第拾肆話 【2】 B-63の保管庫

 手紙を読み終えた後、一緒に入っていた紙に書かれていた場所で、書類の束を見つけました。

 この量は、ここで読む事は出来ないし、何より急いで保管庫に行かなきゃいけません。少し時間が経ちすぎました。


「よし。虚さん、もう良いです。急いで保管庫に――てぃ!」


「ぎゃぁあ!! 分かった分かったよ!」


 この虚さんは、油断すると何もかもがあやふやになっちゃいます。保管庫に辿り着くには、毎回叩く必要がありますね。


「お、おいおい。顔が怖い……」


「それなら、記憶が虚ろにならないように、しっかりと思い出しながら案内して下さい」


「無茶言うな!」


 無茶でも何でも、あなたが敵では無いのなら、しっかりと案内して欲しいです。敵なら、倒すだけですけどね。


 すると虚さんは、急に動きが機敏になり、僕に着いて来るように言ってきます。


「着いて来い……流石に殺されたくは無い。だから、その殺気は抑えてくれ」


 あれ? そんなに殺気を放っていましたか?

 まぁ、良いです。真面目にしっかりと案内してくれそうなんで、助かりました。


 それでも、保管庫に着くまでに2~3回叩きましたけどね。


 ◇ ◇ ◇


「つ、着いたぞ……」


 そして数分後、虚さんの能力で、空間と空間の距離を曖昧にし、保管庫までの距離を短縮して貰い、僕は何とか保管庫に辿り着きました。しかも、目的の『い』の保管庫です。


 というか、最初からこの能力を使ってくれれば良かったのに……数回迷って僕に殴られた後、やっとこの方法を思い出したようです。


 記憶が虚ろになるのって、大変ですね。


「よし、ここの……Bの……」


「おぉ……礼は無しか」


「あなたがあんな空間を作らなければ、僕はもっと早くに、ここに辿り着いていましたよ」


「くしゃみで落ちたくせに……」


「何か言いました?」


「何でも無いから。そのハンマーを引っ込めろ!」


 全く……何でそんなどうでも良い事は記憶しているんですか? それも虚ろになっておいて下さい。


 それにしてもこの保管庫って、まるで金庫みたい……というか、金庫ですね。鉄格子の先に、重そうなダイヤルロック式の扉がズラッと並んでいます。


 僕はその中から、Bの63の保管庫を探します。


「えっと……ここが、22……で、隣が35? 何で!?」


 この保管庫、規則的に並んでいませんでした。そうなると、1つ1つ調べて探すしかないです。ここ、利用し辛いですね。


「ここは重要書類や、重要なアイテムが保管されているからな。滅多に使う事が無い。だから、こうやって取り出しに来る事も稀なのさ」


 なる程……酒呑童子さん、良い所にしましたね。でも、そこを亰嗟に押さえられたら、時間の問題ですよね。それに、きっと居るはず。


「やっぱり、居た」


 僕は咄嗟に曲がり角に身を隠し、その曲がった先の通路を確認する。するとそこには、何かを探している人達、いや……妖気を若干感じるので、この人達は半妖ですね、その半妖さん達が、保管庫を1つ1つ探っていました。


