第伍話 【1】 妖魔人栄空の覚醒
まさか、僕が頼んでいた妖怪食を食べるなんて。お稲荷さんだから、いなり寿司の誘惑に勝てなかったの? 僕を助ける為にって、そう思って我慢出来なかったの? 僕はいなり寿司より下なの?
『つ、椿。すまん……急いでお主の下に行くには、空腹では思うようにいかなくての。それに、減らないいなり寿司だと思っていたが、どうやら里子は特別ないなり寿司にしていたようで、減るタイプだったのだ。気づいた時にはもう……』
『白狐。それでも言い訳に過ぎん。妖気が減っていて、思考が上手く働かなかったとかも、ただの言い訳だ。あとでコッテリと絞られよう』
『くっ……お主も賛同したでは無いか』
『俺は椿の為に、少しでも残しておくつもりだったぞ!』
『嘘つけ! 最後の一口を食ったのはお主だろ!』
「ちょっと黙っていて下さい」
『『はい』』
2人ともうるさいです。もう無いものはしょうがないです。それに、そんないなり寿司をチョイスした里子ちゃんも悪いですよ。多分そっちの方が、直ぐに妖気補充出来るからって理由だろうけどね。減らないタイプのにして欲しかったよ。
それともう一つ、僕は別にいなり寿司じゃなくても良いんですよ。直ぐに食べられる妖怪食なら、おにぎりでも何でも良かったんです。
「くっ……あ~もう。しょうが無いわねぇ……おじいちゃんに電話で事情を話して、別の妖怪に持って来させるわね」
「ありがとうございます、お姉ちゃん。というか、それで大丈夫なのですか?」
「あぁ、なんか意外と大丈夫。三間坂さんって人のお陰かな~」
そう言うと夏美お姉ちゃんは、倒れながらもスマホを取り出し、電話をかけてくれています。
本当に大丈夫ですか? 白狐さんが見ているから大丈夫だとは思うけれど、ちょっと心配です。
あとは、代わりの妖怪食が到着するまでの間、半妖の人達と龍花さん達が持つかどうかです。とにかく、出来るだけ僕も手助けをしないと。
『よし、椿。我等も補助をーー』
「役立たずは引っ込んでいて下さい」
『ぐっ』
『白狐。やはり、大人しく引っ込んでおいた良さそうだぞ』
そう言うと白狐さんと黒狐さんは、警察署の瓦礫の奥へと引っ込んで行きました。
そうそう。そっちの方が安全ですよ。怒りでコントール出来ない、僕の妖術を受けたく無ければね。
「玩具生成、てい!!」
そして僕は、今度は竹の水鉄砲を作ると、それを栄空の1体に向けて放ちます。
水は放ち方1つで、鉄板に穴を空ける事も出来るんですよ。水の勢いを強め、そして細く絞ればね。流石に遠いとその威力も落ちるけれど、僕が今放ったのは、その状態の水なんです。
「ぐっ!!」
だから、栄空の頭に水が命中した瞬間、相手はその衝撃で前につんのめっていました。
貫通しないのは予想していたけれど、やっぱり硬すぎですね、その体は。
そして、半妖の人達の隙間を狙って放ったから、この攻撃は見えなかったみたいです。妖怪食が来るまで、こうやって援護しておきましょう。
「くそ……! いい加減にしてれませんか。この雑魚ども!!」
「あぁ、そうですね。いい加減イライラしてきます。一気にカタを着けましょうか! 峰空とは違う、私の覚醒した力を見せて上げましょう!」
そう言うと2体の栄空は、またお互いの手を合わせ、その禍々しい妖気を膨れ上がらせていきます。
いけない! このままじゃ、皆が!
「皆、そこから離れて下さい! 相手が峰空と同じ様に、覚醒をします!」
僕がそう叫ぶと、皆もそれに気付いたらしく、急いでそこから離れていきます。
「椿様、妖気は? 妖怪食の方は」
すると、空を飛んでいた朱雀さんが、僕の所に降りて来てそう言ってきます。もちろん、僕はちょっとだけ怒りを込めて返します。
「食べられていました。白狐さん黒狐さんに」
「…………」
あっ、朱雀さんも申し訳なさそうにしている。
龍花さん達は、一つの事に注意がいくと、周りが見えなくなる時があるんですよね。わら子ちゃんが拐われた時みたいに。多分、後ろにいた2人が食べているのを、見逃していたのでしょうね。僕の加勢に行くことで、頭がいっぱいになっていてさ。
それで、白狐さん黒狐さんの方をもう一回見てみたら、やっぱり2人が体育座りをしていて、更に縮こまっていました。
「朱雀さん。今はお姉ちゃんが連絡をしてくれて、新たに妖怪食を持って来させています。それまでの間ーー」
「あれを、押さえておけということですね。さて、出来るでしょうか……いえ、私達にも落ち度があったので、4人で何とかしてみます!」
そう言う朱雀さんの視線の先には、その姿を変貌させていく栄空の姿がありました。
2体の手はいつの間にか引っ付いていて、1体が背中に回り込む様にしながら、その姿を変えていきます。首から下が細長く伸び、まるで尻尾の様になっていますよ。
もう1体は四つん這いになると、それも体が伸びていきます。だけど、体が波打った形になっていくと、今度は手がハサミの様になっていきます。
待って下さい。これは、この形は。
「ふはははは! これが、私の覚醒した姿です!」
「さぁ、覚悟して下さい!」
栄空の覚醒した姿は、体は黒いままで、横に白いラインの入った、大きな大きなサソリの姿になっていました。
しかもそのサソリの尾の先には、栄空のもう一つの顔があり、本来の顔の位置にも、形相を変えていない、妖魔人のままの栄空の顔がありました。
サソリの姿でも、これはもう化け物です。
「これはいけません!」
そう言うと朱雀さんは、急いで弓を取り出し、栄空に向けます。
「おっと、させませんよ」
すると栄空は、その尾をしならせて、弓を構える朱雀さんに向け、鞭の様にして打ってきました。
「はははは!!」
その尾の先に付いている顔も一緒に……。
「うわぁっ!!」
それを朱雀さんが、悲鳴を上げながら避けました。でも次の瞬間。
「きゃぁっ!!」
朱雀さんの周りに爆発が起こり、爆炎が朱雀さんを包みます。まさか、尾の先の顔が攻撃をしたんですか?
