第拾肆話 【2】 行かないで

 湯口先輩を助けられたかも知れないのに、ここに来て、凄い迫力の玄空が登場しました。

 額の角は、相変わらず威圧感満載で、今にも射出されて、僕達を貫きそうな感じがする。


「はぁ……はぁ。ぐぅ、父上……」


「靖、下がれ。空魔として上に立つならば、ここで散るな」


「くっ……」


 マズい、そのまま先輩が立ち去ろうとしています。ここで逃がしたら、寄生妖魔に完全に体を奪われてしまうかも知れません。そうなったら、もう……。

 だから僕は、白狐さんの力を使い、全速力で先輩に向かって行く。


「行かせん!」


 だけど、玄空が咄嗟に僕の前に立ち塞がり、両手を握り合わせると、そのまま地面を叩いてきました。


「うわっ?!」


『椿!!』


『白狐! 玄空がそっちを狙っているぞ! こいつはやはり、別格過ぎる! 俺が妖術を放とうとしているのも、気付いているぞ!』


 両拳で地面を叩いただけで陥没するなんて、相変わらずの馬鹿力です。でも……諦めない。後ろを向いて去ろうとする先輩に、最後の試みです。


「先輩!! 私から……僕から、逃げないで!!」


『椿、それはいかん!』


『くそ! また無茶を!』


 白狐さん黒狐さん、無茶してごめんなさい。だけど、もうこれしか……白金の妖狐の姿になって、2回だけでも『増幅』の神妖の力で、湯口先輩を元に戻す!


「ぬぅ……あの時の力。欠片でも、操れる様になったのか。いかん靖、早く逃げろ!!」


「くっ……ち、ちうえ……足が、言う事を……」


「なに?!」


 確かに先輩は、その場に留まっていて、先に進めない様に見える。まるで、僕の攻撃を待っているかの様です。


 それなら、今しかない。もう本当に今しか、こんなチャンスは無いです。

 そのまま僕は、心配する2人を横目に走り出す。玄空も追い越し、目の前の大事な人に向かって。そしてその人が、中の寄生妖魔を追い出そうとしてくれていると信じて、白金の炎を纏わせた尻尾を、槍に変えます。


「白金の浄化槍!!」


 浄化の力を増幅させた、白金の炎。これなら、中の寄生妖魔を浄化出来ます!


 だけど、そんな先輩と僕の間に、いきなり何かが立ち塞がり、僕の槍を受けました。それは勿論、玄空です。

 そんな……何で玄空が、先輩を? 本当の息子じゃないのに、何で庇っているのですか?


「ぐぅ……! 中々。しかし、最古参のこの俺は、この程度では浄化できーー」


「退いて……下さい!!」


 まだ1回だけ残っています。白金の炎を一気に燃え広げ、玄空を包みます。

 このまま浄化して、また先輩をーーと思った瞬間、僕は何かの衝撃と共に、後ろに吹き飛びました。


「ぎゃうっ!!」


『椿!!』


 その後僕は、柔らかい何かに包まれて止まったけれど、白いフサフサの毛が見えたので、白狐さんが尻尾で受け止めてくれた様です。

 だけど今、いったい何が起きたのですか? あまりの衝撃だったから、全身が痛いです。ついでに、口の中に血の味が広がっています。


『椿、どこか切ったか? 口から血が!』


「白狐さん、大丈夫です。それよりも先輩を……僕はもう、この神妖の力を、残り1回しか使えないんです」


 あと1回使うと、この状態が解けてしまうし、その後妖気の使い過ぎで倒れちゃいます。

 だからここで、玄空を倒すか吹き飛ばすかして、そして先輩の中の寄生妖魔を、浄化するしかないんです。


『無茶をしやがって……』


「黒狐さん。無茶でも何でもやらないと!」


 だけど、僕の後ろから抱き抱えている白狐さんが、僕を更に強く抱き締めてきました。


『椿よ。そんなにあの者が大事か?』


「白狐さん……?」


 何で……何で急に、そんな事を? いったいどうしたんですか?


『分からないのか? 椿。自分が無茶をしている事を』


「黒狐さん? 僕はそれでも……えっ、あれ? あ、足に力が……何で、何でですか?!」


 すると僕は、そのまま力が抜けていき、白狐さんに支えられないと、とてもじゃないけれど立てない程になってしまいました。


「どうやらその力、余程のリスクがあるらしいな。しかし、この俺にここまでのダメージを与えるとは、流石は閃空を倒しただけはある……が、俺は奴とは違うぞ。喝!!」


 すると、白金の炎に包まれていた玄空が一喝し、その炎を消し飛ばしました。

 そんな……まだ、まだ僕は、この妖魔人を浄化出来ないのですか?


