第捌話 【2】 コロコロ変わられたら混乱するよね

 少し遠かったけれど、何とか宇治川にやって来た僕達は、再び橋姫を見つけました。もう川に浸かっているよ。凄い形相ですね。


「このまま21日間浸かられたら、鬼になるんですよね? それなら、今の内に浄化して……」


 そう思った僕が御剱を出した瞬間、レイちゃんが僕の前に出て、それを止められました。


「レイちゃん?! ちょっと、何してるの?」


「ムゥゥ……」


 レイちゃんは、ずっとこの妖怪に対しては、直ぐに成仏させようとはしていなくて、こうやって唸って様子を見ているだけなんです。今はまだ早いって事なのかな?


『なる程。此奴、感じからして妖怪霊じゃな』


「えっ? だけど、生きたまま鬼になっているんだから、霊魂なのはおかしいんじゃーーあっ、まさか」


 レイちゃんの様子を見て、白狐さんがそう言ってきました。そこでやっと、僕も気付いたよ。

 妖怪の中には肉体を持っていて、死という概念がある場合もありますが、霊魂から妖怪化した者もいます。そういう妖怪には、死という概念は無いのです。


 つまりこの橋姫は、肉体のあった妖怪だけど、つい最近その肉体を失ったという事になります。

 朽ちてしまったのか、それとも誰かに倒されたーーというのは無いですね。黒狐さんの話では、退治された後は封じられていたみたいなんです。という事は、体が朽ちてしまって、霊魂になったところで再び記憶を辿り、過去と同じ事をしているんでしょうね。

 ということは封印の方は、恐らく霊魂まで封じるタイプではなかったのでしょうね。


『そうなると。今度は霊魂の状態で、橋姫が復活するというわけか』


「えっ! 黒狐さん。それって、ヤバいんじゃ……」


『あぁ、ヤバいな』


 呑気にそんな事を言っている場合じゃ無いですよね? それならレイちゃんも、僕を止めていないで、早く成仏をさせない……と。


「ムゥゥ……キュゥ」


 あっ、レイちゃんの目を見て、僕もその目的が分かっちゃった。

 敢えて妖怪化させて、その霊を取り込み、霊気と妖気を頂こうという魂胆ですね!

 そんな事まで考えるなんて。レイちゃんってやっぱり、ただの霊狐じゃないよね。普通の霊狐なら、絶対に直ぐ成仏させようとするのに。


 でも確かに、これだけの妖気なら、レイちゃんの体がまた大きくなるかも知れません。

 だけど、大丈夫なのかな。気が付いたら、また妖気が膨らんでーーって、あれ? 更に顔が鬼になっていっている様な気がする。


「白狐さん黒狐さん。本当に大丈夫なんですか? あれ」


『ん? いや……』


『そうは言われても、もう遅いかもな』


 黒狐さんがそう言った瞬間、橋姫が何かを呟きだします。


『あぁ、妬ましい……私からあの人を奪ったあいつ。私より綺麗なあいつ。それを彼女にしている男……皆、皆、みんなみんなみんな、ねたましぃぃい!!』


「いっ……?! そんな!? 21日間経っていないですよ! もう鬼化しちゃったんですけど?!」


 なんと。川に浸かっていた橋姫が、小一時間程で、頭から本物の鬼の角を2本生やし、牙も生え、真っ赤な体の鬼になってしまいました。


『うむ……霊魂は、ただ記憶を辿り、その手順だけで元の姿に戻る場合もある。つまり霊魂には、時間などという概念は関係ない訳だが、貴船大神に言葉を貰う時だけは、流石に時間が必要だったようだな』


『しかし白狐。凄い恨みと妬みだな。本来肉体を失った妖怪の魂は、その目的を忘れ、存在も忘れられているから、自然と消滅する。霊魂となって漂う事自体、珍しいな。余程の負の感情がなければ、ここまではっきりと霊魂が残る事は無いだろう』


「白狐さんも黒狐さんも。冷静に分析しないで下さい!! こっちに来てるってば!」


 2人が腕を組んで橋姫を見ている間に、その橋姫が僕達を見つけたみたいです。

 こっちを睨み付けた後に走って来ているんですよ。頭に松明を付けたままね。


『ひぃははは!!』


 笑いながら迫って来ないで下さい、流石に怖いです!

 でもその前に、白狐さん黒狐さんを下がらせないと。この妖気の質、2人では対処が出来ないと思います。


「白狐さん黒狐さーーん?」


 あれ? 目の前に居たはずのに、白狐さん黒狐さんは何処に?


