第弐拾話 甘えたモード

 洋館から出る前に、僕は白狐さん黒狐さんに連絡をして、楓ちゃんを救出して貰いました。あのままじゃ危なかったからね。


 ついでに、亰嗟の人は逃げていました。

 増援の妖怪達がそこに行った時には、もう既に居なかったようなのです。どうやって逃げたの? 油断していた僕達が悪いのですが、大物を逃がしてしまった気がします。


 そして、全員が洋館の外に出た瞬間、地下から爆発音が響き、同時に洋館全体に火が回りました。

 多分美亜ちゃんのお母さんが、洋館に何か仕掛けをしていたのでしょう。こんなに一気に火が回るのはおかしいですよ。


「姉さん。あのままだと、自分蒸し焼きになってたっすよ」


「ごめんごめん。でも、それだけ任務が危ないんだって分かったでしょう?」


 僕の言葉に、楓ちゃんは激しく頷いています。その仕草が何だか可愛いので、今回は許してあげましょう。


 そして……。


「美亜ちゃん、大丈夫?」


 燃え盛る洋館の前に、1人佇む美亜ちゃん。


 センターからは、既に消火部隊が来ていて、水を出せる妖怪さん達が、一生懸命消火活動をしているけれど、火の勢いが強くて一切弱まりそうにないですよ。


「…………」


 真っ赤な妖界の空に、高く舞い上がる火柱。その赤い炎に美亜ちゃんが照らされているけれど、後ろからだと、どんな表情をしているかは分からないです。


 でも、美亜ちゃんは今、大切なものを沢山失った。


 僕の後ろでは、美瑠ちゃんが酒呑童子さんに引っ付いて、わんわん泣き叫んでいる。本当は、美亜ちゃんも泣きたいんだと思う。だって美亜ちゃんの体が、何かを我慢するかの様にして震えているんだもん。


 だけど次の瞬間、美亜ちゃんがこっちを向いたと思うと、一瞬で僕の胸に顔を押し当ててきました。


「美亜ちゃん……」


「ごめん……ちょっとだけ、胸貸して」


「うん……」


 こんな時、何て声をかけたら良いか分からない。だから、ただ優しく震える美亜ちゃんを、僕はソッと抱き締めた。


 いっぱい泣いたら良いんだよ、美亜ちゃん。


『椿、今回はお主なりに頑張ったな』


『また暴走したらしいが、中の妲己が居る限り、その状態に戻れるようだな。しかし、それもいつまで持つか……』


「黒狐さん。分かっています」


 だけどね、白狐さん黒狐さん。今はちょっと、美亜ちゃんに集中させて欲しいかな。


 でも、いつの間にか僕の周りには、美亜ちゃんの2人のお兄さんに、センター長の達磨百足さん、それにおじいちゃんといったように、色んな妖怪さんが集まって来ちゃいました。


 そして、僕に話しかけるのでは無く、周りで会話を始めちゃいました。


「さて……美海と言う者は、白狐のお陰で一命を取り留めたようだが、あいつは妖草の斡旋や、販売までやっていたからな、実刑は免れん。あとは、お前達3人だが……少し話を聞かせて貰うぞ。判断はそれからだ」


