第弐話 【2】 おませさんな子供の頃の椿

 そのまま黙ってしまった黒狐さんと、気まずい雰囲気になっていそうな感じなんだけれど……。


「ねぇねぇ! あなたはここで何をしているの?」


 そうでも無かったです。幼い僕は、また遠慮なく話しかけていますね。


「俺か? 俺は、ここ妖界の稲荷山の守り神、妖界稲荷山のお稲荷さ。そうだな、裏稲荷山と言っても良いかもな」


 あっ、ここは。これも、以前思い出した所? そうだとしたら、ここは2度も見たくないですよ。

 あの……ちょっと。これ、スキップ機能は無いんですか? もしくは、チャプターごとに分かれていないんですか?!


「お父さんとお母さんは、またテンコ様って人の所に行ったの?」


「あぁ、そうだ。ここは天狐様の居所に続く道がある。これは、妖界の稲荷山にしか無い道だ。その天狐様に挨拶に行くのは良いが、今は許可を貰っている所。というか、起こしに行っているという感じだな。だから、少し待つが良い」


 あぁ、無いみたいです。スキップ機能は無いみたいです!


 そして幼い僕は、続けて黒狐さんに話しかけます。

 この先の一部の事は思い出しているから、そこまでキッチリ再生しなくても良いんですよ。もう今から恥ずかしいです。とにかく僕は、その場にしゃがんで耳を塞ぎます。


「ねぇ、ねぇ。あなたはずっと、ここに居るの?」


 それなのに、言葉が頭の中に入り込んできます。


 あぁ……そうでした。これは、今僕が一気に思い出している事。映画みたいに、映し出されたものを見ている訳ではないんです。だって目を閉じても、その時の景色が消えずに、ずっと映像が流れているんです。何だか気持ち悪いです。


「うぅ……駄目なんですね」


 とにかく観念した僕は、再度黒狐さんとの婚姻の約束を見る事にしました。


「あぁ、そうだ。一応は守り神だからな」


 そして幼い僕の言葉に、黒狐さんがそう返してきます。とはいえ、以前思い出したのは部分的な事。細かくは思い出せていないから、こうやって言葉が違っていたりしますね。


 更に幼い僕は、そのまま黒狐さんに近付いて行き、下から見上げて続けてきます。


「寂しくはないの?」


「ふん。そんなものは無い……」


 あれ? 黒狐さんが顔を逸らしていますよ。また図星だったから?


「嘘! 顔に書いてあるよ!」


「ぬっ? ふん。小さな妖狐のお前に何が分かる」


 あっ、顔を戻した……と思ったら、今度は反対側に顔を向けましたよ。幼い僕と目が合わせられないのですか?


「分からなくても良いもん! それだったら、私がお嫁さんになって、何時でも傍に居て上げる! 寂しく無いようにしてあげる!」


「なっ?! というか、俺の顔を掴むな!」


 幼い僕はそれを気にしてなのか、そうやって黒狐さんに向かって話しかけながら、背伸びをして黒狐さんの顔を掴み、自分の顔の方に向けようとしています。


 本当に遠慮がないや……。


「それと、お前は白狐の許嫁だろう! 何を別の奴と結婚しようとしている!」


「許嫁って、結婚をする約束をしているだけで、結婚している訳ではないんでしょ? それなら、何人と約束しても良いじゃん! それに、1人の人と結婚しなきゃ駄目なんて決まりがあるの?!」