『よし、椿よ。我はサポートに入るぞ!』


『気にせず存分に戦え!』


「ムキュゥ!!」


「2人とも移動が早くないですか?! しかもレイちゃんまで!」


 気が付いたら、とっくに僕の後ろに居ましたよ。移動が速すぎです。それにレイちゃんも。

 結局こうなるのなら、止めないで欲しかったですよ。レイちゃんが元に戻れるのは良い事だけど、こんなリスクを背負ってまで、戻ろうとして欲しくは無かったですね。それなら別の方法で、元に戻って欲しかったです。


『ひひ……お主、綺麗じゃのう』


「うっ……ど、どうも」


 そして遂に、橋姫は僕の目の前までやって来ました。凄い迫力なんですけど……。

 そんなに身長が高いわけでは無いのに、男性と同じ位の高さに感じるのは、どうしてなのでしょう。


『悔しいのぉ……妬ましいのぉ。そんな奴は、死ね!!』


「うわぁ?!」


 すると橋姫は、凄く長く伸びた爪で、僕を切り裂こうとしてきました。それは咄嗟に避けたけれど、その時ある事に気が付きました。


 橋姫が、男になっていました。

 しかも着物を着ていて、割と美青年です。えっ? 何で? さっきまで女性でしたよね。


『妖異顕現、黒雷弾こくらいだん!』


 すると僕の後ろから、黒狐さんが黒い雷の弾を指から発射し、橋姫を撃ち抜こうとしました。長い爪で弾かれましたけどね。


『椿よ、気を付けろ! 橋姫の能力は、男を殺す時は女の姿になって魅了し、女を殺す時は男の姿になるんじゃ!』


 その後、白狐さんがそう叫んできました。

 なる程。つまり、異性で誘惑をして、相手が油断をした所で殺すわけですね。だけどそんなの、僕には通じませんよ。


『これは可愛いお嬢さん。どうしました? 迷子になられーーひぃはっ!』


「こんな状況で、良くそんな事が言えますね」


 まさか初対面の風で魅了してこようとするなんて、手の内が甘いですね。

 その前に金狐の姿になり、槍にした尻尾で貫こうとしました。避けられちゃったけどね。


『あぁ……それも美しいねぇ。他の奴等も美しいねぇ……妬ましい。妬ましい。私より美しいその姿、妬ましぃぃぃい!!』


 すると橋姫は、また雄叫びのよう叫び声を出し、また鬼の姿に戻っちゃいました。


『あぁ。それなら、先に後ろの男共をーー』


 あっ、待って下さい。確か白狐さん黒狐さんは……。


『あら? 我々が男じゃと?』


『失礼するな。これを見て、何処が男だと思うの?』


 性別が無かったのです。

 とても久しぶりに、女性の姿になっちゃっていました。確かにその姿、僕よりも綺麗かもーーって、僕まで妬んでどうするんですか!


『ひぃえ? お、女……? あぁ、それなら男に……』


『こらこら。男に口説かれても嬉しくはないぞ』


『そうだな、白狐。椿の様な可愛い女ならまだしもな』


 あっ、また男に戻った。でもそのお陰で、橋姫が混乱しちゃっています。

 それでも何とかしようと、また女性の姿になっていますが、白狐さん黒狐さんも女性の姿になっていますよ。


『ひ、ひぃぇ……! お、お前達は何なんだぁ!』


 えっと……橋姫はもう、完全にパニックになっているみたいで、後ろの僕の事を忘れていますね。つまりーー


金華槌きんかこん!」


『ぎぃぇっ……!!』


 橋姫の頭を、浄化の炎を纏わせたハンマーで思い切り叩いて終了です。


「ムキュゥ!!」


 そしてその後、慌ててレイちゃんが走って来ました。


 しまった。レイちゃんが取り込もうとしていたんだった。思い切り浄化しようとしちゃいましたよ。

 だけど、何とか間に合ったようです。自らの身体から発した光を、レイちゃんはしっかりと橋姫に当てていました。


 それを確認した僕は、元の姿に戻るけれど、これって金狐になった意味あったのかな? それよりも……。


「レイちゃん。ちゃんと橋姫の妖気と霊気、取り込んだ?」


 すると、レイちゃんの体から小さな光の玉が飛び出し、その先の橋の近くに漂って行くと、そのまま何処か別の場所に降り、その姿を消してしまいました。


『あの辺りは、確か……そうか。あれが宇治橋なら、橋姫を祀った橋姫神社があるはずじゃ。どうやら、納まる場所に納まったようじゃな』


「それは良かったですーーって、レイちゃん?!」


 とにかく一件落着。と思ったんだけれど、レイちゃんの体が大きくなっていました。

 以前鬼の魂を取り込み、大きくなった時と同じ現象が起きましたね。でも、あの時よりも大きいような……。


「ムキュゥゥゥ!!」


「わぷっ?! レイちゃんちょっと……お、重いです!」


 やっぱり、以前より大きいです。

 嬉しくて飛び付いて来たレイちゃんを抱きしめられず、後ろに思い切り倒れちゃうところでした。

 だけどこれで、レイちゃんの結界破りも復活です。あっ、ちょっと待って下さい。


「白狐さん黒狐さん」


『うむ。我も同じ事を思った』


『そうだな。椿が通っていた学校にある、あの旧校舎。あそこの結界を一時的に破れるぞ。つまり、再び中に入る事が出来るという事だ』


 だけどあの中には、前の校長先生である八坂校長以外にも、華陽と残りの妖魔人が居るかも知れないのです。

 ちゃんと準備をしないと、飛んで火に入る夏の虫になっちゃいますね。


 それでも、やっと捕まえられる。こそこそ陰で動く人達の、その尻尾をね。

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