第伍話 【3】 白金の妖狐

 僕が覚悟を決めた事を明かすと、おじいちゃんはある物を取り出してきた。


 それは木のお札で、そこには何と、僕の名前が書いてありました。


『妖狐、椿。一九伍三年~二0十四年。記憶封札』


 そこに書かれていた年代は、僕がここで過ごしていた60年の時間と一致している。

 その札に、僕のその時の記憶が? だけど、何でそれだけ分けられているんでしょう……。


 するとおじいちゃんが、その疑問に答えるように言ってくる。


「すまんな、椿。お前さんは、記憶の封印とは別に、記憶を抜き取られているんじゃ。封印されておるのは、妖界の伏見稲荷大社での事件までじゃ。そして抜き取られているのが、男の妖狐としてここで過ごした、この60年の事じゃ。話すとは言うたが、この記憶を戻した方が早かろう」


 やっぱり……そんな感じはしていました。

 だって、思い出しているのは全部、小さい女の子の時の記憶だもん。おじいちゃんの家で過ごしていたと言う、その60年の間の事は、一切思い出せないでいたから。だから、何かおかしいなとは思っていたんだ。


「さて……そこで1つ、問題があっての。この記憶を一気に戻すと、脳がそれを処理しきれず、障害が出る可能性がある」


「えっ? それじゃあ、どうすれば……」


「そこで、儂が見た事を話しながら、ゆっくりと記憶を流し込んでいく。良いな、どんな記憶だろうと、後悔はせんか?」


 そして再度、おじいちゃんが確認を取ってきたけれど、覚悟はしていますよ。

 でもね、怖いのは怖いよ。だから体が強ばってしまって、そのせいで尻尾が垂直に立ってしまっているんです。これはしょうが無いんですよ……おじいちゃん。


「ふむ、もう目を見れば分かるわい。さて、白狐に黒狐よ。この期間には、お前さん達はいない。どんな事があろうと、椿を守ると誓えるか?」


 何だか焦れったいんですけど? その60年の記憶の方も、かなりヤバいのでしょうか……。


 それに、今更白狐さん黒狐さんに聞いたところで――


『愚問だな。何があろうと我が嫁、椿は守ってみせる。無論、裏切ったりも幻滅したりもせん』


『右に同じだ』


 当然、即答しますよね。分かっていましたよ。だから僕も、白狐さん黒狐さんを信じるんです。


「良かろう。では椿、ゆくぞ」


「んっ……」


 そしておじいちゃんは、僕の額にさっきの木の札を押し付けると、そのお札に妖気を流し始めた。

 それと同時に、僕はちょっとずつ思い出していく。60年間の事を……その時に起きた事を。


 だけどね――


「あの、おじいちゃん……」


「あぁ、すまんの。50年以上は、割りと平穏に暮らしとったんじゃ」


「ちょっと~!! 僕のドキドキを返して下さい!」


 シリアスになっていた自分が恥ずかしいよ……。

 それこそ最初の方は、自分の事が分からずにいて、オロオロとはしていたんだけれど、次第にこの家の妖怪さん達と打ち解けていって、皆で仲良く遊んでいました。


 里子ちゃんとお風呂に入っている時は、自分が男の子だって信じきっていたから、彼女の体に興味を持ってしまい、その……色々とイタズラしちゃっていました。

 里子ちゃんがあんな変態になったのは、僕が原因だったんだ。もうとにかく、この記憶を消したい! 穴があったら入りたいです。


 そしてそれを、一字一句丁寧に説明していくおじいちゃんは、天狗じゃなくて鬼ですね。


「もう止めてぇ!!」


『椿よ、観念せい。翁が言っていたのはこれも含めてじゃろう』


「僕が想像していたのと違う~これ、ただの黒歴史だよぉ」


 布団を頭から被っても駄目だよね? だっておじいちゃん、更に大きな声で言ってくるもん。新手のいじめですよ。

 カナちゃんもニヤニヤしないで! 雪ちゃんまで……何か意味ありげな笑みを浮かべているよね。


 龍花さん達4人も、顔は微笑んでいるんだけれど、何だろうその笑み……何だか怖いです。

 里子ちゃんがモジモジしているのは放っておこう。何か思い出しているみたいなんで。


 だけどその中で、わら子ちゃんだけはまだ暗い表情です。やっぱり、これだけじゃないよね。


「さて、と……お前さんの黒歴史はこの辺にしておこう」


 あ……今、サラッと黒歴史って。もう良いです、覚悟したって言っちゃったもん。


「とにかくじゃ、事件が起きたのは今から2年前。冬の寒さも和らいで来たある日、お前さんとわらしが遊んでいた時じゃ」


 そんな時、いきなりおじいちゃんの口調が変わった。

 ここからが重要なんだと思った僕は、布団から顔を出すと、おじいちゃんの話に耳を傾けます。


 その間にも、僕はちょっとずつ思い出している。

 その時は確か、わら子ちゃんに僕の宝物を見せようと、あの刀剣を持ち出したんだ。

 絶対に、木箱からは出すなと言われていたんだけれど、僕はわら子ちゃんに自慢したくて、構わず出しちゃったんだ。


「その刀剣はの、箱で封じている間は誰かに勘づかれたりはせんが、箱から出してしまうと、刀剣の力が分かる奴には分かる。その時も、お前さんのその刀剣を狙い、賊が侵入して来おった」


