第玖話 【3】 貴船神社の神様

 準備を済ませた僕達は、チビ賀茂様の転送で、上賀茂神社へとやって来ました。


「おぉ、来たか椿!」


 すると真っ先に、賀茂様が境内から飛び出して来たけれど、それを誰かに阻止されましたよ。襟首を掴まれて、まるでイタズラをして叱られている子供みたいです。


「これ、賀茂。何処へ行く?」


「あっ……いや、その……」


 えっ? 賀茂様が言い返せていない。


 僕は、その賀茂様を後ろからぶら下げている人を確認します。

 その人はとっても綺麗な女性で、和服に羽衣の様なものを付けています。髪は瑞々しい程の黒髪で、それを両サイドで束ねるようにしていて、何だか凄く神々しく見えるけれど、まさかその人……。


「た、頼む。許してくれ。高龗神たかおのかみ!」


 やっぱり、賀茂様と同じ神様?! でも、何処の神社の神様なんでしょう?


『おいおい。高龗神と言えば、貴船神社の主祭神ではないか』


「えっ?! という事は橋姫の……」


『いや、あれは貴船大神となっているから、高龗神かどうかは分からん』


 ややこしいですね。だけど主祭神ならば、ある程度の責任はかかってくるのでしょうね。


「お主等か。橋姫を浄化してくれたのは。関わった者として、礼を言わしてもらう。ありがとう」


 ちょっと上から目線なのは神様だからかな。

 それに、あの賀茂様を尻に敷いているし、いったいどんな神様なんでしょう。


「いえ。僕達はやることをやっただけなので、それよりも、高龗神様はどんな神様なんですか?」


 気になった僕は、無礼だとは思うけれど、それを聞いてみる事にしました。

 すると高龗神様は、怒る様子も無く僕を見てきます。ちょっと眼力があるから恐いですね。それと、何だか呆れている様な気もします。


「ふむ……まぁ最近の者共が、神様の事を詳しく知っていないのは分かっているが、妖狐にまで知られていないとは」


『いや、申し訳ありません……この者は色々あって、記憶を封じられていたり、人間にされていたりしたので、知識や記憶が定まっていないのです』


 咄嗟に白狐さんにフォローされちゃいました。やっぱり、聞いたら駄目でしたか。


「ふむ。ならば、そなたらは分かっとるのか?」


『勿論です。えっと、あなた様は……え~水を司る神で、龍神でもあり……』


 ちょっと白狐さん。額から滝の様に汗が流れていますよ。その先は無いんですか? これ以上黙っていたら、高龗神様が更に怒りそうな……。


「まぁ、そこまでが限界じゃろうな。と言うのも、こればかりは神話の話と言うか、神の血統に関わる事。そういうものは、選ばれた者以外には伝えんから、かなり曖昧な状態なのじゃろう。ある神と同一として見られる事もある。あとは、伊弉諾尊いざなぎのみことの御子神でもある。それだけ分かっていれば良い」


 ちょっと待って下さい。最後にサラッと凄い事を言いませんでした? 誰の御子神ですって?

 という事は、神様の立場としては、だいぶ上の存在なのでしょうか?


「もしかして、賀茂様の方が立場が下ですか?」


「いや、まぁ……神にそういうものは無いんだが、持っている力が桁違いなのじゃ。それで言い返せんというか、暴れられたら私では止められん」


 そうなのですね。ただ疑問なのが、そんな貴船神社の神様が、何で上賀茂神社にいるのでしょう?


「それで、椿。お前、神休めの舞いを舞えるのだろう? ちょっと舞ってくれんか?」


「良いですけど。何でですか?」


「妾が見たいんじゃ」


 すると、賀茂様の後に高龗神様がそう返してきました。何だか凄く堂々としているけれど、何かありそうですね。


「あの……その為に、わざわざ貴船神社から来たのですか?」


「ん? そうじゃ」


 ストレートに返されました。

 だけど、賀茂様が凄く助けを求める目をしているので、絶対に他の理由もあるはずです。それなら、僕にも考えがありますよ。


「う~ん。あの舞いを舞うのって、理由がいるんですよね。本当にその神様が疲れているという理由を聞かないと、舞って上げられないんです」


『ん? 椿よ、そんなーーむぐっ?!』


『白狐、お前は少し素直すぎるな。これは椿の策だ』


 黒狐さん、ありがとうございます。白狐さんが本当の事を言いかけたので、一瞬ヒヤリとしました。

 だけどそれを、黒狐さんが白狐さんの口を塞いで止めてくれました。騙すとかそういう点では、黒狐さんの方が上なのでしょうね。


「むっ……? そうなのか。う~む、参ったのぉ」


 そしてさっきの白狐さんの声は、高龗神様には聞こえていなかったです。危なかった……。

 だけど、この神様はまだ悩んでいます。そんなに言いたくない事ですか?


