第拾肆話 【1】 届いて、この力

 今僕は、非常に厳しい状況になっています。


 湯口先輩と引っ張り合いっこを続ける白狐さんですが、そろそろ僕の尻尾の方が限界なんです。


 湯口先輩は妖魔人と化していて、片手だけで僕を引っ張っているけれど、白狐さんは両腕で僕を抱えていますからね。それで引きずられているんだから、こちらの方が分が悪いです。それなら……。


「いたた……白狐さん、ちょっと離してくれませんか。流石に、もう尻尾が……」


『しかし椿、そんな事をすれば……』


「大丈夫です。ちゃんと考えています」


 引っ張られている間に、色々と準備が出来ましたからね。

 妖気の感じからして、寄生する妖魔は体内。それなら、引き出させてあげるのも手かも知れません。そして今のこの状況ならば、更に加速が付けられそうです。


『ぬっ、椿がそう言うなら……黒狐! フォローは頼む!』


『任せろ!』


 黒狐さんの返事を確認すると、白狐さんはそのまま僕を離します。そうなると当然、僕は湯口先輩に引っ張られる事になるけれど、さっきから引っ張り合いをしていた状態で、急に手を離されたのです。

 湯口先輩は、僕を引く腕が軽くなった事で、思い切り後ろにバランスを崩しました。


 そこがチャンスです!


「はぁぁ!! 金華狐狼拳!!」


「なっ?!」


 閃空の寄生妖魔にダメージを与えたこの技なら、湯口先輩の妖魔にも、ある程度のダメージを与えられるはずです。

 そして僕は、引っ張られて加速が付いた状態で、湯口先輩の顔面を力一杯殴り付けます。だけど……。


「なっ……防いだ?!」


「ふん……あまーーくっ!?」 


「まだです! 金華浄焔!」


 1回攻撃を防いだからって、油断は禁物です!

 僕のパンチを防ぐために、残った片腕を使って防いでいます。そこで浄化の炎も出せば、今度はそれを防ぐ為に、僕の尻尾を掴んでいる手を離さざるを得ません。そうしないと、その内に浄化されるからね。

 例え直ぐには効かなくても、ずっと受けていれば効いてくるはずです!


「生温い!」


「……っ!! くっ!」


 それでも湯口先輩は、浄化の炎が全く効かなくて、そして掴んでいる僕の尻尾を更に引っ張り、地面に叩きつけようとしてくる。

 でもそれを僕は、地面に叩きつけられる直前に、両手で着地して、叩きつけられるのを防ぎます。


「神風の鉄槌!!」


 その直後、そのまま伏せた状態から、風の神術をお見舞いしておきます。


「ん? ちっ!!」


 これは効いたみたいですね。先輩が浄化の風に飛ばされ、踏ん張りながらも、思い切り後ろに|後退あとずさっていきます。

 そうなると、僕の尻尾を掴んでいるままのこの状態では、僕の浄化の風を、ずっと受け続ける事になります。ここでようやく、僕の尻尾から先輩の手が離れました。それなら……。


「黒槌岩龍撃!」


 続いて、ハンマーの妖術で殴り飛ばしておきます。しなやかに打ち付ける尻尾が龍にみたいになって、先輩を襲います。

 でも、これくらいで死ぬはずは無いし、やられる訳がないです。そんな簡単にいけば、こんなに苦労はしません。


 だけど、引っ張り合いっこしている時に聞こえた声。あれは間違いなく、寄生妖魔なんかじゃない、先輩の意識からの発言です。

 やっぱりまだ、完全に乗っ取られてはいない。それなら、助けられるかも知れません。


「げほっ……くそ。無駄な抵抗を……折角、父から亡霊を借りてきたのに。この有様とは」


 やっぱり、浄化の風では弱いですね。あんまり効果が無いようです。

 湯口先輩の体にダメージはあっても、中の妖魔にはダメージが無いですね。


「先輩、お願いです。そんな負なる者に負けないで下さい。私が浄化の力で弱らせるので、そこから追い出して下さい!」


「黙れ……さっきから誰に言っている。俺は妖魔人、空魔くうまだ。あの4人のトップとして君臨している。そんな俺に、何を言い出すんだ?」


 そんな、もう名前まで……いや、それは寄生妖魔の意識かも知れない。それなら、僕はまだ叫び続けます。


「湯口先輩!! お願いします、何とかーーくっ!」


「黙れ。人間に肩入れする、憐れな妖怪が」


 危なかったです。またソニックブームを放ってきました。だけどその後に、先輩はおかしな事を言い出しています。


「憐れ? それはどちらでしょうね。負なる者に操られ、自分の目的すら見失い、無闇やたらと暴れまくる。そんな憐れな妖魔と、どちらが憐れなのでしょうね?」


「黙れ! 亜里砂様の……華陽様のお心を分からずに、それ以上ご託を抜かすな!」


 駄目です。全く聞こえて来ない、さっきの先輩の声が。あれは空耳だったのですか?


