番外編 其ノ弐 椿の花香

「やれやれ、やっと泣き疲れて寝やがったか……」


 両親が亡くなり、ひたすら俺に引っ付き、わんわん泣いていた美瑠を寝かし付け、縁側でひょうたんに入った酒を飲む。


 このひょうたんも妖具でな。中に入れた酒が減らないという、俺にとっては優れ物よ。


 俺は子供は嫌いでは無いが、流石にあそこまで泣かれるとな……まぁ、将来は美人になりそうだし、先行投資というかな、恩を売っておけば将来……おっと、いけね。


『酒呑童子よ、今良いか?』


『少し、お前に聞きたい事がある』


 俺の後ろから、白狐と黒狐が話しかけてきやがった。

 危ねぇ危ねぇ、あのまま想像し続けていたら、またこいつ等に殴られる所だった。


 それよりも、今日は嫁の所で寝なくても良いのか? 全く、あんな上物を嫁にするとは、こいつらも隅に置けない奴等だ。


 しかし、俺に話とは何だろうな。こいつらは、俺にあんまり良い印象を持って無いんだが。


「手短に頼むぜ」


 聞くだけは聞いておいてやるが、嫌な予感しかしねぇ。


『亰嗟の事についてだ』


 ほらな。こいつ等が俺にする話と言えば、常にこれよ。面倒くせぇ……。


 俺は不機嫌な態度をとりながら、ひょうたんの酒を飲む。どんだけ飲んでも酔わない。酒呑童子の名は伊達じゃねぇんだよ。

 得意の酔拳を使う時は酔うけどな、そうしないと使えない技だ。


『おい、いい加減にしろ! のらりくらりと話をはぐらかしてばかりで、お前は味方なのか敵なのか、いったいどっちだ!』


 黒狐がやたらとうるせぇ。

 敵か味方か? そんなの、ハッキリと決めなきゃいけないのかよ。


「ふん。俺はどっちでもねぇよ」


『ほぉ……そうか。それならば、ここで我等に殺されても文句は無いと言う事じゃな?』


「おおっと! 怖ぇな、全く。俺はな、自分でやらかした事の清算をする為に行動しているんだよ。誰かの為とか、そんなくだらない思いで動いているんじゃねぇよ!」


 そうだ。俺は昔、やらかしてしまったんだ。そして、半妖の奴等に迷惑をかけてしまった事に対しての、俺なりの償いをしようとしているだけさ。


 それなのに、白狐は容赦なく攻撃してきやがったな。そういうぶれない所が、こいつ等の良い所なんだろうな。


 ただ、この2人に狙われたら面倒くせぇ。早々にこの場を後にするか。


『おい、待たぬか! 話はまだ……!』


『くそ……相変わらず逃げる事だけは一級品だな』


 好きなだけ言っておけ。俺は馴れ合う気はねぇ。


 ―― ―― ――


 俺は、力だけで言えば誰にも負けるつもりは無い。今日みたいに、呪いをかけられたら話は別だがな。


 あぁ、そうだ。あの狐の嫁と、猫のメスガキ……俺にあんな屈辱を味わせるとはな。

 だが、俺はもう長い年月を生きている妖怪だ、あれくらいでやり返そうとは思わない。


 で、今俺がどこで酒を飲んでいるかと言うと、御所内部の建物、その屋根の上よ。

 普通なら警報が鳴るような場所なんだが、俺達妖怪にそんなものは関係無い。


 御所は良いぜ。昼間は影が無くて暑いが、周りに余計な建物が無いから、風通しは良い。風がある日は、良い涼み場になるんだよ。


 周りは砂利道で、時折ランニングしている奴もいるし、家路への近道にと、ここを通り抜ける奴もいる。何の目的なのか分からないが、ただウロウロしている奴もいるが、俺のお気に入りの場所だ。


