第拾肆話 【3】 茨木童子
今僕は、保管庫の出口を求め、亰嗟のメンバーから逃げています。鉢合わせになったら、尻尾をハンマーにして吹き飛ばしているけれど、正直数が多すぎます。
「はぁ……はぁ。広いですね、ここは……おっと!」
「見つけた! それをよこ――ぐぇ!」
鉢合わせた半妖は、腕にだけ妖気を感じたし、触られたら駄目だと判断した僕は、数歩下がってから、尻尾のハンマーで頭を叩いて気絶させました。1人1人はそんなに強くないけれど、やっぱり数が多いと大変です。
唯一の救いは、この保管庫があんまりややこしい迷路では無かった事です。十字の分かれ道が沢山あるだけで、気を付けていればなんとか逃げられます。
そしてもう1つ、僕が逃げている先からは、少しずつ知っている妖気が強くなっているのです。そう、酒呑童子さんの妖気をね。まだ暴れているんでしょうか……。
「この妖気の方向に行けば、出口に着けるはず」
今はとにかく、真っ直ぐに突き進むだけです。横から出て来た亰嗟のメンバーを吹き飛ばしながらね。だけど、しばらく走った後、僕の目に飛び込んできたのは壁でした。つまり行き止まり。
「えっ? 嘘? 何で!?」
僕はちゃんと、酒呑童子さんの妖気の方向に向かって走っていたのに、何で壁に?
あっ……そうか。妖気の方向に向かうだけでは駄目でした。ここの保管庫の出口が、それとは違う方向に付いていたら、全く意味が無いです。
「あぁぁ……僕のバカ」
それなら、亰嗟のメンバーを倒して出口を……と思っても、数が多いからいつかは捕まっちゃうよ。
この壁の向こうからは、酒呑童子さんだけじゃない沢山の妖気を感じるし、あの入り口のホールなのは間違いないです。
壁を突き破れたら……って、そうでした。この壁を突き破ればいいんだ。
「良し! 黒槌岩壊。術式吸収――」
そして僕は、威力の高い方のハンマーを、溜めて溜めて吸収して、それで壁を壊す事にしました。分厚くても、何回も打てば良いんです。先ずは1発目。
「おっ! しめた。行き止まりだ! もう奴は逃げられんぞ! 捕まえて、あの小箱を奪――」
「術式解放! 黒槌岩壊『極』!!」
後ろの半妖さん達の言葉は無視して、巨大になった尻尾のハンマーで、正面の壁を叩く。
「「「え~!!」」」
大きな音と一緒に、後ろの半妖の人達が叫んでいるけれど、邪魔して来ないみたいだし、無視です無視。
「バカか! 逃げ場が無いからって、ヤケを起こしやがって。ここは重要な物が保管されている場所だ。もちろんその壁も強固で、とてもじゃないがハンマーで壊せるものでは――」
「う~ん、1回じゃ突き破れなかったですか」
「おい! 普通無視するか?! とにかく捕まえ――うわぁ! なんだ?! 影が!」
大きな音を立てながら壁が崩れたので、壊せたかなと思ったけれど、向こう側とは繋がっていませんでした。だいぶ壊したのに……でも、ある程度の距離があったらどうしよう? あと2~3回でいけたら良いけれど。
それよりも、後ろがうるさかったし、このまま待ってはくれそうにないので、影の妖術で捕まえておきました。
そして僕はまた、自分の妖術を吸収していきます。
「術式解放!」
またさっきと同じ様にしながら、ハンマーで壁を叩く。今度は連続で2回。でも、まだ壁が壊れない。
「くっ……もう1回。術式解放!」
すると……。
「ぎゃぁぁあ!!」
誰かの悲鳴と共に、目の前に、沢山の赤い夕焼けの光が飛び込んで来ました。相変わらず、妖界の世界の光は慣れませんね。
だけどやっと、保管庫からホールまでの穴が開きましたよ。だいぶ疲れました……確かに、重要な保管庫の壁だけあって、かなり分厚かったです。
「な~んか音がすると思ったら、てめぇ……いったいどこから出て来てんだ?」
「酒呑童子さん! 僕を放り投げておいて、よく言えますね。はい、これ。さっき中を確認して鍵だったから、これがその反転鏡を開ける鍵でしょう?」
