第拾伍話 【2】 センターからの撤退戦
崩れていくセンターの中で、そこで働く妖怪さん達は、死にたくない為に、必死に茨木童子に同意しています。
「分かった! あなたの言っている事は素晴らしい! 良いです、妖怪だけの世界。そんな永遠に安定した世界に住みたいです!」
「お、俺も! 不安定な世界よりかはマシだ!」
「ず、するい! 私だって!」
妖怪にだって色々います。
全員が全員、誇りを持ち、信念を持っている訳では無いですから。当然、こういう事態になります。だけど……。
「駄目ですね。この状況から助かりたい一心で、嘘を言っていますね。コロコロと考えを変える妖怪は、要りません。死になさい」
「がっ!」
「なっ?!」
「げぇ!」
すると茨木童子は、本意で言っているか言っていないかを見極め、そして本意で言っていない妖怪さん達を、次々と殺していっています。
こんな……こんな悪意の無い殺し方は、初めてです。まるで選別している様な、そんな感じです。
この妖怪は、自分が妖怪のトップ、もしくは神か何かだと思っていませんか? もう我慢できません。
「このーー負なる者が!!」
それを見た僕は、神妖の力を全開にし、尻尾の毛を金色に変えていきます。そのしゃべり方もね。
この妖怪は許せないです。
平気で同族を殺せるどころか、神みたいな態度で選別するその態度は、同じ妖怪として、許せるものでは無いです。
そして僕は、御剱をいつのも巾着袋から取り出し、それに妖気を流すと、刀身に纏った光の刃を飛ばします。
「おや? これはこれは。自ら来ていただけるとは、ただ……これは私が受けるまでもないですね」
すると、茨木童子の目の前に、10体の鬼の中で一際大きな鬼が現れ、僕が飛ばした刃を両手で受け止め、そして消し飛ばしました。
だけど、そんなので止まる僕じゃないです。
「椿、よせ!! 逃げる事だけ考えろ!」
下から迫る柱に捕まりながら、酒呑童子さんはそう言うけれど、そっちにも何体かの鬼が襲って行っていますよ。
だから、大人しく逃げようとしていたら、逆に捕まっちゃいます。それなら……!
「ふっ!」
白狐さんの妖気を足に集め、その妖気で思い切り空を蹴り、風圧を作って反動で飛び、大きな鬼の隙間を縫い、茨木童子へと向かって行く。だけどその瞬間、僕の足は何かに掴まれた。
ヒョロヒョロの鬼が、その細い腕を伸ばして、僕の足を掴んでいたのです。
「くっ! 離しなさい!」
その腕から逃れようと、僕は御剱を、その鬼の腕に向かって振る。だけど、斬れなかった。御剱が、鬼の腕をすり抜けたのです。
「な、何でですか?! 幽霊? いや、掴んでいるから違う。何かの能力ですかーーうわっ!」
そして僕は、そのままそいつに引っ張られ、振り回されながら勢いを付けられています。このまま投げる気ですね。
「金華浄焔!!」
そんな簡単に投げられる訳にはいかないので、僕は浄化の炎を、その鬼に向かって放つ。
流石に浄化の炎だから、相手の鬼に効いていて、堪らず僕の足から手を離したけれど、今度は別の鬼が僕に向かって、変な形の金棒を振り上げて来ました。
何ですか? これ……。
ぐにゃぐにゃと曲がっていて、真っ直ぐに伸びていないです。何だか変な感じなので、直接受け止めたら駄目な気がします。
「くっ! 神風の鉄槌!」
影の妖術で逃げても良かったけれど、またあの痩せた鬼に捕まりそうなので、浄化の風を使って、2体纏めて吹き飛ばすしかないです。
「食え、
すると突然、歪な形をしたその棍棒のいたる所に、無数の口が現れて、僕の妖術を食べ始めました。
「なっ……?!」
妖気を吸い取るあの峰空とは違う? 妖術を食べた?! 完全に取り込んでいる……。
しかもその後、その歪な金棒は太く大きくなっていき、最終的には普通の金棒の2倍の大きさ、2倍の太さになっていました。
「くっ! その金棒に、餌を与えてしまったという事ですか」
するとまた、あの痩せた鬼が僕の足を掴んで来ました。
やっぱり、数が多すぎる。
せり上がる建造物の前に、僕は為す術が無いです。次々と崩壊していくセンター。瓦礫に埋もれていく妖怪さん達……僕は、僕は強くなったんじゃ無いのですか?!
「術式解放! 金華浄焔≪極≫」
今度は、こっそりと吸収していました。これだけの威力なら、相手も一溜まりも無いはずです。
せめてこれは、効いて下さい!
「ふん!」
「なっ?!」
丸々と太った金棒で、弾き返されました。どうなっているんですか?! あの金棒は!
