第拾玖話 【1】 諦めない敗北者
目の前の無なる者は、もう戦えないはずです。
残りは、倒したはずだけれど意識が戻り、何か悪足掻きをしようとしている負なる者、そいつを完全に滅しておきたいのですが、美亜の父親でしたっけ? 手が出しづらいですね。
「それでも、逃がしませんよ」
「ぬぅ……くそ。何なんだ、貴様は。あいつにこんな味方がいたなんて、信じられん……」
「あら、それは貴方が娘を
今だって、瀕死の重傷を負っているはずの娘1人を無視して、妖草のある場所に行こうとしているでしょう? そんな人には、運命の女神だって愛想を尽かしますよ。
「くっ……!」
「無駄な抵抗です。今の私には、呪術なんて一切効きませんよ。美亜、私が押さえているので、縄で縛っておいて下さい。本当は滅したい所ですが、あなたの父親ですからね」
「あっ、わ……分かったわ」
必死に睨み付けたり、私に手を向けたりと、色々な呪術を試しているようですが、それこそ無駄ですよ。
それにしても……美亜はまだ、私の様子に戸惑っているのですか? いつもの堂々としたあなたは何処へやらですね。
「おい、危ねぇ!」
「えっ? きゃっ!」
何とびっくりです。先程の無なる者が、糊の様な妖具で本を直すと、またそこから奇っ怪な妖怪を出して来ました。
それは爆弾の様な、黒くて丸いもの。というより、爆弾でしたね。咄嗟に避けた瞬間に爆発したので。
「――ふぅ。しつこいですね……それにしても、助かりましたよ。酒呑童子さん」
「ちっ……その状態、神妖の力が溢れ出しているのか。だが、聞いていたより暴走してねぇな」
「えぇ、そうですね。力が安定していますよ」
「その神刀のせいか……」
確かにこれのお陰で、前より力が安定しているみたいですね。私にとってはありがたい事です。
「それよりも、いい加減そのパンダの被り物を取って下さい。緊張感が台無しです」
こんな簡単な呪術が解けないわけ無いですよね? 酒呑童子さん。あなたもやはり、負なる者に近い。
わざと呪われて、私達を試していましたよね。本当にこの妖怪は、信用が出来ません。
「ぬぉっ!」
「ほら、さっさと目の前の無なる者を倒して下さい」
「あ~? 面倒くせぇ。お前のその状態なら余裕だろうが」
酒呑童子のパンダの被り物を取って、私がそう指示を出すけれど、何故やる気が無いのでしょうか。
「ごちゃごちゃと……さっきから何をしているのですか? それに、私に1度負けている弱者を復活させたところで、結果は同じですよ」
おや、この人は酒呑童子さんの事が分かっていないのでしょうか? それとも、分かってて言っているのでしょうか。
「あっ、待ちなさい!」
不味いですね。向こうは向こうで逃げようとしていますし、こっちはこっちで、何としても私達を妖草の元には行かせまいと、本から妖怪を出してきています。
せめてこちらは片付けておきたいですね。
「酒呑童子さん、お願いですから早くして下さい。安定しているとは言え、私はまだ完璧では無いのです」
「嫌だね~元に戻ったら何とかしてやるよ」
「なっ……! 元にって、何故ですか?」
「今のてめぇはイライラするんだよ。上から目線でよぉ、何もかも分かっている感じで、人間味ならぬ妖怪味がねぇんだよ」
この人は、何を言い出すのですか……そんなものはどうでも良いでしょう。いや……その前に、何故私はこんなにも掻き乱されているのですか……。
「……私を無視ですか。良い度胸してますね!」
あぁ、いけません。無なる者が怒っています。えっ? 怒っている? 無なる者が……。
「お~お~何だおめぇ、心が無いって言っときながら、怒ってんじゃねぇか。分かってんのか? それが、心ってもんだ」
「なっ……そんな、これが?」
「分かったんなら、もう――」
「えっ? なっ! そんな馬鹿な! 私の妖怪ごと?!」
「――寝とけ!!」
「あぁぁぁぁあ!!!!」
何だかんだ言って倒すんじゃないですか。
パンチを打って、そこから出した衝撃波で相手を吹き飛ばしましたよ。
「で、てめえはいつ戻んだよ?」
