第漆話 【2】 人と妖との溝

 僕が今する事は、カナちゃんを止める事。滅幻宗や、カナちゃんのお母さんの対応はその後です。

 今カナちゃんのお母さんは、龍花さんに睨みつけられ、怯えてその場にへたり込んでいる。というか、何かブツブツ言っている。


「何で、また化け物に……3回も、私の人生をおかしくしてくれるなんて……」


 3回? 気になるけれど、今はカナちゃんです。


「カナちゃん、聞こえてる? カナちゃん!!」


 僕はカナちゃんの腕をしっかりと掴み、母親に攻撃させないよう、必死にその動きを止めているけれど、カナちゃんは発した炎で、僕の腕を燃やそうとしてくる。

 本人の意思とは関係無しみたい。それでもカナちゃんは、僕から離れようとしているよ。


 うん、カナちゃんの意識は多少残っていそうだね。それよりも、手が熱いです。


「妖異権限、黒焔狐火!」


 妖術を発動し、カナちゃんの炎に焼かれないよう、手の周りに黒い炎を纏わせる。これで、カナちゃんの説得を続けられそうです。


 だけどカナちゃんは、もう片方の腕を後ろに引き、勢いを付けて攻撃してきた。それも何とか掴んで止めたけれど、ここからどうしよう……。


「カナちゃん! お願いだから、目を覚まして! 戻ってきて!」


 今はそうやって、カナちゃんに向かって叫ぶしかない。カナちゃんの心に届くまで、何度も何度も叫ぶしかないです。


 すると、カナちゃんのうなり声と同時に、彼女の言葉が聞こえてくる。


「ぐうぅ……ぅう……つ、つば……きちゃん、逃げ……」


「カナちゃん?! わっ!!」


 カナちゃんの意識が戻ってくれたのかと思って、手の力を緩めたのがマズかったです。

 そのまま横に投げ飛ばされてしまい、そしてカナちゃんは、母親に向かって殺気の満ちた目で睨んだ。同時に、そっちの方に駆け出して行って、そのまま腕を上にあげる。


 カナちゃんはその爪で、1番殺してはいけない人物を、その手で殺そうとしている。


「だ、駄目。カナちゃん、それ……だけは!」


 どうやって止めるの? どうすれば良いの?

 僕は必死で考える。産まれてから今までで1番、頭を使っているんじゃないかというくらいに、頭をフル回転させている。

 ピンチになった時の、この頭の回転の早さは尋常じゃないですね。既に何個か対策を考えた。だけど、どれも駄目です。


 そんな中でカナちゃんは、必死になって自分を押さえているのか、苦痛の表情を浮かべながら、反対の手で振り上げた手を掴んでいた。


 そのカナちゃんの目の前では、カナちゃんのお母さんが腰を抜かしていて、情けない顔をしながら、両手両足を必死に動かし、這いつくばる様にして逃げているんですよ。そんな姿を見たら、流石に戸惑うだろうね。