だけど、今のでちょっとだけ細くなったという事は、それで相手の妖術を打ち返す度に、取り込んだ妖気を使っている?
それなら、他の妖怪さんの妖術と合わせて……と言っても、酒呑童子さんは何処に?
「椿!」
「うわっ?! 何をするんですか、酒呑童子!」
びっくりしました。いきなり後ろから現れて、僕を肩に担いできました。僕は荷物じゃないですよ!
「逃げろと言っているのが分かんねぇのか、このガキ!」
「そうは言っても、数が多すぎます。逃げても捕まるだけなら、茨木童子を! あの負なる者を!」
「まぁ、落ち着け。まだこの地獄は現れたばかりで、形を成していない。完成はしていないんだ。つまり、完全に完成してしまえば、この地獄に閉じ込められてしまう。そうなると、出るのは不可能だ!」
そんなに、出るのに難解な地獄なんですか? いや、地獄に出口なんて無いんですね。
「分かりました……」
「ふん。そうと決まればーー」
「おっと、逃がしはしませんよ」
すると突然、僕達の前に茨木童子が現れました。やっぱり、いきなり瞬間移動みたいにーーってその前に、小さなガラスの破片が反射して、茨木童子の姿を映して……ってまさか、茨木童子が使っている妖具は、雲外鏡の?!
「鍵と一緒に、あなたを鏡の中に閉じ込めてあげます」
「術式解放! 神風の鉄槌≪極≫!!」
「なっ?!」
危なかったです。何回も何回も使うと、あっという間に妖気が切れてしまうけれど、今のはしょうが無いです。不意を突かれたのか、何とか茨木童子を吹き飛ばせました。
だけど、これ以上は神妖の妖気を保つ事が出来ません。仕方ないので、僕は一旦神妖の妖気を抑え込み、元に戻ります。
「はぁ、はぁ……ごめんなさい、酒呑童子さん。使いすぎました」
「……ったく、馬鹿が。まぁ良い、しっかり捕まってろよ。まだ終わっていないぞ」
「えっ?」
そんな僕達の目の前に、吹き飛ばしたはずの茨木童子の姿がありました。全く吹き飛んでいませんでしたよ。いや、また鏡の移動で戻って来た? ダメージが一切無かったんだ。
しかも茨木童子の手には、装飾の施された刀が握られていて、僕の放った浄化の風の塊は、その刀に纏っていました。刀に取り込んだのですか……。
「くそ、駄目だ! 時間がねぇ! どんどん地獄が出来あがっている!」
確かに……妖怪センターなんて、もう見る影もないです。このまま僕達は、この地獄に……。
すると突然、僕の耳に付けている勾玉から、白狐さんの叫び声が聞こえてきます。
『椿!! 急いで門を開け! そこがまだ妖界ならば、それで門が開くはずだ!』
そうか! ここのセンターが崩壊してしまって、ジャミングが無くなったんですね。それなら、何とか門を開ける事が出来るかも知れないです。
「酒呑童子さん!」
「聞こえた! 急げ!」
「させませんよ!」
だけど茨木童子が、そのまま僕達を逃がす訳がないですよね。
僕の浄化の風を纏った刀を、上に突き上げると、そのまま風は巻き上がり、渦を巻き、僕達に襲いかかって来ました。
「妖界開門!」
だけど、僕の方が早かったです!
両手に持った勾玉を使って、僕は目の前に、人間界への道を開きました。
でもその瞬間、突風に煽られて、腕に付けていた巾着袋の口が開いてしまい、最後に入れた物が、反転鏡を開ける為の鍵を入れた小箱が出てしまい、下に落ちていきます。
「あっ!! しまった!!」
「ちっ! もう諦めろ! このままお前まで捕まってしまうと、何もかも終わってしまうぞ!」
それでも僕は、必死に手を伸ばす。
だけど既に、小箱は遙か下まで落ちて行ってしまいました。
「行くぞ!!」
そして酒呑童子さんは、僕を担いだまま、目の前に開いた道に、その歪んだ空間に入って行く。その時、大きな音も聞こえてきました。
どうやら、ギリギリであの竜巻から逃れられたようです。確かに、あのまま鍵に執着していたら、僕達はあの竜巻で……。
「まだだ……まだ、何もかも終わりじゃねぇぞ。今回は俺達が退く事になっちまったが、てめぇが攫われなかっただけでも良しとしないとな」
そうですね。反転鏡を使うには、僕の神妖の妖気が必要ですからね。だけどこれで、亰嗟も本格的に、僕を狙ってくる。
この道は、僕達が入った瞬間に入り口を閉じたので、今は追って来られない。
でも、おじいちゃんの家への襲撃は、ここから本格的になりそうです。そうなったら、皆がまた危険に……。
僕は皆を、危険な目に合わせたくはない。それならーー
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