「高龗神様、そんなに言いたくないのですか? それだけ悪い事をしたのですか?」


「いや、妾は悪い事はしとらん! ただ、哀れな者の願いを聞いてやっているだけだ」


 あっ、まさかそれって、橋姫の事も含まれているんじゃないのですか?


 確か橋姫って、貴船神社に7日間籠もり、そして大神から言葉を受け取ったんですよね。

 もしその役を、高龗神様がやってしまったのなら……といっても、本当にそうだったとして、何か神様にとって良くない事でもあるのでしょうか? 悪い事をしたとして、罰せられたりはしないような……。


「あの、高龗神様。それってこの前の、橋姫の事なんじゃ……」


「ふぉっ?! いや、その……あれは、だな……あ~」


「高龗神。正直に言った方が言いかと。そうでなければ、この事態は改善されませんよ」


 すると賀茂様が、思い切った表情をして、高龗神様にそう言いました。だけど、内心ビビっていそうですね。


「くっ……分かっとる。妾が悪いのは分かっとる。あの妖怪の霊が、同じ事を繰り返しとったから、ちょっと気の毒になってな。以前かけられていた言葉と同じ事を、妾が言ってやったんじゃ。するとまぁ、鬼の様な形相になって走って行ってしもうてな……」


 何だか、聞いていた橋姫の話と同じなんですけど……。


「やってしもうたと思ったのじゃ。あの妖怪霊は、放っておいたらあるべき場所に帰る筈だったんじゃ。それを、妾があんな事を言うたから……」


 高龗神様のその言葉に、僕も白狐さん黒狐さんも呆然とします。いや、だって……この神様がそんな事をしなければ、僕達はあんなに必死になる必要も無かったんですよね。

 あっ、でもそれだと、レイちゃんは復活しなかったんじゃないのですか? そうなると、そう簡単に怒る訳にはいかないですね。こっちも少し恩恵を受けたからさ。


「じゃから、その程度のミスなんじゃ。それなのに、何で他の神々はあそこまで怒るのかのう? 毎日毎日小言を言いに来おってからに……そりゃ逃げたくもなるわ」


 あぁ、それで上賀茂神社に逃げ込んで、匿って貰っているんですね。

 でも多分、賀茂様に無理を言って匿って貰っているのかな。そうでなければ、賀茂様があんな助けを求める目なんかしないですよ。

 今だって、何とかならないのかと、僕達に目で訴えかけています。これは神様の事なんだから、僕達にはどうしようも出来ないってば……。


 だけど、あんなに必死になって賀茂様に助けを求められると、賀茂様の方が気の毒に感じます。しょうが無いです……説得くらいは試みてみますね。


「高龗神様、理由は分かりました。だからって、賀茂様に迷惑かけても駄目ですよ。ちゃんと帰りましょう? お勤めもあるんでしょう?」


「ぬっ……そうなんじゃがな。その……仕事なんか、この数日間溜まりに溜まっとるじゃろうし、尚更戻りたく無いと言うか……」


「それなら舞って上げないですよ」


「な、なんと?! そんな殺生な!! 今や神休めの舞いを舞える者は、そうはおらんというのに。そんな舞いを唯一舞えるお主に、そんな事を言われては……」


 わざとらしくメソメソしないで下さい。嘘泣きって分かっています。神様がそんなので良いんですか?


「ちゃんと帰ってくれるなら、舞って上げますよ。あっ、それと。僕達が知りたい事を教えてくれたらね」


「むっ、要求が増えたの……まぁ良い。妾だって、戻らねばならんと思っておったんじゃ。丁度良い、その条件を飲んでやる。じゃから、舞ってくれんか?」


 すると、その高龗神様の言葉に、賀茂様が異常な程に喜んでいました。いったいこの数日の間に、何をされていたんでしょうか?

 それでチビ賀茂様は、あの時急いで帰ったのですね。高龗神様に勝手な事をされる訳にはいかないと。だけど、止められなかったのですね。


 とにかく、神様の事とかも色々と聞かせて貰おう。旧校舎の事件のヒントがあるかも知れないしね。


 そして僕は、高龗神様との約束通り、扇子を取り出し、またあのお面を付けた子供達を出現させ、神休めの舞いを舞います。


 その後、高龗神様がお酒を出して飲み始めたよ。

 仕方ないです。宴会になっても別に良いですよ。これで賀茂様の悩みを解決出来るならね。 

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