僕、妖狐になっちゃいました

第拾漆話 【１】 戦いの行方は

　玄空は、僕の攻撃を受けたはず。それなのに、降参するつもりが無い。それどころか、何か気合を入れ始めましたよ。

「ぬぬぬぬ……」

　これって、まさか……。

「ぬぅん！！」

「わぁっ！？　僕の黒焔を吹き飛ばした？！」

「くそ！　化け物が！」

　本当に化け物ですよ。普通の人間に出来る芸当じゃない。この人、どうやったら倒せるの。

　すると今度は、僕達の前に峰空が飛ばされて来ました。

「きゃぁっ？！　痛いわねぇ……ちょっと、何よこの子。急に攻撃のキレが良くなってない？」

「当然よ！　私だって、椿ちゃんの助けになりたいの！」

　なんとカナちゃんが、峰空を殴って吹き飛ばしていました。

　蔦から解放された後、カナちゃんは凄いやる気満々だったからね。でも、暴走だけは気を付けて下さいね。

「むぅ……栄空、準備は？　栄空？」

　どうやら、相手は何かを狙っているみたいだけれど、その栄空は黒狐さんの妖術に翻弄されていて、それどころじゃないようですよ。

「くっ……厄介な」

『どうした！　お前の術の数は、その程度か！？』

　こっちは、戦闘開始から黒狐さんが押しているし、姿を隠していた時も、黒狐さんは位置を把握していたみたいで、栄空が姿を現した瞬間、奇襲をしていましたね。

「はっ……？！　馬鹿なぁぁぁあ！！」

　あっ、黒狐さんが雷の槍みたいな物を出現させて、それで栄空を貫きました。というより、黒狐さんが自由自在に操っていたので、今のは避けようが無かったんじゃないかな。

「…………」

「さて、玄空。状況は俺達の方が有利になっているぞ。これでも、お前達はまだ――うっ！」

「ひっ！」

　今一瞬で、その場が凍り付きました。

　それくらい玄空の怒りの顔が、物凄く恐いのです。それに、湯口先輩も動けなくなっています。

　そしてそれは、皆を守ろうとしている雪ちゃんも、気合を入れて戦っているカナちゃんも、全く動けなくなってしまっていて、白狐さん黒狐さんも一瞬だけ、足を止めてしまう程でした。

「あ～ちょっと、玄空。怒りは抑えた方が――っ！」

「黙れ。貴様等が滑稽にやられすぎなのだ。いい加減、遊ぶのは止めよ」

　玄空のこの言い方。玄空が、この４人のトップで間違いないですね。実力で考えたら、それは当然かも知れません。

　それに、遊び？　いったいどういう事なの？　まさか……今までのは全部、本気じゃなかったのですか？　嘘でしょう。

「残念だけど、遊んでなんかないわ。至って真剣よ……」

「そうか。それならもっと真剣になれ！」

「もう……って、ちょっと！　危ないわねぇ」

　峰空が文句を言っている間に、カナちゃんが燃える爪で攻撃しましたね。

　相手は真剣だったようで、そこは一安心だけど……カナちゃん、その技は大丈夫なのですか？　かなり妖気を使っているけど。

「だから、余所見をし過ぎだ！」

「今だ！　術式解放！　黒槌土塊（極）！！」

「ぬぉっ！？　おぉぉぉお！！」

　余所見というか、僕が術式吸収する時間をくれて、どうもありがとうって感じです。ちゃんと溜めておけたから、遠慮なくその巨大なハンマーで、相手を叩き潰しました。

　パンチをして来ても無駄でしたね、僕が振り払ったら、そのまま吹っ飛んでいきました。

「えっ、嘘でしょう？！　玄空！」

「今度はそっちが余所見ね。私の火車輪を馬鹿にしたら、こうなるのよ！！」

　すると、それに驚いた峰空が、カナちゃんから視線を外しました。そして、それを見逃さないカナちゃんではないです。

　火車輪を大きく広げ、巨大な輪にすると同時に、その輪の中から大量の火柱が出て来て、渦を巻くようにしながら、峰空へと襲いかかっていきます。

「火車天輪（かしゃてんりん）！！」

「ちょっ……嘘！　なにそれぇ！？　きゃぁぁぁぁあ！！」

　カナちゃんの放った炎の渦は、そのまま峰空の身体を包み、死なない程度に焼きました。

　良かった……相手が消し炭になったら、またカナちゃんが自分を責めちゃうよ。ちゃんと制御出来ているみたいです。

「ふぅ、ぶっつけ本番なのに、制御出来て良かった～」

「カナちゃん、ちょっと……」

　まさかぶっつけ本番だなんて、消し炭になっていたらどうしてたの？　結果オーライだけどさ。

「あっ、ごめんね。でも、分かっているよ。今なら出来るかな～って思ってね。そうだ！　美亜ちゃん、もう呪術良いから！」

　逃げたねカナちゃん。まぁ、良いです。おじいちゃんの家に帰ったら、ちゃんと言わないとね。

　そして、カナちゃんのその言葉が聞こえたのか、屋上に居る美亜ちゃんが、何かブツブツ言いながら、再び手をグラウンドにかざしました。

　すると、あれだけ禍々しかった大量の木々が、徐々に地面に戻っていきます。呪術を解くと、簡単に戻るんですね。それならそうと、言っておいて欲しかったかな。予想出来たとしても、不安はありましたからね。

