第拾陸話 【1】 僕の戦う理由

 妖界から出た僕と酒呑童子さんは、京都市役所からおじいちゃんの家へと向かい、無事に帰って来る事が出来ました。

 もちろん、雲操童さんを呼んでですけどね。いつでもどこでも、念じれば飛んでくるこの妖怪さんは、便利過ぎです。


「ただいま……むぅ?!」


『椿よ、無事か?! どこも怪我は無いか!』


『む?! 足に手の跡が!』


 僕が先に家に入るんじゃなかったです。白狐さんと黒狐さんが飛びついて来ました。ちょっと……苦しいですよ。


「白狐さん黒狐さん、落ち着いて下さい。怪我は無いし、僕は無事だから」


 するとその後ろから、他の妖怪さんもやって来て、僕を心配して来ます。何で皆、そんなに必死になっているんでしょう。


「椿……良くぞ無事で帰って来てくれた。もう……駄目かと思うたぞ」


 更に、おじいちゃんまでそう言ってきました。

 確かに、僕ももう駄目かと思いました。だけど、白狐さんと黒狐さんが叫んでくれて、脱出の作戦を言ってくれて、それで何とか助かりました。だから、抱きしめられて苦しいけれど、ちゃんとお礼を言わないと。


「白狐さん黒狐さん、ありがとう」


『なに、当然の事をしたまで』


『そうだ、気にするな。俺達は、お前を失う訳にはいかないからな』


 そう言いながら、2人とも僕を舐めないでくれます? 匂いを嗅がないでくれます? くすぐったいし、変な気分になっちゃうってば。他の皆も見ているから、後で……また後で!


「翁……妖界の者達から報告が。センター付近は完全に様変わりしてしまい、その周りに異様な結界も張られ、近付けないとの事です」


「そうか……」


 僕が2人から逃れている間に、黒江さんが空からやって来て、おじいちゃんにそう報告していました。


 その時に、僕はある事を思い出しました。


「あっ……! 雷獣さん、置いてきちゃった」


 そう、現センター長の雷獣さん。亰嗟にしてやられてしまったけれど、大丈夫なんでしょうか? まさか、もうとっくに殺されていたり、更に利用されたりしているのかな?


「あぁ、それなら。結界が張られる直前に、異様な建造物から、一筋の雷光が現れて、どこかに行ってしまったのを、近くの妖怪が目撃していたみたいですよ」


 僕達を残して、自分だけのうのうと脱出していたようです。

 あの糸から脱していたなんて……それならそれで手伝ってくれても良かったのに、割りと最低な妖怪さんでした。


「むぅ……とにかくじゃ。反転鏡の鍵も、相手に渡ったと見て良いじゃろう。そうなると……いよいよ亰嗟は、椿を本格的に狙い始める訳か」


 おじいちゃんは酒呑童子さんから、今回の事の顛末を聞き、ずっと唸っています。


 そうだよね。このままだと、新たに現れた強力な地獄の鬼達が、ここにやって来るかも知れない。亰嗟のメンバー全員を使い、ここを襲撃するかも知れない。

 地下に大きなホールがあっても、こんな木造の茅葺き屋根の家なんて、あっという間だよね。


 それと、前センターの妖怪さん達も合わせて、ここには300近くの妖怪さんが居るけれど、亰嗟のメンバーは、酒呑童子さん曰く、妖怪だけでも最低500は居るそうです。

 それに合わせて、半妖の人達も居る。そこでバイトしている人間も居ます。その戦力は、圧倒的です。


 だから、こんな所に僕が居たら、もう駄目なんです。


「あの……おじいちゃん、僕ーーんぐっ?!」


 あれ? 急に僕の口が氷で覆われましたよ? ちょっと、雪ちゃん?!


「椿、それ以上は言わない」


 雪ちゃん……強力な妖具を手に入れて、こんな事まで出来る様になったんですね。とても半妖とは思えないです。でも冷たいし、早く溶かして下さい。


「私達、何の為に、強くなったと思う? あなたの為なの」


 僕の為? 駄目です。それでカナちゃんみたいに死んだら、もっと駄目なんです。僕だって、皆を守る為に頑張ったんです。

 だから、僕がここに居た方が危ないのなら、ここから離れて、僕1人になってでも、相手に立ち向かえば良いんです! それなら、皆を守れる。


『椿よ、また見えていないな。お主は皆を守りたいのだろうが、皆はお主を守りたいんだ』


『そうだぞ。そんな守りたいお前を、たった1人で戦わせるなんて事、皆が許すと思うか?』


 呆然とする僕に、白狐さん黒狐さんはそう言ってきます。

 そして廊下に居る皆が、僕をじっと見ています。ちょっと怒っている様な、そんな雰囲気を出しながら。


「…………」


 いつの間にか、僕の口を覆っている氷が溶けていたけれど、同時に僕の心の中の何かまで、一緒に溶けてしまった様で、勝手に涙が溢れて来ました。雪ちゃん、何かしました?


