第伍話 【1】 いつもと変わらない朝
翌朝。僕は、尻尾や耳を触られている感覚で目を覚まします。まだ春休みだから、ちょっと寝過ぎました。早く学校が始まって欲しいけれど、そこはしょうが無いですね。
そしてもちろん、白狐さん黒狐さんと一緒に寝ています。
雪ちゃんも僕と寝たいみたいだったけれど、白狐さん黒狐さんに譲っていました。でも、今日あたりは雪ちゃんになりそうですね。
それでいつもの様にして、2人に尻尾やら耳やら弄られて起きたんだけどね。あのね……弄られ過ぎて、腰にきました。
「くっ、白狐さん黒狐さんの馬鹿野郎……」
『すまぬ。久々だったものだから、堪能してしまった』
『全く、白狐は加減を知らないな』
『それはお主の方だろう!』
あ~なんだろう……僕にとっては、2人のこの喧嘩も久々だから、何故か心地良いです。戻って来たって感じがします。
それでも、ずっとこのままって訳にはいかないです。2人から逃れる様にしながら、お布団から飛び出て、朝食の為に下に行こうとしたらーー
「朝からお盛んっすね~」
「椿お姉ちゃん、流石だね~それで、結婚式って上げてるの? まだなら菜々子、椿お姉ちゃんのお手伝いしたい!」
楓ちゃんと菜々子ちゃんに出くわして、色々と言われちゃいました。とりあえず2人とも、お口にチャックですよ。
「ん~ん~!!」
「んんん!!」
2人の影で口を押さえるしかなかったけれど、これ以上は喋らせませんよ。
「んんん~!! ぷはっ! 姉さん、酷いっすよ~」
「ぷはっ、え……ふぇ? あれ? 楓お姉ちゃん、すっご~い!」
えっ? 楓ちゃん、今何したの? 影が元に戻っていったんだけど。楓ちゃん、まさか妖術を……。
「ふっふ~ん。妖術『鏡映し』っすよ。姉さんの妖気と妖術を、そっくりそのまま映しとって、跳ね返して相殺したっすよ」
そう言いながら、自慢気に胸を張る楓ちゃん。
ちゃんと修行して、成長しているんだね。でも……そうやって胸を張っても、それ以上に主張してくるものが無いです。楓ちゃん、そこは成長しなかったんだ。いや、まだ成長期だから、可能性はありそうだね。
「姉さん、どこ見てるっすか?」
しまった、楓ちゃんに気付かれた。女の子同士だから良いけれど、やっぱり気になる年頃だよね。
「何でも無いよ。それよりも楓ちゃん、妖術を使ったって事は……」
「はい。自分はどんなに頑張っても妖怪なんだって、やっと受け入れたっす」
そっか……ちょっと寂しそうにしているけれど、目はしっかりと決意しています。それなら大丈夫そうだね。
だけど楓ちゃん……自分よりも強い妖気を、それで跳ね返した事が無いのでしょう? 妖気のぶつかり合った反動で、服が全部破れ散ったよ。つまり、楓ちゃんは一糸纏わぬ姿に……。
「楓お姉ちゃん……服」
「えっ? ぎゃぁぁあっす!!」
あ~あ、顔を真っ赤にしながら、自分の部屋に戻って行きました。何だか悪い事をしちゃいましたね。あとで服を買ってあげないと。
◇ ◇ ◇
その後、大広間に着いた僕は、いつもの席に着きます。
ただ、帰って来てから気になっているのが、龍花さん達4つ子の人達と、夏美お姉ちゃんが居ません。
おかしい……夜に帰って来るかなと思ったけれど、帰って来なかったのです。
「わら子ちゃん、龍花さん達は?」
「ん? 任務だよ~」
それなら良かったです。それじゃあ、あと数日程で帰って来ますね。残りは夏美お姉ちゃんだけど……。
「ただいま~」
あっ、もしかして、夏美お姉ちゃんが帰って来た? 僕が心配した丁度その時に帰って来るとは思いませんでした。
そのまま大広間に足音が近付いて来ると、相変わらずギャルっぽい格好をした夏美お姉ちゃんが入って来ました。
「お帰り、夏美お姉ちゃん。何処行ってたの?」
「椿! あんた……帰って来ていたのなら、メールくらいよこしなさいよね!」
あっ、色々やろうとしていたから、メールするのを忘れていました。
「全く……私は、杉野さんの所に行っていたのよ。通ってるの、病院にね。偶にリハビリが夜通しになったりもするから、まっ、その後に色々とね……ふふ」
とりあえずその様子だと、杉野さんも意識を取り戻したようですね。
良かったけれど、別にだからと言って、お姉ちゃんが杉野さんと付き合ったって、僕は何とも無いですよ。
僕にはもっとステキな2人がーー
「…………」
『どうした椿? 頭を抱えて』
「いや、何でも無いです。それよりもお姉ちゃん、半年もたったのに、杉野さんはまだ回復しないんですか?」
すると、お姉ちゃんはため息をつきながら席に着き、僕を見ながら話してきました。
「杉野さん、半年前のセンター襲撃時の怪我で、左脚が上手く動かせなくなったのよ。普通なら、もう2度と動かせないってレベルね」
「えっ……」
「それでも、あんたの下僕を務めるんだって、必死でリハビリしているのよ。私はそれを手伝っているの。全く……あの頑張り、妬けちゃうわよ」
それなら、学校が始まる前に病院に行って、顔を出した方が良いですね。何だかごめんなさい……。
その後、里子ちゃんが皆の朝ごはんを持って来てくれて、皆で一緒にご飯を食べていると、急におじいちゃんが僕に話しかけてきました。
「そうじゃ、椿よ。4つ子の奴等の様子を、見に行ってくれんか?」
「ん? どうして? あの人達ならーー」
「いや、それがの……あの4つ子にしては珍しく、1週間程かかっとるんじゃ。少し不安になってきての。何せ、センターでちゃんと受注した場合、難易度Sが付く程のものじゃからな」
それで、4つ子の人達全員で行っているのに、1週間もかかっているんですね。確かにそれは心配です……。
だけど、その任務の中身にもよるけれど、僕が行って力になれるかなぁ。
「でもおじいちゃん、あの4人は結構強いですから、僕が行っても邪魔にーーはっ?!」
朝ごはんを食べながら、おじいちゃんの話を聞いていたのに、いきなり僕の後ろに現れて、そのまま胸を触ろうと手を伸ばして来ないでください。酒呑童子さん!
