【2】 神降ろしの儀

 その後、社の奥で腰を抜かしている、幼い僕の姿を見ながら、天狐様は何か呟いています。


 呪文か何か? でも、良く分かりません。何か独特な呪文なのでしょうか? 祝詞……のような。

 すると、天狐様がその呪文を唱えた後、日本人形の口から歌が聞こえてきます。以前廃屋で聞いた、あの歌が。


【か~ごめかごめ か~ごのな~かのと~り~は いついつ出やる 夜明けのば~んに つ~るつ~るつっぱいた な~べのな~べの底抜け そ~こ抜いてた~もれ】


「な、何これ!? パパ、ママ~!! 助けてぇ!!」


 流石にこの状況で、恐怖心が一気にピークに達した幼い僕は、その場所から離れようとするけれど、腰が抜けて上手く立てないみたいです。それでも這いつくばる様にしながら、そこから出ようとしています。

 だけど、囲っている鏡の内から出ようとした時、何か見えない壁にぶつかっていました。結界がしてあるんですね……。


 それでもこの時の僕は、必死にそこから出ようとしていて、初めて使えた妖術を使い、再びけん玉を出していました。そして、その結界に向けてけん玉の玉を当てています。

 でも、それがいけなかったのかな? 僕の妖気とこの歌を聞いて、上から光輝く大きな丸い玉が降りてきました。


「椿!!」


「あれは!? 天狐!! 今すぐこの儀式を中止しなさい!!」


 僕のお父さんとお母さんは、社の奥に向かおうとしているけれど、天狐様に立ち塞がれています。ただ、その天狐様の様子もおかしいですけどね。


「神が反応し、降りてくるのが早い。何故だ? 普通ならまだ数十分はかかるぞ。それに、この巨大な神力は……」


 天狐様も、驚いた表情を見せていました。

 そして、その一瞬の隙に、僕のお父さんとお母さんが天狐様の横を駆け抜け、僕の所にやって来ました。

 でもやっぱり、結界の様なもので阻まれていて、その中には入れないようです。何も無いところを必死に叩いていますからね。


「あなた、結界破りよ!」


「使っているが効かん! 天狐の強力な結界だ、時間がかかる!」


「パパ!! ママ!! 助けて~! 怖いのが来てる!!」


 幼い僕は、やっと近くに来た両親に向かって、必死に助けを求めているけれど、同時に自分の頭上も気にしています。

 そこには、丸い光の玉があるけれど、何だか徐々に大きくなっていっている様な気がします。しかも、キラキラと光っているような……。


 綺麗なんだけど、逆にそれが怖くもなってきます。その光の中に、幼い僕が吸い込まれそうな気がして……。


 するとその時、僕のお父さんとお母さんの後ろにいた天狐様が、いきなり叫びます。


「そんな……!! ふざけるな! 何故こいつが降りて来た! こいつは従わない者として有名なのだぞ! 逆にこいつを従える事が出来れば、それは相当な力を得られるが、不可能だ! こいつは返せ、八坂! 鏡が弾く前に、天上へと返すんだ!」


「くっ……! 無理です! これは、天津甕星あまつみかぼし様。この子の中の、あの力に反応したのか!? 天狐様。だから手紙は読んで下さいと、そう言ったはずですよ! 連絡役兼お手伝いの私の苦労も、少しは分かって下さい!!」


 そんな慌てる2人をよそに、僕のお父さんとお母さんは、何とかして儀式を中断しようと、あの手この手と色々な事を試しています。

 それは全て妖術だけど、力任せにこじ開けようにも、いっそ結界を封印しようとしても、どれも上手くいっていません。


「椿、大丈夫だ。直ぐに助ける」


「少~しだけ、良い子にしてなさい」


「ふぐ……ぐす。う、うん」


 幼い僕は、既に泣いちゃっています。

 だって、何だかただじゃ済まないような雰囲気なんですよ。それに、その丸い光の玉は、今にも幼い僕の中に入ろうとしています。


「良いですか? あの子の中にある神妖の妖気。その源は、天照大神あまてらすおおみかみですよ!」


「何だと?! 何故言わないんだ! 八坂!」


「普通に手紙を読めば良い事でしょうが! 私からも何度も伝えようとしましたが、何をされていたのか、奥の院に引っ込んでおられたから、伝えようもなかったのですよ。それと、銀狐様金狐様がそれを言う前に、あなたがあそこに放り込んだのでしょうが!」


 あの……天狐様も八坂さんも、そこで喧嘩しないで下さい。幼い僕を助けようとして下さい。

 それと、八坂さんが言った言葉にも驚きです。僕自身の神妖の妖気って、天照大神の力だったんですか?!


「くそ! それはいかん! 天照大神と天津甕星は、いわば逆の性質の力だ。そんなもの、1つの身の中には宿せん! 仕方ない、止めるぞ!」


 それなら、天狐様が結界を解除すれば……と思ったけれど。


「ぐぉあ!!」


 その結界に向かった天狐様が、雷に打たれたみたいになって倒れちゃいましたよ? どういう事?!