「ぶっ……!」


 幼い僕の言葉に、思わず吹き出しちゃいました。

 あぁ、思い出しましたよ。僕も、今の白狐さん黒狐さんと同じ事を言っちゃっていました。


「うぁぁぁ……! もう白狐さん黒狐さんを否定出来ないよぉ!!」


 自分まで同じ事を言っちゃっているんだもん。あぁ、本当に何をやっているんですか、僕は……。


「くっ……確かにそうだが。俺には既に、嫁がいるんだ。止めておけ」


「えっ? あっ……! 入り口で会った妖狐さん?」


「ん? 会ったのか?」


「うん。私よりちょっとだけお姉さんだったのと、もっとお姉さんだった妖狐さん」


 幼い子って、説明が大雑把ですよね。それじゃ分からないと思うよ。いや、でも、それ以上の説明が出来なかったんだよ。


「むっ……? 聞いていたのより幼いという事か」


 黒狐さん、今ので分かったの?! 顎に手を当てて唸っていますよ。


「えっ? 会った事無いの? ねぇ、そのお嫁さんの名前は?」


「初対面の俺に遠慮無しに聞くか……」


 本当ですよ。何だか、幼い僕がごめんなさい。って、今ここで謝ってもしょうが無いですね。帰ったら一応、黒狐さんに謝っておきましょう。


「確か、妲己だ。あの有名な悪の大妖を、俺の所にとは……天狐様もいったい、何を考えているのやら」


「あ~あの寂しそうな雰囲気をしている妖狐さんか」


「なに?」


 幼い時の僕は、他の妖怪さんや人間達の表情、更に雰囲気等を感じ取るのが、今の僕よりも強かったんだね。今の僕には、妲己さんが寂しそうな雰囲気だったのは分からなかったよ。


「だけど、もう帰っちゃったみたいだよ? 酷いよね。せめて会いに行けば良いのに」


「ふっ……まぁ、その程度なんだ」


 すると黒狐さんも、どことなく寂しそうな表情をして、幼い僕にそう言います。

 黒狐さんってもしかして、余り人の目に付かずに生活をしているのかな? 流石にこの表情は、今の僕でも分かりましたよ。


「私だったら、そんな寂しい思いはさせないよ!」


「……お前は何で、そんなに俺の嫁になろうとする? 別に嫁じゃなくても良いだろうが」


「だって、全ての妖怪さんを幸せにするのが、私の夢だもん!」


 あっ……! そうだ、そうだった。

 僕の夢。幼い頃の僕の夢は、全ての妖怪さんを幸せにする事だったんだ。その為に、自分に出来る事は何でもする。

 そう……そうだよね、僕。だから僕は、あんな考えを……。


「男の人が喜ぶ結婚というのを、可愛いお嫁さんを貰うというのを、私が皆にしてあげるの! 全ての男性の妖怪さんにね!」


 本当に、何て大それた事を考えていたんでしょうか、僕は……。

 それってさ、つまり自分の事が可愛いと思っていないと、考えない事だよね。だから……。


「私って、可愛いんでしょう? お父さんとお母さんがよく言ってるもん」


 真剣にそう思っていたんです。

 あぁ……穴があったら入りたいです! それかお布団です。お布団何処ですか!?


「ふふ、はははは!! 何とも甘い夢だな。親バカな両親と、自意識過剰が合わさると、そんな夢をみてしまうのか」


「どういうこーーひゃっ?!」


「嫁になるという事が、いったいどういう事なのか分からないのだろう? 嫁になった者が、毎晩旦那に何をされているのか……」


「へっ……? へっ?!」


 ちょっと黒狐さん! 幼い僕に何をしているんですか?! いったい、何を教えようとしているんですか!? 幼い僕を軽々と抱き締め上げて、真剣な表情で顔を近付けていっています。


 まさか、まさか……!


 だけど、体が震えている幼い僕を見て、黒狐さんは顔を近付けるのを止め、笑顔を向けてきます。


「くくっ。これくらいで怖がるようでは、お前の夢は険しいぞ。全ての男性の妖怪の、そのお嫁さんになるなんて事はな」


 そして黒狐さんは、幼い僕を降ろしてそう言ってきたけれど、思い出したよ。この時の僕は確か……。


「あ~ビックリした。キスされるかと思った~」


 そう。僕は怖くて震えていたんじゃなくて、キスされるんだと思って、ちょっと身構えていたんです。

 そして緊張してしまって、怖くて震えている様に見えたんです。


「んっ? 何だ。知っていたのか?」


「知ってるよ! 子供の作り方も知ってるもん!」


「おいおい、それはさっきのキスではーー」


「分かってるよ! 男性の人のオーー」


「どわぁ!! それ以上言うなぁ! 何故知っている?!」


「お父さんがそういう本持っていたし、こっそり読んだんだ」


「銀尾ぃぃ!!」


 妖怪さん全てに当てはまるわけではないですよ。人型なら人と一緒なので、その子作りは一緒です。

 だからって、この時の僕はまだ、生まれて10年も経っていないはずです。それなのに、もう知っていたのです。


 そうです。幼い時の僕は、おませさんだったんです! 自分の黒歴史は、おじいちゃんの所で過ごしていた、あの60年間ので十分なんですよ!!


 また黒歴史が上書きされちゃいましたよ……。

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