「全く。姉さんは抱え込み過ぎっすよ」


「本当よ。私達も修行しているというのに、何でそれを無駄にする様な行動をするのかしら? もっと頼りなさいよ!」


「楓ちゃん、美亜ちゃん……でも、でも……頼っちゃったら僕は……」


 皆に頼り過ぎたから、白狐さん黒狐さんに無理をさせた、カナちゃんを失った。だから……だからもう、頼ったら駄目なんです。僕は、1人で……。


『椿よ。お主は本当に、不器用じゃな』


「えっ?」


 不器用? 僕が? そんな事は……。


「確かにその通りだぜ。てめぇ、俺に修行を付けて欲しいと言った時、何て言ってたよ? 1人で全部解決する為の力が欲しいって、そう言ったかよ?」 

 

 酒呑童子さんまで、僕に向かってそんな事を言ってくる。

 でも、そうでした。相手の巨大な力の前に、僕は自分を見失っていました。


 そうだ。僕は、皆に守られたいんじゃない。だけど、全部1人で背負って戦いたい訳じゃない。僕は今でも、戦うのがちょっとだけ怖いのです。

 それでも、そんな僕を引っ張ってくれる、ここの妖怪さん達と一緒に……皆と一緒に戦いたいんです。


『椿よ、お主は何で戦うんじゃ? それを見失うな』


「うん……うん。ごめんなさい……ごめんなさい」


 それなのに僕は、勝手にここを出て行き、1人で何とかしようとしてしまった。馬鹿ですよね。


 ここに、頼れる仲間が沢山居るのに。


 敵の剥き出しの欲望と、禍々しい悪意、そして皆を失う恐怖に、僕は気が動転していました。

 それに気が付いた僕は、ただひたすら皆に謝りました。


 皆は覚悟の上で、僕と一緒に居てくれている。だから、頼る。でも、頼り過ぎない。

 1番難しいけれど、それでもちゃんと修行した今の僕なら、何とか出来そうです。


 だから僕は、戦うんです。

 白狐さん黒狐さん、そしてここの妖怪さん達と一緒に、ずっと妖狐として生きていく為に。


 でもその前に、誰かこの涙を止めて下さい。止まらないです。

 嬉しくて嬉しくて……居場所が無かった僕に、友達も仲間もいなかった僕に、こんなにも沢山の、頼りになる仲間と友達が、そしてとっても大切な存在も出来ました。だから、勝手に涙が出て来ます。


 小さい頃の記憶が無くて、いじめられて1人で閉じ籠もっていた……もうそんな時とは比べものにならない程に、僕は今幸せです。


 でも、ここにカナちゃん。君も居て欲しかったです。


「は~い、皆! そこで突っ立ってないで、ご飯だよ! って、椿ちゃんどうしたの?! 何で泣いて……」


「あっ、大丈夫だよ里子ちゃん。嬉し泣きだから」


 やっと風邪が治って、元気いっぱいになった里子ちゃんから、凄く心配されちゃいました。

 さっきまでご飯を作っていたんですね。なんだか風邪で倒れる前よりも、パワフルになっちゃっていませんか? だって、どれだけご飯炊いているの? おひつが沢山……凄いですね。


「椿お姉ちゃん……羨ましいな~」


「安心しろ、お前も時期に……」


 その様子を見ていた菜々子ちゃんが、僕を見ながら羨ましいがっていて、お母さんの山姥さんが慰めているけれど、甘いですよ。


「は~い、菜々子ちゃん。それじゃあこれを付けて、お姉さんと一緒に、ご飯を食べに行こっか~」


「えっ、あっ、う、うん!」


「あっ、菜々子ちゃん、ダメ!」


 里子ちゃんから渡されたその首輪、付けたら駄目です。でも、もう遅かったですよ……あっさりと疑いも無く付けちゃいましたか。

 お母さんの山姥さんまで気が付いて無かったし、あの首輪、結構珍しいのかな……。


「うふふ~やった~! 美少女のペットが手に入った~! それじゃあ菜々子ちゃん、ご飯を食べさせて上げるから、付いて来なさい」


「えっ? お姉ちゃん? ペットって……? きゃぁあ!!」


「な、菜々子~!?」


 隷属の首輪を付けた以上、里子ちゃんの言う事は絶対に聞かないと駄目なんですよ、菜々子ちゃん。山姥のお母さんも焦って追いかけているし、一気にいつものドタバタに戻っちゃったよ。

 この家でしんみりとしていたら駄目ですよ。ここの妖怪さん達は、そういうのを見逃さないですから。本当に、他とはひと味違いますからね。


 あっ、それよりも……菜々子ちゃんを助けないと。里子ちゃんに連れて行かれてしまいました。

 追いかけている山姥さんも、鬼の形相で包丁振り回しているし、流石に止めないと。


 早くここに慣れて下さいね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る