「分かった」


「りょ~かい」


 センター長がそう言ってくるけれど、美瑠ちゃんはまだ泣いているので、返事が出来ませんね。

 美亜ちゃんも、事情を聞くどころでは無いです。嗚咽しているようだし、号泣しているのは見て分かります。声を上げて泣いても良いのに。


「あっ……そう言えば。美亜ちゃんのお兄さん達は、割と平気そうですね」


 ちょっとだけ気になったので、それも聞いてみました。親が死んだというのに、何で平気なんでしょう。


「俺達は、母親が違っててね。で、その母親も、ここにはもう住んでいないんだ」


「そういう事。それに、あんな奴を父親とは思っていなかったしね。子供を自分の都合の良い道具としてしか見ていない、あんな最低な奴なんかね」


 そうはいってもと思ったけれど、お兄さん2人は結構しっかりしているし、自分の中で既に処理しているんだと思う。


「して、センター長。逃がした亰嗟の方はどうなっておる?」


「逃走用の妖具で、完全に逃げられた。酒呑童子にやられたというのに、復活が早い。これは予想外だ。何か他にも、沢山の妖具を使ったかも知れん」


 センター長とおじいちゃんの会話を聞いていると、気が滅入ってきます。そんな奴が僕を狙っ……て、あれ? 何だかおかしいな。


「そういえば最近、亰嗟の人達が僕を攫おうとして来ないんだけど」


『それは、お主が強くなったからじゃ。おいそれと攫えなくなったんじゃろう?』


 あぁ、そういう事ですか。何だか納得です。だけど、油断は出来ませんね。


 そしてその後は、色々と大変でした。


 零課の人達がやって来て、僕や酒呑童子さん等、今回の事に関わった妖怪さん達に、事情を聞きまくっていました。

 僕には当然、杉野さんが付いたんですけどね。

 美亜ちゃんが泣き止むまで待って貰っていたので、悪い事をしたかなと思ったけれど、首輪着けようとしてました。止めたけど。ふざけている場合では無いんだよね。


 その後、取り調べとかが色々と終わり、おじいちゃんの家に帰り着いた時には、既に辺りは真っ暗になっていました。


 そして家に帰ると、美亜ちゃんは里子ちゃんからの、熱烈なお帰りのハグをされていました。美亜ちゃん、思い切り里子ちゃんの腕をタップしていましたね。

 そして一言「ごめん」とだけ言って、急いで部屋に駆け込んじゃいました。


 これはしばらく、1人にして上げた方が良いですね。


 それから、里子ちゃんが用意した豪華な食事を楽しみ、お風呂にも入り、僕は今日一日の疲れを取ると、自分の部屋に向かう。


 すると何故か、美亜ちゃんが僕の布団に潜っていました。


「えっ、ちょっと美亜ちゃん?!」


「あら、何よ? 一緒に寝てくれるんじゃないの?」


 えっ? あれ断られたと思ったんだけど。いつもの美亜ちゃんの強がりだったのかな。


 美亜ちゃんは、いつの間にか寝間着に着替えていたし、少しシャンプーの匂いもするので、僕達がご飯を食べている間に、お風呂に入っていたんですね。ご飯は、僕達がお風呂の時ですか。


「しょうが無いですね。ごめんね、白狐さん黒狐さん。今日は、美亜ちゃんと2人にさせて」


『むっ、そうだな。今日は仕方が無い』


『美亜、良いか? 特別に椿を貸してやる。存分に癒やされておけ』


 そう言って、2人は別の部屋へと向かいました。

 白狐さん達とはいつも一緒だから、こういうのも新鮮で、ちょっとドキドキします。


「美亜ちゃん。いきなりの事だから、急に切り替えるのは無理だと思うよ。だからさ、今はたっぷりと落ち込んでいたら良いよ」


 僕は、既に美亜ちゃんがいる布団に潜り、そう言いながら美亜ちゃんの頭を撫でて上げた。


「ふみゅ……分かってるわよ、そんな事」


 あれ? 今の声は何ですか? ちょ、ちょっと美亜ちゃん……しおらしい美亜ちゃんは、何だか、その、凄く……。


「ふみゅ……ん~もっと撫でて」


 美亜ちゃん?! えっ? あれ? 無理しないでとは言ったけれど、何だか美亜ちゃんらしくないよ。


「ちょっと椿、もっと尻尾こっちに寄せてよ。あんたの尻尾、触り心地最高なんだから」


「あっ、うん。良いよ」


 美亜ちゃんのリクエスト通り、自分の尻尾を美亜ちゃんの横に持っていきます。

 すると、すかさず美亜ちゃんが僕の尻尾に手を伸ばし、触ったり匂いを嗅いだり、抱き枕の様にしたりと……って、やっぱりおかしい。


 本当に何なの……美亜ちゃんのこの甘えたモードは。

 僕、何だかドキドキ――なんかしていない! 美亜ちゃんの事が可愛いくて、彼女にしたい――なんて思ってないからね! 消えて下さい。僕の中の、男の邪な欲望なんか。


「うみゅ……うっ、ぐす……お母さん。何で、何であんな事を……う、うぅ、うぅぅ」


「美亜ちゃん……」


 駄目です。美亜ちゃんがこんな状態なんだから、変な気持ちや感情を持ったら駄目なんだよ。

 駄目なのに、しおらしく甘えてくる美亜ちゃんが可愛すぎて、僕は自分の中の男の心を抑え込むのに、必死になっていました。


「みゅぅぅ……グスッ、うぅぅ」


 そして、僕の尻尾を抱き締める様にしながらだから、その感覚に悶えてしまいそうなのも、必死に我慢しています。

 仕方無いの、仕方無いんだよ。美亜ちゃんはそこまで、心に傷を負ったんだから。僕が、支えて上げないといけな――


「はぁ~良いわ椿、あんたのその顔。ふふ、たまにはこういう責め方も有りなのね」


「美・亜ちゃ~ん?」


 人が真剣に心配していたのに、また僕をからかっていたのですか? いや……でも、この涙は本物だし、泣いていたのは本当だよね。


「まぁ良いから、ちょっとあんたの尻尾貸しなさい。落ち着くのよね、これ。ふぅ……」


 落ち着くのならしょうが無いけれど、程々にして下さいね、美亜ちゃん。


「椿、ありがとう……」


「うん……」


 それから後は、美亜ちゃんが静かになったので、僕もゆっくりと目を閉じて、疲れからくる眠気に身を任せ、眠りについた。

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