「朱雀さん!?」
僕は咄嗟にそう叫ぶけれど、龍花さん達は慌てていないです。あっ、そういえば朱雀さんって、
「ふぅ……あまりにも気持ち悪くて、冷静を欠いていました。ですが、私に炎の類いは効きませんよ」
良かったです。朱雀さんは、背中の翼から発した炎に身を包んでいて、爆発を防いでいました。慌ててしまった自分が恥ずかしいです。
とにかく相手が本気になった以上、半妖の皆では危険すぎます。そうなるとやっぱり、僕がやらないといけません。
だけど、妖怪食はまだ来ません。
金狐状態じゃなければ、多分浄化は出来ないので、今はとにかく、半妖の人達を守るしかありません。
でも、栄空が真っ先に向かったのは、半妖でも見物していた一般人でもない、この僕でした。
「さぁ、もうこれで邪魔する者は居ません。妖狐椿、観念して貰いましょうか」
そうでした。妖魔人の目的は、華陽に言われた通りにして、僕を連れて来る事。その邪魔をしていたから、半妖の人達を攻撃していたけれど、それが無くなったとなれば、当然真っ先に僕を狙うに決まっていました。
「くっ……!」
でもそれなら、僕が逃げ回っていれば良いだけです。だけど、栄空のこの状態は、予想以上に移動が速かったです。逃げようとしていた僕の近くまで、既に栄空が迫っています。
「椿様!? この……! 朱雀弓!!」
そんな僕の状態を見た朱雀さんが、その弓で炎の矢を放って来ました。
でも、栄空のサソリの様になったその体は、朱雀さんの放ったその矢を、いとも簡単に弾きました。
「嘘でしょう! 更に硬くなってるの!? あっ! ぎゃぅ?!」
そして僕は、ハサミの外側の甲の部分で、後ろから思い切り殴られ、吹き飛ばされてしまいました。
これでも、白狐さんの防御術を使っているし、ホッピングの玩具で跳び上がろうとしたんですよ。だけど、栄空のハサミの腕が突然伸びてきて、僕に迫ってきたから、対処が出来なかったです。ハサミが伸びるのは、完全に想定外でした。
『椿! くそ、我等は何をやっているんだ!』
『嘆いても、あの時食ってしまったのがーー』
『だから、あの時はお主も!』
それと、後ろがうるさいです。
だけど、今はそっちを気にしている場合じゃありません。それは終わったら怒るので、今は静かにしていて下さい。集中出来ません。
吹き飛ばされた僕は、その場で急いで体を起こして、再び栄空に向き合います。
「あれ位では無理ですか。それなら、最大火力で吹き飛ばして上げましょう」
すると今度は、栄空が腕の先のハサミを開き、中から熱を放出させていきます。
これはどちらかと言うと、ただの爆発というよりは、延焼に近い爆発を起こす気ですか。だけど、1回だけなら……。
「さぁ、食らいなさい!」
栄空がそう叫ぶと、ハサミから一気に爆発を発生させ、僕とその後ろに居る白狐さん黒狐さん、夏美お姉ちゃんまでも巻き込もうとしてきました。
でも僕には、1回だけそれを返す術があります!
「術式吸収!!」
僕は影絵の狐の形にした右手に、その爆発を吸収していきます。
ちょっと熱いし火傷しそうだけど、これは我慢です!
「それから、強化解放!」
「ぬっ?!」
「くぉっ!!」
そのまま今度は、左手で敵の術を解放し、発生した爆炎を栄空に向けて放ちます。
今の妖気だと、この1回だけしか使えません。だからせめて、これで多少のダメージはーーと思ったんだけれど、栄空は無傷でした。
「嘘でしょう……」
その体を覆う甲羅みたいなもの、硬すぎです。
「ふぅ……忘れていました。あなたにはそれがありましたね。ですが」
「それももう、限界でしょう?」
「くっ……はぁ、はぁ」
確かにその通りです。これ以上妖気を使うと、完全に妖気が無くなってしまい、僕の存在が消えてしまいます。
でもその時、空から天の助けとも言うべき声が、僕の耳に聞こえてきました。
「椿様!!」
その声は、女性の烏天狗
僕が声に反応して上を見上げると、黒羽さんはその両手に、大きな風呂敷袋をぶら下げる様にしながら、一生懸命に飛んでいました。あれ、何かが大量に入っているみたいですね。
このタイミングなら、妖怪食で間違い無いです。やっと届きましたーーっと、思ったんだけれど、それをこの栄空が、易々と渡させるわけないですよね。
何とその尻尾の顔が、黒羽さんの方を向き、本来の顔は僕を睨み付けていました。
どうしよう。誰かに栄空を押さえて貰わないと、このままでは黒羽さんから妖怪食を受け取れません。
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