 ううん、そんなはずは無い。


 それよりも、湯口先輩の寄生妖魔がうるさいです。

 心って……華陽はただ、元の1つに戻ろうとしているだけ。そう、白面金毛九尾の狐に戻りたいだけなんですよ。そこに他の妖怪に対する考えなんて、一切無いと思うよ。


「負なる者が負なる者を擁護するのは、その者に陶酔しているからか、操られているからです。それに気付いていないのなら、あなたは相当無能ですね」


「黙れ……と言いたいが、勝手に吠えとけ。挑発にはのらん」


「それは賢明ですね」


 確かに、普通の妖魔人とは違う。質が違います。でも、他の4人と比べると、寄生されていた期間は短いはず。それなのに、妖魔人になってしまった。しかもこの強さ……まさか、先輩が寄生されている妖魔は、他の4人のとは別格なのですか?


「相容れぬ考えの者同士、それに是非をつけるのは、全て力のみ」


「そうですね……だから、その体の中で滅しなさい。負なる者」


 僕は御剱を取り出し、相手に突き付けます。

 もう、これしか無いです。一か八かの賭けだけれど、先輩の中の寄生妖魔を追い出すのが難しいのなら、中に居る状態で、浄化するしかないです。


『椿、大丈夫か? 無茶はしておらんか?』


『俺達がサポートしてやるから、椿はやりたい事をしろ』


 すると、白狐さん黒狐さんが僕の両隣にやって来て、頼もしい事を言ってきてくれました。この2人が居るだけで、こんなにも心を強く保てる。立ち向かえる。

 この行動が例え無駄だったとしても、やらなくて後悔するよりも、やって後悔をしておきます!


 そしてそのまま、僕は真っ直ぐ全速力で、先輩に向かって行く。御剱を握り締め、一切の隙を見せずに、です。


「無意味に突っ込んだところで、吹き飛ばすだけだ」


 先輩はまた、ソニックブームを放ってくる。でも、閃空のあの技と違うのなら、これは吸収出来るかも知れません。


「術式吸収!」


 すると、先輩の放ったソニックブームは、僕の手の中に吸い込まれていった。成功ですね。

 そしてそのまま、僕は御剱を縦に振り抜きます。


「ちっ!」


 だけど、先輩はまた、僕の攻撃を片手で受け止めます。

 先輩の今の体は、相当に硬くなっていますね。だけどね、僕はさっき、あなたの技を吸収しているんですよ。それを使えば……。


「食らいなさい。強化解放!!」


「ぐぅおっ!! ぉぉぉお!?」


 それも耐えようとするなんて、もう相当ですよ。だけど次の瞬間、上から黒狐さんも攻撃してきました。


『妖異顕現、極黒雷!』


「おぉぉぉぉ?! くっ、この……!」


 それすら耐えているなんて、どれだけ丈夫なんでしょうか? それでも、隙は出来ている。

 ごめんなさい、先輩。そして、信じていますよ。自分の身体から、寄生妖魔を追い出してくれる事を、それまで耐えてくれる事を!


「はぁ!!」


「ぬっ……! ぐぉっ?!」


 僕は意を決して、先輩のお腹に御剱を突き刺し、浄化の炎を纏わせます。これは突き刺せました。柔らかいお腹を狙ったからですけどね。そして、中の寄生妖魔だけを燃やすために、炎は最小限に絞っています。

 それでも下手したら、先輩が燃え尽きてしまう。その前に、先輩の方から寄生妖魔を追い出して欲しいんです。


「うわぁぁああ!!」


「お願いです! 私の浄化の力で弱った妖魔を、先輩の気力で、精神力で追い出して下さい!」


 だけどその瞬間、白狐さんが僕に向かって叫んできました。


『椿、いかん! 離れろ!!』


 それと同時に、白狐さんが僕を抱き抱え、その場から離してきます。すると、さっきまで僕が居た場所が爆発し、大きな衝撃が発生しました。その衝撃で、僕達は吹き飛んじゃいました。


 いったい何が起きたの?! あとちょっとだったのに……あとちょっとで、先輩を助けられたのに。


 だけど、突然現れたもう1つの妖気で、僕は察しました。さっきの爆発を起こした者。それは僕達にとって、最悪の増援です。


「危なかったな。我が息子よ」


 そう言って、筋骨隆々な玄空が、土煙から姿を現しました。

 ここに来て、とんでもない力を持つ玄空が現れ、僕達の前に立ち塞がったのです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る