「ひっ、ひぃぃ……! たす、たすけて! ちょっと坊主のガキ! 何してんの!? 早く私を助けなさい! そしてこの化け物を、早く殺消して頂戴!」


 でも必死だからって、その言葉はアウトです。カナちゃんの殺意が甦っているよ。もう今にも、その腕を振り下ろしそうです。


「くっ……あっ、待ってよ。カナちゃんの意識が若干あるなら、僕の声も聞こえている? それなら――」


 強制的に、カナちゃんに別の感情を植え付けられれば、殺意が消えるかも知れない。試す価値はある。

 今日2回目で、かなりしんどいけれど、カナちゃんの為です。僕はもう、恥も外聞もかなぐり捨てるよ。


 いくよ、カナちゃん。


「キュ……キュゥゥ~ン」


「!?」


 そうです。ここに来た時に見せた、この切ない鳴き声。それの強化されたバージョン、切ない鳴き声です。


 でも、駄目ですね。僕は今、顔が真っ赤になっているはず。これは恥ずかしいよ……。

 これでカナちゃんが戻らなかったら、僕はバカみたいです! しかもカナちゃんに、して欲しく無い殺人事を止められず、僕も後悔しちゃうかも知れません。


 だけど、カナちゃんさっき反応していたし、腕も降ろしている。だ、大丈夫だよね……。


「――って、あっつぅい!!」


 余計な心配でした……カナちゃんが振り返って、そのまま僕に突進してきたよ。

 炎を纏っていたから、ちょっと熱かったですよ。暴走していても、カナちゃんはカナちゃんでしたね。


 あれ……? カナちゃん、いつの間に炎が尻尾みたいになっているの? そしてそれを、パタパタと横に振らないで。これはいったい何なの……。


「ふぅ、やれやれ……そんな方法で止めるとは思わなかったよ」


 そんな状態の中、突然僕の後ろから声が聞こえてきた。

 そっちを振り向くと、八坂校長が後ろに立っていて、呆れた様な感心している様な、そんな微妙な表情で僕達を見ています。僕のせいじゃないからね、これは。


「辻中君、聞こえているかい? 君はそのままで良いのかい? 過去から逃げて逃げて、それこそ負け犬の様に逃げ回り、椿君の優しさにつけ込むだけで良いのかい?」


 あっ……カナちゃんの、炎で出来た犬の耳がピクッと反応した。殺意が消えたからなのかな、さっきよりも僕達の声が届きやすくなっているみたい。


「君は、見えていないわけではないよね? 過去を知っても、それを振り払おうとしている子が居ることをさ。君はそんな子を、守ろうとしているんじゃ無かったのかな?」


 校長先生の声は、カナちゃんにちゃんと聞こえているみたいで、体を纏っている炎が徐々に勢いを失っていく。

 そしてしばらくすると、カナちゃんはゆっくりと僕から離れ、顔を俯かせながら、しっかりと僕の手を握り締めてくる。


 良く見ると、既にカナちゃんは元の姿に戻っていました。

 何で戻ったかは分からないよ。僕じゃないから……僕のあの声じゃない。絶対に違う。校長先生の話で戻ったんだろうね。


「椿ちゃん、ありがとう。あなたの可愛い声で、正気に戻ったわ」


 言わないでカナちゃん! 校長先生の言葉でって、そう言って欲しかったよ……。


「もう、椿ちゃんったら。手、火傷してるよ」


 そしてカナちゃんは、今度は僕の手をしっかりと見てくる。

 確かに、暴走したカナちゃんの腕を掴んだ時、少し火傷はしたけれど、カナちゃんを戻すのに必死だったからね。


「うん……でも、カナちゃんが戻ってくれる事しか考えてなかったから」


「バカ……」


「カナちゃん、何か小声で言いましたか?」


 だけどカナちゃんは、それ以上何も言わず、顔を俯かせたままでした。


「さてさて、暴走が収まったのは良いけれど、状況は何も変わっていないよ? さぁ、どうするんだい? 見せてくれるかな。君の答えをさ。椿君」


 校長先生は、扇子を左手にペシペシと打ち付けながら、僕達の方に歩いて来る。


 本当にこの人は、道化師と言うかなんと言うか……何を考えているのかさっぱり分からない。

 結局の所、僕がどうするのかを見たかっただけなの? 試されていたって事? その為に、カナちゃんの暴走を見て見ぬふりしていたのかな。


 あっ、何だかムカムカしてきたよ。だけどその前に……。


「カナちゃんのお母さん」


「ひっ!」


 僕は、へたり込んだままで怯えている、カナちゃんのお母さんの元に向かい、声をかけました。そしてそのまま、僕が聞きたいことを言う。


「教えて下さい。何でそんなに、僕達の事や半妖の人達を、毛嫌いしているんですか? 僕みたいな妖狐ならまだしも、カナちゃんは半分人間ですよ? 化け物とは――」


「う、うるさいわね。化け物の血が混ざっていれば、十分化け物よ! 私の両親を食い殺した、憎たらしい化け物と一緒よ!」


 その言葉を聞いて、どう言えば良いか分からなかった。

 だけど僕は、こう言うしか無い。それでも聞かないなら、時間が解決してくれるしかない……よね。


「人間にだって、悪い事をする人はいるでしょ? 妖怪も一緒なんだよ。何も変わらないよ、人間と。感情があって、意思があって、目的を持って行動している。それが悪い方にいっちゃう妖怪も居るよ。でも、それは人間も一緒だよね」


「見た目が違う奴を、私達と同じと思えるのかしら? あんたが言うのは、ガキの絵空事なのよ! そう簡単じゃないのよ……そう、世の中そう簡単じゃ……ふ、ふふ。あははは……」


 それだけ言うと、カナちゃんのお母さんは壊れた人形の様にカラカラと笑い、そのまま立ち上がってゆっくりと歩いて行く。公園の出口に向かって。


「あっ……」


「良いよ、椿ちゃん。それに……私もまだ、整理出来ていないの。自分の感情が、まだ……ね」


 意外にも、それを止めようとした僕を制したのは、カナちゃん自身でした。

 ショックな告白をされ、あんなにも醜い母親の姿を見たら、まともに話し合いなんか出来ないって、そう思ったんですね。


 そしてカナちゃんのお母さんは、そのまま力無くフラフラと歩いて、この公園を後にしていった。


「終わりましたか? 椿様。人と半妖、その溝。よく分かりましたか?」


 その後に、龍花さんと朱雀さんが僕達の所にやって来ると、そう言ってきました。


 多分龍花さん達にも、過去に色々あったのだと思う。


 でもそれ以上に、長く続く妖怪と人間とのいがみ合い、その間に挟まれ迫害される半妖の人達は、想像を絶する苦悩を抱えていそうです。


 これからも、カナちゃんには注意が必要ですね。また暴走しないように、僕が支えになってあげないと。


 そんな時、急に校長先生の後ろの方から、大きな爆発音が響き渡り、同時に物凄い突風が吹き荒れてきました。


「あぁ、いけない。私の風が破られたか」


 あっ、滅幻宗の方。完全に忘れていましたよ。そして、舞い散る砂埃の中から姿を表したのは……。


「よう、そっちは終わったか? 正直、雇い主が居ようが居まいがどうでも良い。依頼された内容が妖怪なら、退治するのに変わりないからな。しかも、それがお前なら尚更だ、妖狐椿!」


「えっ? 湯口先輩!?」


 何とそこに居たのは、玄空の息子で、僕を退治するのに躍起になっている、湯口先輩でした。

 しかも髪型が、ショートヘアーのセンター分けだったのが、そこから少し遊ばせていて、真面目風からちょい悪風に変わっていた。


「いつから居たんですか?!」


「最初に登場した時から居るわ、アホ!!」


 カナちゃんが暴走した直後に、滅幻宗が来たのは気付いていたけれど、あれ湯口先輩だったんだ。何だか申し訳ない事をしちゃった気分ですね。

 でも、丁度良いです。今の僕なら、覚さんの能力無しでも先輩に引けを取らないし、今度こそ説得してみせる。


 もちろん、油断は禁物です。だけどその前に……。


「湯口先輩、鼻血止めてくれませんか?」


「チッ……」


 聞こえてたんですね、僕の

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