「とはいえ、この俺も相当なダメージを受けてしまったな。最後の力を振り絞られて、浄化されてはまずい。靖、退くぞ」


「はい、父上」


「そんな、待って……先輩、止まって……!」


 去って行く、先輩が。浄化も出来ずに、このまま寄生妖魔に完全に乗っ取られてしまって、もう戻せなくなる。今なら、まだ戻せるのに。だから僕は、まだ必死に先輩の背中に向かって、手を伸ばします。

 届かないのは分かっていても、今目の前に居て、助けられそうなんです。この手が先輩の背中に触れさえすれば、白金の炎で浄化を……。


 すると、それに反応するかの様にして、先輩が後ろを振り向く。そして……。


「もう、無理はするな。殺せ、椿。俺は、もう……駄目だから」


「先輩……」


 だから、なんでそんな事を言うんですか? 悲しそうな顔をして言うんですか?!

 もう少しだけ抵抗してよ。そうしたら僕が、この手で中の寄生妖魔を浄化してあげられるのに!


 だけど先輩は、そのまま玄空と共に去って行きました。


「先輩のバカぁあ!!」


 その姿を見て、何だか無償に苛立ってしまった僕は、去って行く先輩に向かって、そう叫びました。

 だけど、もう振り向いてはくれません。でもその後ろ姿は、哀愁が漂っている様にも見えました。直ぐに威圧的な感じに戻ったけどね。


『椿よ。今、無茶をするべきでは無いだろう?』


「分かっている、分かっています……でも、それでも僕は……先輩を、助けたかったんです……ぐす」


 そして先輩の行動のせいで、僕は泣いてしまっています。


 自分を犠牲にしないと駄目なんですか? 助かりたいって思わないのですか?

 僕は、そう思ってくれていない先輩の行動に、ショックを受けたんです。


『椿よ、その悔しさは取っておくんだ。次に相まみえた時、その思いをぶつけて、元に戻してやれば良い』


 すると白狐さんが、泣いている僕の頭を優しく撫でてきます。そして、黒狐さんもその横について、白狐さんと一緒に僕の頭を撫でてきます。髪がくしゃくしゃになるよ。

 だけど、この2人の温もりだけが、今の僕の支えです。これを失ったら、僕はもう立っていられないかも知れません。だから、今回の戦いで失わずに済んで良かったと、そう思っています。


 それでも、先輩がもう諦めている事を思うと、いつまでも涙が止まらなかった。

 あの人は、いつもそうだった。自分の事は二の次で、いつも他の人の為に動くんです。僕がいじめられていた時もね。


 だからなんですよ。だから……今度は僕が、先輩を助けないといけないんだ。

 いじめられていた時、先輩が僕を助けようとしてくれていたみたいに。あの時、僕が拒否していても、助けようとしてくれていたみたいに。僕だって、拒否してきても助けるからね、先輩。


「んっ……白狐さん黒狐さん。修行しよ」


『そうじゃな。今は我等が、1番不甲斐ない』


『あぁ、何とかしないとな』


 その為にはやっぱり、修行するしか無いです。

 ただ、力を求める為じゃない。迫り来る脅威から、僕の大切な者を全て守る為。奪われたものを奪い返す為。僕は、まだまだ強くならないといけません。


 そして僕は、しっかりと涙を拭い、立ち上がって空を見上げます。曇っていた空からは、日の光が落ちてくる。


 だけどそれと同時に、変な物をその上空に見つけてしまいました。


「何ですか……? あれは」


 僕がそう言うと、白狐さん黒狐さんも空を見上げます。すると、その後急に声を張り上げて来ました。


『あれは!! 雷雲城、天雷てんらいか?! 雷獣が所持している、最終兵器では無いか!』


『あいつ、いったい何を考えているんだ! 妖界を滅ぼす気か?!』


 僕の近くで叫ばないで下さい。耳が……。


 それと、白狐さん達がそう叫んだ瞬間、そのお城の姿が消えました。と言うより、空間が歪んでいたから、妖界に向かった? 何をしようとしているんですか?

 まさか……亰嗟が奪った、地獄と化した妖怪センター。そこを襲撃する気ですか?


『椿よ。急いで翁の元に戻るぞ!!』


「分かりました!」


 そして僕達は、急いでその場を後にします。

 これは緊急事態なんです。確か他にも、賀茂様に何かを頼まれていた気もするけれど、今はそれどころじゃ無いです!


「えっ、あの……私の様子を見に来たんじゃ……」


 何だか僕達の後ろから、そんな声が聞こえてくるけれど……ごめんなさい、それは今度です!

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