 そう、それを僕は勘違いした。こいつらは、わら子ちゃんを攫いに来たんだと。そして僕は、わら子ちゃんを守る為にと、そいつ等に向かって行ってしまった。

 だけど当時の僕は、妖気もろくに使えなかったので、その人達の凶刃にやられてしまい、瀕死の重傷を負ってしまった。


「それでね、その時襲って来た人達が、椿ちゃんのその刀剣を取ろうしたの。私必死になって、その刀剣だけは守ったの。だって、椿ちゃんの大切な物だって聞いていたし、私のせいであんな事になったんだもん!」


 わら子ちゃんは、泣きそうな顔でそう訴えてくるけれど、あの時は僕が、自分の宝物を自慢したくて、わら子ちゃんに宝物の事を言っちゃったんだ。だから、僕の方が悪いよ。


「わらし、お主のせいでは無い。あの時、奴がどんな状況に陥っていたか、それがもっと早くに分かっていれば、あの襲撃は防げた」


 その辺りの事は、僕には分からないです。

 だって、ここから僕は意識を失った様で、そこからの記憶が途切れている。と言うか、抜き取られた記憶はここまでかも知れないです。


「椿、お前さんの刀剣を狙った賊は『蟲喰い』の父親。センター長と儂の親友でもあった、蟲の大妖『蠱蠅こよう』と言われていた奴じゃ」


 蟲喰いって……確かおじいちゃんが、そいつに僕を育てさせようとしたけれど、結局自分の事しか見えずにいて、そのまま情けない最期を遂げた、あの蟲の妖怪だっけ?

 あの時おじいちゃんは、確かに何かを呟いていたし、里子ちゃんからも、その事について聞いた事があった。その妖怪の父親との間に、何かあったと言う事をね。それって、これの事なのかな。


「これは、センター長と儂だけの秘密だった。実は奴は、部下を全員人質に取られておったのじゃ。そして交換条件として、お前さんの刀剣を盗んで来いと、亰嗟に言われたようじゃ」


 出た、また亰嗟。妖怪達の悪さの中には、必ず亰嗟が現れてくる。こいつらの狙いは何なの……。


「じゃが、儂等は気づいてやれんかった……」


 おじいちゃんは、それをずっと後悔しているようで、項垂れるようになりながら話している。


「そして、事件は起きた。瀕死のお前さんは、暴走をしたのじゃ。今にして思うが、あれがお主の本来の力なのかの」


 暴走と言われ、僕は心臓が止まる思いをした。今までだって、僕の暴走はろくな事になっていない。だからその時も、絶対に何か起きているよね。


「えっと……僕が思い出したのは、自分には産まれた時から、神妖の力があったという事です」


 昔何があったのか、それを知りたかったか僕は、おじいちゃんに思い出した事を告げた。

 流石に全部ではないよ。白狐さんと初めて会った時の事なんかは、まだ話したくはないです。恥ずかしいからね……あんな事。


「そうか。ではやはり、あれはお前さん本来の神妖の力か。見た事がないの……あんなものは」


 そう言われたら、余計気になるよ。いったい僕は、どんな姿になったのですか。


「あんな、美しい妖狐はな……」


 お、おじいちゃんがうっとりとしている?! ちょっと気持ち悪いです!

 里子ちゃんが、そんなおじいちゃんの膝を突いてくれて、話を戻すように促してくれているけれど、戻ったのは数分後でした……。


「すまんすまん……いや、それ程だったのじゃ。自信を持て。始めは銀色だったからの、銀狐の力に目覚めたかと思ったのだが……徐々に白く輝いていき、白金はっきんに――プラチナと言った方が良いか? 毛の色がの、そんな感じで変わっていったのだ」


 白金……そんな色の妖狐は、確かに聞いたことが無いよ。僕っていったい……。


「そして九本の尾を使い、暴れ出したのじゃ。その時、蠱蠅を殺したのじゃがな」


 またサラッと言った! 僕って九尾なの?!

 しかも、その僕が何をしたって? 殺したの? その妖怪を? おじいちゃんの親友を……。


 もう僕の頭は大混乱です。そのまま布団に倒れ込んでも、しょうが無いよね。

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