 ここでたまに酒を飲むのは、それだけじゃねぇがな。


 この場所、もちろん妖界にも存在するんだわ。そこには昔、妖界の王とやらが住んでいたのだが、今はいねぇ。


 それでだ……その場所が実は、俺が亰嗟を作った時の、本拠地にしていた場所なんだわ。

 今はもう、そこは亰嗟の本拠地では無いがな。別の場所に移りやがった。


 いや……もしかしたら、俺が何か見落としているだけかも知れねぇがな。何故なら……。


「おや、こんな所で1人酒盛りとは。相変わらずですね、酒呑童子さん」


 後ろに、俺が探していた本命が現れやがったからな。


「や~っと来やがったか。てめぇとは、差しで話してぇと思ってたんだよ。茨木童子いばらきどうじ


 相変わらず端正な顔立ちだな。しかも、俺を懲らしめた源頼光みなもとのよりみつと、全く同じ格好をしやがって。


 しかし、音も無く俺の後ろに立つとは、腕は落ちてねぇってことか。そして、襲う気は無いようだな。まぁ、襲って来た瞬間に返り討ちにするが。


 茨木童子は、俺の舎弟だった奴だ。今は袂を分かっている。


 こいつが、今の亰嗟のトップだ。


「僕に話とは、何でしょうか?」


「ここでとぼけるか、おい……」


 ニコニコした笑顔で、俺の隣に座るとはな。いったい何を考えていやがるんだ。


「最近の亰嗟の行動は目に余る。いったい、何が目的だ?」


 ムカつく笑顔を振りまくそいつを睨み、俺はそう言い放った。


「目的? そんなの、あなたがやろうとしていた事を、受け継いでいるだけですよ」


「おいこら、俺のひょうたんの酒を勝手に飲むな。誰が飲んで良いつった!」


 それでも飲むのを止めねぇか。それならあとは、問い詰めるだけだ。


「ふざけんな。俺がやろうとしていた事は、人間を怖がらせ、妖怪の存在を安定させる為だ。そのついでに、半妖どもの居場所も作ろうとしたいた。その為に、大江山で暴れていたんだ。あそこはな、半妖どもの隠れ家にはぴったりだったんだ」


「だけど、失敗した。しかも人間に厳命げんめいされ、大人しくなるなんて。あなたらしくない」


「ふん……」


 茨木童子からひょうたんを奪い返し、そのまま酒を一気に胃に流し込む。いちいちあの時の事を引っ張り出しやがって、不愉快だ。


「あ~なんだ。てめぇらは、妖怪の世界が永遠に続けば良いと、そう思ってんのか? あぁ?」


「えぇ、そうで――」


「同じ妖怪を犠牲にしてもか?」


「…………」


「お~お~ようやく顔付きが変わったな」


 いったい何を企んでいるのやら。ついでだ、その化けの皮を剥いでやるよ。


「ふむ……全ての部下の行動を、僕は把握しきれていないのでね。少し、過激な者も居るようですが、まぁ些細な事です。大事の前には、それさえもほんの小さな出来事でしか無いのですよ」