「ちっ……これも違う」


「おいおい、本当にあるのかよ……B63って」


「文句を言っていないで探せ! 見つけられなかったら、俺達地獄に落とされるぞ!」


「「それだけは勘弁だぁ!」」


 B63……酒呑童子さんが、反転鏡の鍵を保管している保管庫のナンバー。とっくに亰嗟が探していました。

 でも、ここを押さえてからだいぶ時間が経っていますよね? まだ見つけられていないんですね。


「おい! 6班! そっちあったか?!」


「ねぇよ! つ~か、本当にあるのかよ! これだけの人数で数ヶ月かけて探しているのに見つからないとか、ありえないだろう!」


「ブツブツ言わずに探すんだ!」


 うわぁ……人海戦術ですか。それでも見つからないって……相当な数があるんですね。

 それだけの人数で見つけられないとなると、僕1人じゃとてもじゃないけど見つけられないですよ。


「酒呑童子さんの馬鹿野郎」


 それに、それだけの数の亰嗟のメンバーがここに居るなら、いつまでもジッとしているのも危ないですね。

 僕は半年間、酒呑童子さんと一緒に居たのです。酒呑童子さんならどうするか。どの場所を使うか。考えるんです、あの意地悪な悪鬼の思考を……。


 とにかくその場から離れて、左右にある幾つかの保管庫を見てみるけれど、当然無いですね。というか、ナンバーがC1173とか、F2350とかありましたよ。

 どれだけあるんですか?! 広すぎませんか? えっ……1階ですよね、ここ。地下じゃないですよね。


 でもこの場所……壁や床、天井に至るまで、色んな所から妖気を感じます。という事は、何かの妖術でこの空間を? この空間を作った妖怪、凄すぎですね。


 それに、天井にまでとても大きな金庫がある。しかも、見えにくい所にナンバーが……B63。


「あっ……!」


 ――っぶないです。き、気付かれてない? 亰嗟に気付かれてない? 咄嗟に口を押さえたけれど、声が漏れていたかも。こっそりと様子を見てみたけれど、気づかれていない。大丈夫みたいです。


「おぉ、やっと見つけたか?」


「……」


 その様子だと、虚さんはB63の保管庫の場所、知っていましたね。何で教えてくれないのですか……。


 そして僕は、虚さんを睨みつけるけれど、今度は虚さんは引かずに言い返してきました。


「ボカボカと俺の頭を殴った仕返しだ」


「それは、虚さんが何回も忘れるから……」


「そういう性質なんだ、仕方ないだろう。ほら、お目当てのものが見つかったなら、俺はもう良いだろう? じゃあな」


 そう言うと、虚さんはさっさとその場から離れ、そして存在が徐々に消え、虚ろになっていきます。それなら、最後にこれを聞きたいです。


「虚さん。あなたは僕の敵なんですか? 味方なんですか?」


 亰嗟に聞こえない様に言った僕に、姿を消した虚さんは、たった一言返してきました。


「それも、虚ろだ」


 どっちでも無いどころか、分からないって事なんですね。ある意味、1番厄介な妖怪さんですね。


 さて、それよりも。保管庫を見つけたのなら、次はそこを開ける暗証番号なんだけど……酒呑童子さんが、自分にゆかりのあるものって言っていましたね。それで分かると思いますか? せめて最初の数字か、何桁の数字かは教えて欲しかったです。

 でも、その数字を入力する所が、4つまでになっていました。4桁でしたね。


 とりあえずお酒の名前か、それにちなんだ数字だと思った僕は、それで4桁になる数字を、片っ端から入れていきます。

 お酒にちなんだとなると、製造年とかかな? 安直だけど、先ずはそれを入れていきます。影の妖術で、こっそりと天井に影の腕を伸ばしてね。だけど、どれを入れても合いません。


 そして遂に、僕の方がネタ切れになりました。僕、お酒はそんなに詳しく無いんです。

 でもそれは、酒呑童子さんも分かっているはず。それなら、あんな言い方はしないですよね。それならお酒じゃなくて、もっと酒呑童子さんに関係ある数字? 誕生日? 自然発生した妖怪には、そんなものはないです。


「う~ん……分からない」


 酒呑童子さんが暴れ始めた年、退治された年……っと。うん、どれも違う。そんなマイナーなものじゃないのかな?

 酒呑童子さんと言えば……鬼、それに関係ある数字はとっくに入れたけれど、それも違いました。お酒も違う。


 乱暴、強い……酔っぱらい……酔っぱらい? でも、これは無理があるよ。あの数字って、そう読めたっけ……。


「いや、まさかそんな……でも、とりあえず駄目もとで……4801で、酔っぱらい。いや、0をこう呼ぶのは無理が――」


 そう入力した瞬間、保管庫の扉が開き、中から小箱か落ちてきました。


 酒呑童子さん……分かりやすいような分かりにくいような、とても微妙な数字なんですけど! 無理やり伸ばして読んだら、そう読めなくもないけどさ! って、文句を言っている場合じゃないです。今の扉が開いた音で、この場にいる亰嗟のメンバー全員に、ここが気付かれてしまいました。


「おい!? あれ!」


「ふざけんな! 何であんな所にあるんだ!」


「俺達がバカみたいじゃないか!」


 まさにその通りですね。虚さんもさっき、そんな目で僕を見ていたのかと思うと、ちょっとイラッとしてきました。そんな事よりも逃げないと。


「おい! あの妖狐は誰だ!」


「誰だか知らないが、とにかく捕まえろ!」


 そう叫びながら、亰嗟の半妖さん達が追いかけて来ます。でも、そう簡単に捕ま――あっ、しまった! この『い』の保管庫の出口って何処?!

 虚さんは格好つけて去って行ったけれど、出口まで案内して欲しかったです! まさか、判断まで虚ろに? あ~もう、僕のバカ!

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