丁度目の前に酒呑童子さんがいたので、早速小箱を見せるけれど、あれ? 真正面に入り口があるという事は……ここって、いつも達磨百足さんが居た席? その後ろって、保管庫の壁だったんですね。あの妖怪さんは体が大きいから、分かりづらかったです。
「センター長!」
「センター長、ご無事ですか?!」
そんな中、職員の妖怪さん達が慌てています。
そういえばさっき、誰かの悲鳴が聞こえたような……僕は壁の残骸の上に乗っているけれど、更に何かに乗っている様な感覚がします。えっ、誰か潰しちゃったかな……。
「椿ちゃん。そこ、退いた方が良いかも知れないわよ」
「……えっと……」
そうは言っても、丘魔阿さんも嬉しそうじゃないですか。もしかしてだけど、今のセンター長さんの雷獣さんが、この下に? そんな都合よく壁の近くに居るなんて。
「くっくっ……いや~しかし良いタイミングだったぜ、おい」
「そうねぇ、雷獣が格好つけて技を放とうとした時に、あなたがねぇ」
僕、何てタイミングで壁をぶち破って登場したんでしょう。でもとりあえず、ジャンプして踏んでおきますね。
「えい、えい」
この妖怪は危険ですし、達磨百足さんを追い出したんですからね。
「おい、椿。気持ちは分かるが、そろそろ退いた方が良いぞ。マジで危ないからな」
「うん、分かっています」
「分かっているなら、早く退けや!!」
「おぉっと!」
下から雷が放たれて、僕の乗っている瓦礫ごと吹き飛ばしてきました。
だけど、下からの妖気が強くなっていたし、何か技が来るのが分かっていた僕は、そのまま吹き飛ばされた勢いに乗って、バク転をしながら1回転し、地面に着地しました。
「この野郎……俺を馬鹿にしやがって~」
別に馬鹿にはしていないですけど、雷獣は完全にキレてしまいました。髪も最大まで逆立ち、体中に雷を纏い、2本の尾が現れています。
「なる程な。お前等の目的はそれか……で、亰嗟の奴等も何かを探していたようだが、もしかして同じ物を狙っていたのか?」
「そういうこった。亰嗟の奴等は、自分達の力をちらつかせる事で、てめぇ等と手を組み、センターの内部に侵入し、俺が保管していた鍵を狙った。ただそれだけだ。てめぇは利用されたんだよ」
酒呑童子さんは雷獣にそう言ったけれど、相手は全く気にしていない様子です。まさか、知っていて亰嗟と? いったい何を考えているんですか……。
「だから何だ? 例え奴等が俺達を利用しようとしていても、やり返せば良いだけだ。奴等の力はたいしたもんだ。妖具の種類、その人員。それはどの組織よりも秀でている。それを全て、根こそぎ奪えば良いだけの事だ。そうすれば、奴等はもう目的を達せられない」
雷獣さん、それ……多分達成出来ていないと思いますよ。相手の事を、亰嗟を過小評価しています。いや、自分を過大評価しているのかな? どっちにしても、あなたの思い通りにはいっていない。
相手は既に保管庫を探っていた。せめてそれは阻止しないと、あなた達はその責任を負わされるよ。「人間界と妖界を反転させるのを、何故止めなかった」って言われてね。
「雷獣さん、相手は人間界と妖界を反転させる気ですよ。そんな事になったら、他の妖怪さん達から……」
「別に良いじゃないか? 何か問題があるのか? 妖怪がそれで滅ぶのか?」
駄目だ。この妖怪さんは、もう既に亰嗟の考えに染まっている! そうなると、僕の言い分なんて……でも、それでも。
両親が残したこの資料。実はこれ、表紙の文字が見えたのです。だから僕は、亰嗟の行動に焦っている。その思想に染まっていく妖怪さん達に、恐怖を感じるんだよ。
そこには、こう書かれていました。
『人間界と妖界が反転した時の「邪妖」復活の危険性』
邪妖……また聞いた事が無い言葉。だけど、今までのどの妖怪さんとも違う。何かが決定的に違う様な気がします。
下手をしたら、全ての妖怪が滅ぶかも。だから亰嗟のやろうとしている事は、容認したら駄目なんです。
それを今の妖怪センターに、雷獣さんに分からせないと!