「全く……やっと終わったわね。あ～疲れた」

　全ての木々を引っ込め、樹海だったその場所を、元のグラウンドの状態に戻すと、美亜ちゃんが屋上から、軽やかに飛び降りて来ました。流石は猫ですね。校舎の出っ張りとかを使って速度を緩め、難なく着地出来るようにするなんて。

「あっ、そうだ！　校長先生とか探さないと！」

　戦いが終わり、グラウンドに倒れる滅幻宗の人々を見て、カナちゃんは安心したのか、そう言ってきました。

「そうだな。俺はこいつらを縛っとく。お前達は、北校舎を探せ」

　先輩はそう言いながら、ゆっくりと４人に近付いて行く。だけど、何だか嫌な予感がする僕は、先輩の後に着いて行いきます。

『まぁ、待て。お主は行かなくて良い』

「キャン！　だから、尻尾引っ張らないで！」

　いつの間にか僕の後ろに居た白狐さんが、僕の尻尾を掴んで来ました。

『お前は半妖の奴等を、その２人と一緒に探せ。生徒達は、俺達が安全な場所に連れて行く。それに、そろそろ翁達が来る頃だろうしな』

　そう言えば、おじいちゃんに増援を頼んだって言っていたよね。だけど、来るにしてもちょっと遅すぎるような……。

『なにを心配そうな顔をしている？　大丈夫だ。我々の渾身の一撃を受けた人間が、ただで済むはずがあるまい。今回は特に、お主が頑張ってくれた。あんな戦い方をするなんて、正直驚いたぞ』

　白狐さんはそう言うと、優しく僕の頭を撫でて来ました。白狐さん……このタイミングは卑怯ですよ。顔が綻んじゃいます。

「てへへ……」

　あっ、ほら。ついこんな声まで出しちゃいましたよ。恥ずかしい……。　

「香苗。早く半妖の人達と、先生達を探しに行くよ。椿は、白狐と黒狐に癒されといて」

　あれ？　雪ちゃんが拗ねてる？　何故か不機嫌そうな顔をしながら、カナちゃんを呼びに来ましたよ。

「その心配はご無用！！」

　すると今度は、グラウンドの入り口の方から、聞きたかったような聞きたくなかったような、そんな人の声が聞こえて来ました。

「僕達は無事だ！　心配をかけたようだが、襲撃の際にいち早く動いて――ムググ！」

「変態は黙っていて下さい」

　とりあえずうるさいので、影の妖術で口を塞ぎました。

　そう、グラウンドの入り口に居たのは、学校に居る半妖の人達と、校長先生に他の先生達の姿でした。

　更には警察まで到着していて、先生達が警察の人達に、事情を説明していましたよ。

　無事で良かったとは思うけれどね、グラウンドに響き渡る様にして叫んでいたら、あなたの優等生のイメージが崩れますよ。

「まぁ、そういう事だ。悪かったね。敵に気付かれ無いようにしていたら、時間がかかってしまったよ」

　本当ですよ。せめて、無事なら無事と言っておいて欲しかったですね。

　だけど次の瞬間、先輩の苦しそうな叫び声と共に、生徒の皆がざわめき始めました。

「がっ……ちく、しょ……」

「さて、帰るぞ。バカ息子」

　なんと、玄空が再び立ち上がり、先輩の鳩尾に一撃を入れていた。

　駄目だ、先輩が連れて行かれる。

「先輩！！」

『いかん！　待て、椿！！』

　だけど僕は、白狐さんの声を無視して、先輩の元へと走り出す。

「もう遅い。邪魔な樹海もようやく消えた。さぁ、始めよ！」

「はいはい～」

「了解～！」

「言われなくても……」

　すると、僕の周りをいつの間にか、他の３人が取り囲んでいて、手に札を持ちながら、何かを唱えていました。

【椿！　戻りなさい！！】

「でも……先輩が！　それに、玄空に首輪まで取られた！」

【諦めろ！！　今は、あんたが逃げる方が――】

　妲己さんはそう言うけれど、このままだと先輩が、洗脳か何かでもされて、また敵に……それだけは、それだけは嫌なんだ。だから、何としても……。

「馬鹿めが……四空結界（しくうけっかい）！！」

　その時、目の前の玄空が叫ぶと、僕の足元が光り出し、見えない何かで身体を締め付けられました。

「ぎゃぅっ？！」

『椿！！』

『駄目だ、白狐！　強力な結界術だ！　椿の近くに行けないぞ！』

　嘘、でしょう……白狐さん黒狐さんでも入れない結界？

　痛みで大変だけど、確かに良く見たら、僕の周りを光の壁が囲んでいて、完全に相手の術に捕まってしまっていました。

　めちゃくちゃ痛いです……。

　だけどなんで……？　何で僕達の攻撃を受けて、敵は平然としているんですか？　まるでダメージが無いみたいですよ。

「当たり前です。何故なら、この私の見えない盾が、彼等を守っていたからですよ。椿（・）様（・）」

「えっ？」

　そして更に、僕は信じられないものを見ました。

　嘘だよね。嘘だって言ってよ……何で、何であなたが。

　緑のリボンを付けた、ポニーテールの長髪。脇に抱えていたのは、わら子ちゃん。

「玄葉さん……なん、で……」

　そこには、わら子ちゃんを守る４つ子の守護神の１人、玄武の力を使う玄葉さんが立って居ました。