「いけません! 天津甕星様が結界に干渉されていて、より強力なものに! あれは天狐様でも破れません!」


「くそ! しかも、あの鏡でも体を弾けていないぞ! 八坂! お前の祝詞のりとでは駄目か?!」


「それが間に合えば良いですが……たかあまはらにかむづまりますーー」


 だけど、八坂さんがそう言った直後、幼い僕の頭上にあった丸い光の玉が、ゆっくりと僕の体の中に入ろうとして、体に引っ付いてきました。これは……もう間に合いそうにないですね。


「い、いや……! 私の中に入ってこないでぇ!!」


 それでも幼い僕は、その丸い光の玉に向かってそう叫びます。

 この時はとにかく、この恐怖心を振り払う為に、そう叫んだんだと思う。だけどそれに反応してなのか、僕の体から熱いものが込み上げてきました。


「椿……?」


「あなた。これは……?」


「天照大神の力が反応して……」


 僕のお父さんとお母さんがそれに驚く中、僕の体も眩い光を放ち、幼い僕の姿を包んでいきます。


 これが、僕の本来の神妖の力なの?


「わぁぁぁあ!!」


 そのまま光を放ちながら、幼い僕は叫ぶ。どうやら幼い体では、まだ扱いこなせない様です。

 そして、僕のお父さんとお母さんがそれを見て、幼い僕を落ち着かせようとしてきます。


「椿、落ち着け! それはお前の力だ。怖がるな!」


「そうよ、椿。落ち着いて、深呼吸して。その力に身を委ねるの。でも、意識はしっかりと保ちなさい。あなたは私達の娘。金狐銀狐の娘、妖狐椿なのよ!」


「パパ、ママ。う、うん……」


 その言葉に、僕はちょっとずつ落ち着いていき、そして言われた通りにしていきます。

 すると今度は、僕の中に入ろうとしてきた丸い光の玉が、幼い僕から発せられた光に弾かれ、その場から離れました。だけど……。


「パパ、ママ……? もやみたいなのが離れないけど?」


「なっ!? そんな! あれは、天津甕星の神力!」


「天照大神の力が、天津甕星の体を弾いたの?! もしかして、力だけを取り込もうとしているの? そうなるとは思ってなかったわ。てっきり全部弾くかと」


 するとそのまま、そのもやが僕の中に入っていきます。

 幼い僕は、それも何とかして入って来ないようにしているけれど、これはもう……完全に儀式の型にはまってしまっているみたいで、逃げられなかったです。


「あり得ない。あんな巨大な神が……やはり、この儀式のせいで……!」


 そう、確か……必死にもやから逃げようとする僕の耳には、八坂さんの怒りに満ちた、そんな声が聞こえてきました。

 だけど次の瞬間には、僕の体の中にそのもやが入り込み、自分の中の何かが膨れあがっていく感覚に襲われました。


「パパ、ママ!! 何これ、何これぇ!!」


「くそ! 椿の中の力が、天津甕星の力を取り込み、膨れあがっていっているのか!?」


「何で、こんな事が……? 椿の中の力は、欠片のはずでしょう?!」


「そんな事、俺が知るか! とにかくこのままでは、椿が椿で無くなってしまう!」


「わぁぁあ!! パパ! ママ~!! 助けてぇ!!」


 そして再び、幼い僕の体は光を放ち始め、妖気を溢れさせていきます。同時に鏡も光り出していて、幼い僕の妖気を反射させています。

 そうやって次々と、幼い僕の中の妖気が膨れ上がり、限界まで来た瞬間、僕の意識は途切れました。


 いや、違う。


 一瞬光に包まれて、辺りが何も見えなくなっただけで、幼い僕は何処かに飛ばされているんです。妖気が爆発したのでしょうか?

 そして、それが何処に飛ばされているかは分からなかった。だけど僕は、必死に助けを願ったんです。


 誰でも良いから助けて。


 お父さんお母さん。白狐さん黒狐さん。

 力を持っていそうな妖狐の顔を、その時の僕は思い浮かべていました。

 そしてそれが、飛ばす行き先を決定させたのか、次の瞬間には僕の目の前に、裏稲荷山の螺旋上になっている、あの石階段の風景が飛び込んできました。


 だけどそこにはーー


「あら。びっくりしたわ~社の方から、何か大きな爆発音が聞こえたと思ったら、光の塊が飛んで来るなんて。しかもそれが、あなただったなんてね。更にびっくりよ」


 僕の姿に驚く華陽と、その後ろに妲己さんの姿がありました。

 しかもその足下には、白狐さんと黒狐さんが倒れていたのです。


「う……うぅ」


 だけど、幼い僕も何故か、力を使い果たした後みたいになっていて、倒れ込んだまま起き上がれなくなっています。


 僕の身に、いったい何が起きたの? そして、ここで何が起きたの? なんで2人が倒れているの?


 でもこれは、僕の記憶。僕が見た記憶。

 だから、僕以外の人が見た事は分からないのです。この時の白狐さん黒狐さんに何があったかなんて、その時の白狐さん黒狐さんじゃないと、分からないのです。

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