だけど、この資料の信憑性がまだ確かじゃない以上、今は何を言っても聞き入れてくれそうにないです。それなら今は……。
「酒呑童子さん、丘魔阿さん。ここから撤退します!」
僕は酒呑童子さん達にそう言って、センターの入り口を見ます。するとそこには、既に誰かが立っていました。
しかもいきなり現れたので、その妖気に気付きませんでしたよ。とても巨大で、酒呑童子さんに並ぶ程のその妖気に。
華陽じゃない、誰?
「椿、悪いが撤退は無理そうだ。まぁ、そりゃ出て来るとは思ったぜ、茨木童子!」
茨木童子? この妖怪が、茨木童子なんですか?
「おやおや。僕の登場を予想していた。では何故、こんなに派手に暴れているんですか?」
「てめぇをとっとと引きずり出す為だ! とっくにこの場に居たんだろう? 椿が保管庫の鍵を持って来るまで、隠れて待っていたんだろ!」
茨木童子。酒呑童子さんと同じ鬼……そうだ、酒呑童子さんが前に言っていた弟子って……。
思い出しました。酒呑童子さんには、大昔に弟子が居た。4大鬼の一人、茨木童子の存在を、なんで僕は今まで失念していたのでしょう。
酒呑童子さんが話さなかったのもあるけれど、たまに見せる憂いの表情から、昔の事は触れないでおこうと思っちゃったんだ。
「椿。悪いが、お前だけでも翁の家に向かえ。こいつは、俺が相手をする。この破門にした、馬鹿弟子をな!」
「ほぉ、という事は……そちらの妖狐は、噂に聞いていた、あなたの新たな弟子。となると、私の弟弟子ですか。いや~そんな方が、目的の物を持っているなんて……しかもあなたを攫えば、私達の目的は一気に達成されます」
あっ、しまった!! 今僕は、保管庫の鍵を持っている。そして、亰嗟の狙っているものは、その保管庫の鍵と、僕の神妖の妖気じゃないですか! 僕がここで捕まったら、本当に何もかも終わりです。話の流れからして、この茨木童子さんも、亰嗟のメンバーで間違いないですね。
「くっ……」
「おや? 逃げないのですか?」
「逃げたら、腕を飛ばされそうでしたから……」
「勘が鋭い……素晴らしい」
実際、酒呑童子さんも険しい顔をしているし、丘魔阿さんも足が震えてしまっています。
ちょっと……この妖気は質が違いますよ。とても重くて、僕の体にへばりつくような、粘度の高い妖気って感じです。
「ん? そこに居るのは……半妖のまとめ役、丘ではないですか。どうしました? 捕まったのですか? それとも、そっちの味方をするのですか?」
すると、茨木童子さんは丘魔阿さんに気付き、そのまま声をかけてきます。もちろん、丘魔阿さんは動けないし、どう答えれば良いか悩んでいます。
「うっ……」
「あぁ、そっちの味方に付いたのですか。それなら、もう不要ですね」
「なっ……ちょっと待ち――!!」
たった一言で、何で簡単にその判断を?
でも次の瞬間、丘魔阿さんの首が宙に飛び、体が切り刻まれていた。そんな……ほんの一瞬で?!
「丘魔阿さん!!」
「ちっ! この野郎!」
何で……何が起きたの?! 相手は妖気を強くしていない。それなのに、あっという間に丘魔阿さんが……。
この妖怪、強すぎます。酒呑童子さんと同等です。
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