第拾壱話 【1】 椿VS和月慎太
その後、くらやみ目さんの案内で、僕達は地下の廊下を進んでいます。
ここの廊下は広くて歩きやすいけれど、他に扉が一切無いと言うのが、逆にまた研究施設っぽく感じられます。
「ここだ。この中だが……気を付けてくれ。ある男が、妖具で見張りを作っている」
すると、くらやみ目さんが突き当たりの扉を指差してきます。両開きの扉ではないけれど、それでも重たそうな扉が付いています。
そして中にいるのは、亰嗟の人間和月さんでしょうね。
問題なのが、この人は人間なのです。だから、あんまり全力でいくと、下手したら死んじゃうかも知れない。その為、妖具だけを奪い取らないといけません。
半年前は苦戦したけれど、今なら。
だけどその油断も、命取りなんです。強敵と同じ感覚で挑まないといけません。
「よし。皆、準備は良いですか?」
僕が後ろの皆にそう言うと、皆はゆっくりと頷きます。
すると、三間坂さんがまたタバコをふかして、扉の隙間に煙を送り込んでいます。何かしているんでしょうか?
「三間坂さん、それは?」
「あぁ、効かないとは思うが、効果範囲の限られた、催涙効果のある煙だ。あまりの煙の濃さに、1人しかその煙で包めないがな」
それは確かに限定的過ぎますね。
凄く使える能力だから、最初に使って欲しかったけれど、それじゃあビル全体は無理でしょうね。
そして、煙が部屋の中に全て入った瞬間に、僕は扉を開けて中に入るーーけれど、その瞬間棍棒みたいな物が、僕の頭目掛けて振り下ろされてきます。
「よっ!!」
もちろんこんな奇襲攻撃は、酒呑童子さんとの修行で散々受けてきました。だから咄嗟に前転し、それを避けます。
他の皆は、突然目の前に棍棒が振り下ろされてきたものだから、警戒してその場で一瞬立ち止まった。そのほんの一瞬で、突然扉が閉められてしまいました。
そして、さっき棍棒を振り下ろして来た、ブヨブヨした肉の塊の様な奴が、その扉を押さえつけています。
ついでに扉の隙間も、その肉で埋まってしまっているけれど、ちょっと待って下さい、その肉どんどん乾いて固まっていませんか?
「えっ?! 嘘でしょう! ちょっと椿! 大丈夫?!」
そして扉の向こうから、美亜ちゃんの声が聞こえてきます。
「大丈夫です! どうやら相手は、複数での戦闘を避けたみたいです。僕に任せて下さい!」
確かに、普通の人間で妖具のみとなると、僕達複数と相手をするのは、骨ですよね。というより、負けるかも知れないですよね。
それにしても、僕を選んだのは失敗じゃないですか?
「和月さん……出来たら降参して欲しいんですけど」
そのまま僕は、背後に立って本を開いている人に向かって、そう言います。
やっぱり、催涙は効かなかったようですね。盾の妖怪で防がれていました。
「そういう訳にはいきません。私にも都合があるのでね……」
その声で、僕は和月さんの方を振り向きます。
相変わらず、青白いやせ細った体型ですね。肉弾戦なんて絶対に出来ない。一発当てれば僕の勝ち、なんですけれど……。
その和月さんの周りに、さっきの肉の塊みたいな妖怪が沢山いるよ。それに、何故かその妖怪は、接着剤みたいにして乾いて硬くなるので、迂闊に攻撃出来ないーー訳はないんですよね。
「さぁて、この私の考えた妖怪『接着肉』相手に、どうーーうっ?!」
黒焔狐火で熱して、溶かせば良かったんです。あとは近づいて……と思ったら、何で溶けないのかな?