その場で飛び上がって回避したけれど、真上の天井にも仕掛けがあるよね。と、そう思っていたら、何だかネバネバした物が落ちて来ました。でもそんなもの、お箸で散らしておきます。
「酒呑童子さん、修行は続行なんーーきゃぅっ?!」
「当然だろう~はい、アウト~」
い、いたた……後ろから何が飛んで来たのかと思ったら、酒呑童子さんが、いつの間にか石を投げていました。しかも、また跳弾で僕の頭に。もう……。
『酒呑童子! 貴様……椿になにを!』
『椿に攻撃しやがって、何のつもりだ!』
待って待って、白狐さん黒狐さん。修行って言いましたよね? 酒呑童子さんを怒らないで下さい。
だけど白狐さんは、咄嗟に酒呑童子さんの胸ぐらを掴んでいて、もう遅かったです。
「あぁ? 修行って聞こえなかったかぁ? これも修行なんだよ。いつ如何なる時でも、油断しないようにってなぁ。それを何だぁ、お前等は。そぉ~んなに、可愛い嫁が大事か? 甘やかしてぇのか? それで椿は、何を失ったんだぁ?」
『ぬぅ……』
『しかし、俺達が……』
「守れてねぇから言ってるんだろうがよ。椿の事も考えずに、嫁だなんだと、可愛いだなんだとよぉ。虫酸が走るわ、てめぇら」
あぁ、遂に2人が黙っちゃいました。
だけど、これ以上ギクシャクされても困るし、僕が説明していないのが駄目だったんです。
そして僕は、白狐さん黒狐さんと酒呑童子さんの間に入り、その喧嘩を止めます。
「3人とも、喧嘩しないで下さい。2人に説明していなかったから、僕が悪いんです」
「説明したろうが。修行をしていたってよ。それで勝手にーーんぁ? はぁ……まぁ良い。とにかく、これからも気は緩めるなよ」
酒呑童子さんは、しっかりと目を合わせて意見を言うと、簡単に折れますよね。こういう目をした人と言い合うのが、面倒くさいのかな。
「白狐さん黒狐さん、ありがとう。僕を心配してくれて。だけど、これは僕が望んだ事だし、まだまだ修行をしないといけないみたいだから、僕は頑張るよ。でもね、こういう時ってさ、良い旦那さんだったら、否定するんじゃなくて、温かく見守ると思うけど?」
最後のは、ちょっとだけ卑怯だったかな?
だけど2人とも、凄い悩んだ表情をしながら、それもその通りだって感じで、自分の主張と僕の主張、どっちを優先しようかと葛藤しています。
『ぬぅ、分かった……お主が望んだ事なら、何も言わん』
『そうだな。しかし、自分から強くなろうとするとは……成長したな、椿よ』
『そうだな……色々とな』
それをね、僕の胸を見ながら言わないで欲しかったです。2人は変わっていないです……。
「あのさ……どうせなら、白狐さん黒狐さんも一緒に修行する? 精神修行とかさ。僕は朝ごはんが終わってから、いつもやっているんだ。一緒にやろうよ」
『ぬっ? いや、我々には……』
「ね? そうしないとーー潰すよ?」
『『やらせて頂きます』』
もういつでも影の妖術を発動出来るし、それで白狐さん黒狐さんの影を操って、丁度下半身の所に影の手を持っていくだけで、どうするか分かってくれましたね。
「椿、あんた……もう白狐と黒狐を尻に敷いて……」
「はっはっ! これは良い嫁になる。椿、大丈夫だ。お前さんは強くなっておる。ぜひ、4つ子の援護に向かって来れんか? あいつ等も喜ぶだろう」
美亜ちゃん、尻に敷いては居ません。僕はちょっと注意したのと、提案をしただけです。
それにおじいちゃんも、何か誤解していそうですね。だけど、別に良いです。おじいちゃんがそこまで言うなら、援護に向かいますね。
それに僕も、龍花さん達に早く会いたいですからね。
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