第伍話 【4】 変わらないもの

『椿よ、しっかりしろ。お主も、自分自身が普通ではない事に、気付いてはいたのだろう?』


 布団に突っ伏す様にして倒れ込んだ僕に、白狐さんはそう言ってくる。

 そうだね、薄々は思っていたよ。だけど、実際にそれを聞かされたら、やっぱりショックなんだよ。


「おじいちゃん……僕がおじいちゃんの親友を殺したのに、何でそんなに軽いの?」


 僕は突っ伏したまま、そう聞いてみた。

 だってこんなに辛い事、普通はもっと言いにくくなるはず。でもおじいちゃんは、サラッと言った。吹っ切れているにしても、それはちょっとおかしいでしょ。


「む……いや、何というかの。その時は、そいつに対する怒りしかなかったのじゃ。それに、お前さんが言ったじゃろう? 過去は過去、大事なのはこれから……じゃろ?」


 そうでした。自分で言ったのに、あまりのショックにスッポリと頭から抜けていましたね。


「それと、その時のお前さんの力は、まだ発現したばかりで、そう強力でもなかったのじゃ。焦るほどでもなかったわい。儂とセンター長で何とか封じ、お主の記憶を抜き取ると、2度と暴走せぬようにしたのじゃ。因みに刀剣の方は、その時に見失ったのじゃが……わらし」


 そう言うとおじいちゃんは、後ろにいるわら子ちゃんに視線を移す。

 もちろん、わら子ちゃんは顔が強ばってしまっていて、しどろもどろになっているけれど、この刀剣を隠した経緯を教えてくれた。


「あの……その……ごめんなさい。これが狙われていたのは分かっていたし、これ以上椿ちゃんが、危険な目に、不幸な目にあって欲しくないと思って、封じてあった木箱と一緒に、私が隠したの」


 わら子ちゃんなりに、僕の事を思っての事なんだよね? おじいちゃんにも言わなかったのは、もう絶対にこの刀剣を、人目に触れないようしようと、わら子ちゃんなりの考えがあっての事だよね。


「わら子ちゃん、ありがとう」


「へっ?」


 あれ? 意外だったかな?

 顔を上げた僕は、わら子ちゃんにそう言ったんだけれど、返ってきたのは驚いた声でした。


「だって、ずっとわら子ちゃんが守ってくれていたんでしょ? この刀剣。だから、ありがとう。今まで敵の手に渡らなかったのは、わら子ちゃんのおかげだよ」


「つ、ちゅばきちゃぁ~ん……!」


 あ~あ、顔をクシャクシャにして泣いちゃったよ。わら子ちゃんはずっと、この事を抱え込んでいたんだね。

 翁に隠し事をしている様で、気が引けていたんだろうね。それでも、僕を守る為にって、ずっとずっとこの危ない物を隠してくれていた。


「はぁ……まぁ、今までずっと、敵に奪われてしまったと思っとったから、一先ず安心じゃの。わらしの機転には、儂も驚かされたわい」


 おじいちゃんも、わら子ちゃんを怒る様子はなく、寧ろ褒めていたので、わら子ちゃんは何かの糸が切れたかの様にして、わんわんと泣き出してしまいました。


 そして記憶の事なんだけど、この後僕が覚えていたのは、病院で人間の男の子として目覚めた所から。

 そこに居たのは、父親となっていたあの蟲喰いと、夏美お姉ちゃんのお母さんです。

 2人が僕の両親だと説明され、自動車事故のショックで、一時的に記憶喪失になっていると、そう説明されたけれど、真相はこういう事だったのですね。


 すると、おじいちゃんがずっと手にしていた木の札が、溶ける様にして消えていきました。抜き取られていた記憶は、どうやらここまでの様ですね。

 僕自身の神妖の力は、誰も見た事が無いほど、相当ヤバいというのが分かったよ。


 だけど、僕はまだ引っかかっている。何かおかしい……。

 天狐様という妖狐は、僕のその力に気付いていなかったの? おかしいよね……妖狐のトップの人が、僕の力に気付かないわけが無いよ。


 気が付いていた? それとも――


「どうした、椿。何か納得がいっていないようじゃの」


「う~ん……あのさ、おじいちゃん。天狐様って、僕のこの力に気付かなかったの?」


「うん? いや……それは、儂には分からん。そこにはおらんかったからな」


 それならと思って、白狐さん黒狐さんを見たけれど、そう言えばこの2人も、その時の記憶が無いんだった。


「あぁ、それと補足じゃが。この60年の間に、白狐と黒狐がおらんのは、その間此奴等は、行方不明になっとったのじゃ」


『『何だと?!』』


 2人で同時に驚かれても……こっちもビックリしていますよ。何で行方不明扱いに? ずっと伏見稲荷に居たんじゃ……。


『翁よ、それはおかしいぞ! 確かに昔の記憶は無く、気付いた時には伏見稲荷に居て、男であった椿が良く参って来て――あぁ、その間に60年経っとったのか』


「ちょっと~!!」


 白狐さん、何おとぼけしているんですか! それ重要でしょう! 今まで気付かなかったの?!