「ふん……お前の事は分かっている。対策しないとでも思ったのですか? 熱の耐性を付けていますよ」
それでしたら……。
「黒槌岩壊!!」
尻尾をハンマーにして、和月さんと一緒に叩いて終わーーりません! 思った以上に硬いです、この肉の塊。そして僕の方が痛かったです。
「いっつつ……」
「当然、コンクリートより硬いに決まっているでしょう?」
それにしても硬過ぎます。ダイモンドの壁をそのまま殴った感じがしました。とにかく、ハンマーから戻した尻尾を撫でて、痛みを和らげます。
すると今度は、和月さんの本から、新たな妖怪が出て来ました。この人の想像力は凄いですね。次から次へと、妖怪みたいなものを出してきます。
そして遂に、それを出して来ちゃいました。
「ギャグォォォオ!!」
「わ~、ドラゴンさん……」
「はっはっはっは! 本当は使いたくなかったのですが、あなたの力を見る限り、そうも言ってられないですよね~! 解禁ですよ。西洋の妖怪、その中でもモンスターと言われている奴等をね! 丁度私の前の人が、それを次々と書き記しておいてくれましたよ」
しかも和風の竜ではなくて、海外の話で良く出てくる、2本足で立っているドラゴンです。
更に筋骨隆々で、いきなり打って来たパンチで、地面が隆起しちゃいました。
「うわわわわ!! わっ、と……! きゃぅ?!」
そして僕は、隆起した地面の隙間に落ちないようにと、ピョンピョンと跳び跳ねていたら、何故か滑って転んじゃいました。いや、何だかちょっと寒いような……。
「えっ? 地面が凍って……まさか」
「えぇ。先程あなた達がやった事を、やり返しただけですよ」
良く見ると和月さんの横に、雪の結晶みたいな物が浮かんでいます。
「本当に、頼もしい妖具です。丘が居なくなったので、この私が半妖と人妖、その両方を纏めなくてはならくなってね。その為、茨木童子は私に全てを渡してくれた。海外の妖怪の妖具『精霊シリーズ』その全てをね!」
そう言って見せてきた和月さんの両手の指には、何か指輪みたいなものがつけられていて、その中央の宝石が、綺麗に光り輝いていました。
「さぁ、いくぞ。氷の精霊『フラウ』と風の精霊『ジン』の合わせ技。くらいなさい、氷突風!!」
すると和月さんの横に、雪の結晶の他に、小さな竜巻みたいなものも発生し、その2つから放たれた冷気と風が合わさって、一気に膨れ上がっていきます。
そして僕に向かって、凍え死にそうな程の猛吹雪を発生させてきました。
「くっ!」
しかも、上からドラゴンさんまで火を吹いてきました。これは暖かそう……じゃなくて、このままだと焼け死にます!
「うわっ、た……!」
でも、滑るから上手く逃げられません。
こうなったら、2つの力を吸収出来るかは分からないけれど、これをやるしか無いです!
「術式吸ーーぎゃぅん?!」
「バカか……この妖具から放たれる力は、純粋な力だ。術で展開されているわけでは無い」
いや、そうなんですけど。僕の術式吸収も、修行で強化していて、術じゃなくても吸収できます。でも、2つ同時は無理でした。
だから、ドラゴンさんの炎を受けてしまって、そのまま猛吹雪に吹き飛ばされたのです。
「いったぁ……う~、1つずつ吸収して、1つずつ解放しないと駄目ですか」
もう少し早く試すべきでしたね。そうしたらこれも、改良したのに。いや、今からでも遅くないですね。
でも、僕は油断はしていない。和月さんがそれ以上に、僕との戦いの対策を取っていたという事です。
それなら僕も、出し惜しみ無しで行くしかないです。
そして、僕は御剱を取り出し、浄化の神妖の力を解放していきます。そして毛色を金色にすると、御剱を一振りします。
「その姿……忘れないですよ、あの時の屈辱。しかし、今度こそ! 土の精霊『ノーム』と岩の精霊『ロック』で、金剛壁!」
すると、和月さんとあの肉の塊の前に、大きくて硬そうな壁が地面から出て来ました。そして僕の攻撃を、完全に防ぎました。
「ふぅ……参りましたね。負なる……いや、無なる者」
「その余裕の表情も、あっという間に戸惑いの色に変えてあげます。さぁ、ドラゴン。攻撃しろ! そして出て来い、ゴーレーーなっ?!」
その前に、僕自身の妖術で玩具を出します。また竹とんぼですけどね。でも今度は、風を発するのでは無くて、切れ味を鋭くしておきました。
そしてそこに、浄化の金色の炎を纏わせ、そのまま飛ばすだけです。たったそれだけ。本当にそれだけで、ドラゴンさんは頭と体が生き別れました。
和月さんが作ったものだから、そのまま煙になって消えたけれどね。そして、地面から出ようとしていたゴーレムも、スッパリと切っておきました。
「どうしました? 何か不都合でも?」
そう言った後、僕は自分の尻尾で、返ってきた竹とんぼをキャッチします。
その様子に、和月さんは呆然としていますね。
これ以上は無駄だと、そう思わせないといけません。その為なら、容赦なんてしないからね。
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