「言ってくれるじゃねぇか。その大事とやらは、よっぱどなんだろうな?」


 俺がやってきた時は、どんな事でも小さな事だと放ったりはしなかった。

 同じ妖怪が犠牲になっているんだ。それは些細な事にはならねぇはずだが? それでいて、俺の意志を受け継いでいるだ? ふざけんな。


「だからてめぇとは、袂を分かったんだよ。同じ妖怪を犠牲にしてまで、妖怪の為の世界なんて出来る訳ねぇだろ!」


「おや? それもあなたらしくない。あなたなら、そんな事は気にするなと、そう言いそうなものを……」


 ふん、嫌な事を言ってくる。組織を作る前の俺ならそうだったろうな。


「あれから、どれだけの年月が経っていると思ってんだ」


「そのようですね。悲しい事です。出来たら、再び亰嗟に戻って欲しかったのですが……」


「無理に決まってんだろ? あぁ? 寝言は寝てから言え。それとも、寝かして欲しいのか? 永眠という名の眠りによ」


 すると、俺の言葉を聞いた茨木童子は、器の酒を全て飲み干し、それを放り投げると、いきなり立ち上がり、懐の刀を抜いた。

 こいつも酒は強い方だ。俺の舎弟だったから当然だが、今はもう元舎弟とすら思ってねぇ。


 それだけ、こいつは腐っちまった。


 何があったかは知らねぇが、今のこいつと仲良しこよしなんて、翁の所の妖怪達以上に無理だ。


「目的を達成するには、組織を巨大にする必要がある。その為にはお金が要ります。『手段は選ぶな』そのあなたの教えの元やっているというのに、それを否定するのですか?」


「だから俺はな、昔の俺のやった事に、償いをしなきゃならねぇんだ。てめぇらを潰してな」


 そして俺も立ち上がり、酒呑童子と向き合う。

 その周りにだけ風が吹き荒れ、ざわついてやがる。まるで、いつ爆風が起きてもおかしく無いぐらいにな。


「悲しい。本当に悲しいですよ……もう直ぐ、アレを見つけ出せるというのに」


「何?!」


「隙あり」


「くっ……!」


 あっぶねぇな、この野郎! 俺の隙を作る為に、嘘を……いや、嘘を言っている目じゃねぇな。


 俺の肩を貫こうと、茨木童子が刀を突き出したが、咄嗟に避けた。酔ってなければ避けられなかったな。


「相変わらず、ムカつく技ですね」


「それはどう、も!」


 とりあえず、逃げられないように相手の腕を掴み、思い切り投げ飛ばしたが、難なく下に着地か……ったく、腕が鈍っていないどころか、少し強くなりやがったか。


「ちっ……まぁ、良い。今日は話をしようと思っていただけだ。それにな、アレは俺の持っている鍵が無いと、開けられ無いからな。何もかもを反転させる妖具、反転鏡はんてんきょう。お前等には渡さねぇよ」


「ほぉ……あなたが持っていましたか。では、その反転鏡に必要な『天』の神妖の力を持った妖狐。確か、あなたの傍に居ましたよね? ついでに一緒に頂くとしましょうか」


「やっぱりな。あいつを狙っていたのは、そのためか」


 下に落とした茨木童子を睨み付け、ついでに威嚇してみるが、これくらいで退いたら苦労はしねぇな。


「あいつは手強い奴等に守られているぜ。俺も含めてだがな」


「そのようですね。というか、どういう風の吹き回しですか? あなたが、誰かを守るなんて」


 何を笑っていやがる。それがおかしいかよ。いや、おかしいか。こんな事を言うつもりでは無かったんだがな。


「椿の花の香りにやられたかね……」


 とりあえず、奴に聞こえ無いようにそう呟くが……。


「椿の花の香り……? ふっ……くっ、あっ、あははは! 何ですか、それは。あなたはいつから詩人になったんですか?」


「うるせぇ!!」


 聞こえてやがった! ゲラゲラ笑いやがって……この野郎。


「なるほど。殆ど気付か無いほどの、控えな香り。椿の花の香りは、恐ろしいものですね。いやはや、興が削がれました。今日は退散させて頂きます」


 そう言うや否や、茨木童子はその場からあっという間に飛び立ち、そして姿を消した。


「――ですが、必ず手に入れてみせますよ、全てね。その為の戦力増強なら、どんな手段でも選びません。覚悟していて下さい」


 余計な言葉を残して行きやがったが、そんなもので今更怯むわけ無いだろう。俺も、あいつ等もな。


 おっと、いけね。飲み過ぎたか。それか、あの野郎のせいで酒が不味くなって、悪酔いしたかねぇ。


「ふぅ……頼光。てめぇは言ったよな。『生きとし生けるものは皆、存外悪くは無い。信じてみよ』ってよ。俺は未だに、それが分かんねぇよ。でもよ……馬鹿みたいに人を、妖怪を信じる奴は居るな。そいつを見てたら、何か分かるんかねぇ」


 駄目だな、本当に飲み過ぎたようだな。さっきの物音で、ここに人が集まる前に、退散でもすっか。


 そうそう、源頼光だが。化け物退治で有名だろうが、奴は奴なりの信念があった。よっぽど悪い事をしている奴しか、退治しない。そして必ず、先ずは改心させようとする。


 化け物にも心はあるんだと、そう信じて疑わない奴だった。


「茨木童子……お前もそいつに会っていれば、何か違っていたと思うぜ。まぁ、その頼光の弟子に勝っちまったお前だ、俺と同じになるとは限らんな」


 酒を飲みながら、俺はつまみを探しに歩き出した。

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