 でも、そうだ……その原因はおじいちゃんだ。割りと普通に、白狐さん黒狐さんと会った時、驚きもせずに会話をしていたからだ。


「そうでした。ちょっと、おじいちゃん。白狐さん達と久しぶりに会った時さ、何で一切驚かなかったの?」


「いや、それは儂も予想外と言うか……奴等普通に、いつも通りに接してきおったので、ついな……」


 それで、この事を言うタイミングを逃して逃して、今まできてしまったって事ですか……。


「オホン、とにかくじゃ……椿。その刀剣はどうする? 持っている以上、亰嗟に狙われるぞ」


 あっ、話を逸らしたね、おじいちゃん。自分のミスを棚に上げたね。

 だけど、確かにこの刀剣をどうしよう……持っていたら狙われるのなら、隠しておきたいですね。


「そう言えばわら子ちゃん。その保管していた木箱、まだある?」


「えっ? うん。あ、あるよ……で、でも」


 わら子ちゃんは、龍花さん達に宥められ、さっきようやく泣き止んだので、刀剣が入っていた木箱の事を聞いてみました。隠せるのなら、そこに隠しておきたいしね。

 すると、何だか申し訳なさそうにしながら、自分の後ろに隠す様にしてあった木箱を、ソッと僕の前に出してくる、けれど……。


「ご、ごめんなさい。あの時、椿ちゃんが殺されるかも知れないと思って、急いで慌ててしまって、結び目が解けなかったの。そ、それで……あの、近くにあったハンマーで……」


 あ~これは、真ん中にポッカリと穴が空けられているよ。

 いや、良いですよ。あの時は、それだけ急がないと僕が危なかったんだし、わら子ちゃんは悪くないよ。悪いのは、ピンチになってしまった僕です。


「こりゃ参ったの。椿よ、こうなってしまっては隠す事も出来ん。まぁ、今のお前さんは昔とは違う。そう簡単に、敵にやられるとは思っとら……ん、んんぅ。それとこれとは、話が別じゃわい」


 僕の今の現状を見て、それ言ってます? おじいちゃん。敵にやられて死にかけて、今こうやって寝ているんですよ?

 そんな感じでおじいちゃんを見ていたら、わざとらしく咳をされました。皆僕の事、買い被り過ぎていますね。


「とにかくじゃ、刀剣を扱える様になっているだけで、全く違うと言う事じゃ。さて……あとは、妖界の伏見稲荷での事件じゃが、妲己は何か言っとるのか?」


「寝てます」


 さっきからずっと、すやすやぐぅぐぅとわざとらしい寝息を立てています。あのねぇ……最初に言った事を覚えてるの? 妲己さん。

 僕の記憶を甦らせるんじゃ無かったの? あなた狐でしょ、狸寝入りしてどうするのですか。


「う~ん、椿ちゃんも相当だね……しかも、まだ何かあるんだよね。それなのに、椿ちゃんは前向きなんだね」


 ようやく話が終わったからか、カナちゃんが話しかけてきた。


「前向き? 前向きなのかな……?」


 僕が首を傾げていると、カナちゃんは柔らかな笑みを浮かべ、僕の頭を撫できた。何だか妹扱いされているような……。


「なる程ね……椿、あんた相当な人生送ってるわね」


 ちょっと待って。夏美お姉ちゃんは、いつからここに居たんですか。

 僕が驚いた顔をしていると「最初からよ」と返されました。そう言えば、カナちゃんと雪ちゃんが部屋に入って来た時に、夏美お姉ちゃんも入って来てましたね。しかも無言で……。


『ふっ、いつも通りだな。椿よ』


『あぁ、そうだな。お前の過去を知った所で、接し方を変えてくる事は無いのは分かっていたが、それでも安心するものだろう? 椿』


「うん、そうですね」


 それはそうと……僕は、60年もあなた達が行方不明だった事の方が気になるよ。

 だけど、白狐さん黒狐さんの方も記憶が封じられている。だから、それを聞いても「分からない」って返ってきそうですね。


 僕が思い出すしか無いよね。妖界の伏見稲荷であった事件を。怖い――けれど、知りたい。

 大丈夫、僕は大丈夫だ。皆が居るから、記憶の1つや2つ思い出したところで、何も変わらないよ。


 皆が僕の部屋で、思い思いに雑談しているのを見て、僕は改めてそう感じていた。

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