そう言いながら、私の胸を触ってきますか。しかも、動かし方が少し……。
でも、私はこれくらいでは動じませんよ。
「残念ですが、こんな事をしても無駄です。それよりも、急いで……ひぁっ?!」
えっ? ちょっと待って下さい。美亜、私の尻尾を弄らないで下さい。父親はどうしたのです。
「良いから戻りなさい! 椿!」
「あ~そっちかよ。俺は胸の方が……ぐぇ?!」
余計な事を言うから、私に引っ掻かれるのですよ。
それよりも、今はとにかく美亜を止めなければ。こんな事をしている場合では……。
「ひっ、くぅ……美亜。いい加減にしないと、お仕置きしますよ」
「あ~ら、やってみなさいよ。その前に私がヘロヘロにしておいてあげるわよ! それ!」
「ひぐっ?!」
ちょっ、耳は駄目ですって。それは、それだけは駄目です……もう、もう本当に……。
「くぅ、い、いい加減に――して下さい!!」
「あっ、ちょっ――フギャッ?!」
あ、あれ? 我慢出来なくて、尻尾で美亜ちゃんを投げてしまいました。
というか、僕は何して――あっ、また神妖の力を解放してしまって、あの時の僕になっちゃってたんだ。
でも、戻ったという事は……。
【そうよ。私が何とか抑えたわよ。尻尾を触られて、気が乱れた瞬間にね】
僕の頭の中で、妲己さんがそう言ってくる。
妲己さんは、僕があの状態になった時の逃げ方が、板に付いてきていますね。全く平気そうな感じで言ってきましたよ。
「み、美亜ちゃんごめん。大丈夫?」
「全く……あんたのあの状態は怖いわね」
壁にへばり付いている美亜ちゃんを助けると、僕は直ぐに謝った。そうしないと、かなり本気で投げてしまったんですよ。
「あの……それと美亜ちゃん。お父さんの方はどうしたの?」
「あんた達が亰嗟の奴を倒している間に、あそこに逃げ込んだの」
そう言って、美亜ちゃんは部屋の奥を指差した。
そこには、地下への隠し階段が現れていて、そこから更に地下へと逃げた様です。
つまり、その先には……。
「金華蘭がある」
「そうかもね。それと、多分お母様も」
美亜ちゃんのお母さんも?
そういえば、何で美亜ちゃんは、お母さんだけを必死に助けようとしているんだろう。
「美亜ちゃん、何でお母さんだけを……」
疑問に思った僕は、美亜ちゃんにそう聞いてみた。
「当然よ。私のお母様は、植物に呪いをかける事が出来るの。金華蘭は、お母様のその力を使って作られた物なの。お母様を助ければ、金華蘭は潰えるわ。だからよ」
妖術の次は植物ですか……美亜ちゃんの両親って、何気に凄いですね。
生き物じゃないものに呪いをかけるなんて、相当な力の持ち主って事ですよね。そうだとしたら美亜ちゃんも……って考えてしまうけれど、そうじゃないのがまた不思議なんです。もしかしたら、使いこなせていないだけかも。
「とにかく急ぐわよ。あいつの性格からして、お母様が酷い扱いを受けてるいのは分かるでしょう!」
それならそれで、僕なんかに構っていないで、直ぐに追いかけた方が良かったのに。
「美亜ちゃん。僕を置いて、先に行っても良かったのに」
「気付いたんだけど。ここの出入り口って、私達が入って来た所にしか無いみたいなのよね」
「えっ……あっ」
つまり、逃げようとしても僕達を横切るしか無い。別に慌てなくても、相手に逃げ場なんか無かったのですね。
でもそれなら、なんで地下に? それが分からない。
「椿、今度は暴走しないでよね?」
「うぐ……気を付けます」
酒呑童子さんはブツブツ言いながら、亰嗟の人を縄で縛っていますね。
その後に僕達は、美亜ちゃんのお父さんが降りた階段に向かい、更に地下へと降りて行く。
この下に、美亜ちゃんの家族の闇がある。
美亜ちゃんが、それに決着を着けようとしているのなら、僕は彼女の支えになってあげないといけない。
だけど気が付けば、センターの妖怪達の増援到着予定まで、残り10分を切っていました。
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