第肆話 【2】 過去の夢

 僕は、どうしたんだっけ。


 確か、わら子ちゃんを庇って敵の銃弾に――あっ、そっか。僕、死んじゃったのかな……。


 そう思って辺りを見渡すと、真っ白な空間で何も無かったです。


 おかしいな……ここが天国だったら、花畑とか川とか、そんなのがあってもおかしくないはずなのに。あの世ってこういうもの?

 だけど、ここは何だか見た事ある気がする。何時だったか、夢で見た様な……う~ん、思い出せないです。


 それを思い出そうとして、キョロキョロと辺りを見渡していると、急に霧が晴れるようになっていって、辺りが一気に開けていき、そして景色が広がっていきます。


「えっ? ここって、伏見稲荷大社? 何でこんな所に……」


 僕は呆然としながら、稲荷山の麓にある神社の真ん中で、ただ突っ立っていました。

 ここは有名な場所で、毎年お正月になると、人でごった返しになる。だけど、今は人っ子1人居ない。普段なら、観光客でいっぱいのはず……。


「何これ、なんだか不気味……」


 すると、そんな僕の横を、突然小さな影が通り過ぎた。無邪気な声と共に。


『わ~い! お父さんお母さん、見て見て~誰もいな~い!』


『こらこら、はしゃぐんじゃ無い。今日は特別な日で、天狐様が強力な結界妖術を張られている。だから、人間は俺達からは見えないし、人間も俺達を見る事が出来ないだけで、ちゃんとそこら中に居るはずだぞ』


 えっ……今のは、小さい頃の僕?! 

 ということは、今僕の後ろから声を出してきた、この銀髪の妖狐は、僕の本当のお父さん? 初めて姿が……これは、僕の記憶が甦っているのかな。なんだか怖い……。


『ふふ、全くあの子ったら。今日は天狐様に会う重要な日なのに、あんな調子で大丈夫かしら?』


 そして、その隣に居る綺麗に輝く金髪の女性は、本当のお母さん……?

 そっか……死にかけた事で、僕の記憶の封が解けかけているんだ。


『そうだな。だが、椿はまだ幼体だ。その辺りは、大らかなあの方の事。きっと大丈夫さ』


『そうよね。ちゃんと気に入って貰えると良いのだけれどね』


 両親はそう言いながら、先に向かった小さい頃の僕を見て、その後に続く。


 その時の僕の姿は、多分10歳くらいの姿です。

 つまりそれくらいの時に、天狐様という最上位の妖狐に会いに行っていたんだ。


「あれ? あの神刀が無い」


 そう僕は呟くけれど、記憶の中の事なので、当然誰も反応をしません。刀は危ないから、両親が預かっているのかな。


 そして、僕と両親が千本鳥居の所まで辿り着くと、その両端の稲荷像の内の1体が、突然動き出した。


『ようやく来たようじゃな。金狐、銀狐よ』


 それは、最初は白い狐になっていたけれど、徐々に人型に変化し、いつも僕の傍に居てくれている、あの白狐さんになった。

 でも、髪がショートヘアーで短い。何だか、普段見ている白狐さんとは風貌が違っているから、少し戸惑ってしまいます。


『すまんな、白狐。直ぐに来たかったのだが、奴等がな……』


 そう言いながら、僕のお父さんが白狐さんに近付いていく。


『亰嗟の奴らだな。全く……あいつらのやろうとしている事、その目的、一切分からんから腹が立つ』


 お父さんと白狐さんは、そうやって軽く近況を話し、その後に、両親が先へと進もうとしています。小さい僕も、その後を追いかけ様とするけれど――


『あっ、椿はちょっとだけ、ここで待っててくれる?』


 お母さんにそう言われてしまい、何故か頬を膨らませています。めちゃくちゃ不機嫌な表情をしていますね……。


「はは……この頃の僕って、こんなだったんだ。女の子の着物を着て、毛色も今より薄い気がする。可愛いな――って、自分に言ってどうするの……」


 この頃の自分が、自分じゃない気がしてしょうが無いです。


『椿、直ぐに戻る。それと白狐、娘に挨拶しておいてくれ。良いか? 許嫁だからって、手は出すなよ』


『はっ、全く。こんなガキ相手にそんな気分も――分かった分かった、睨むな。手を出して欲しいのか欲しくないのかどっちだ……銀狐よ』


『両方だ』


『ややこしい奴め……』


 う~ん……白狐さんとお父さんは、友達というか親友というか、何だか普通とは違う関係があるみたいですね。


 そして小さい頃の僕は、その間じっと白狐さんを見ている。

 そんな見ない方が……と思ったけれど、これはもう過去の出来事。今更どうこうする事も出来ないですよね。


『ね~ね~イイナズケ……って、何?』


 そうだよね……この時の僕が、その言葉を知るわけが無い。というか、白狐さんと許嫁だったという事の方が、僕にはびっくりですよ。頭に浸透するまでに、少し時間がかかっちゃった。それくらいに、衝撃的過ぎました。


『許嫁というのは、将来お主を嫁に取るという事だ。全く……銀狐の奴め。我は忙しいと言うのに……』


『そうなんだ~でも、何でそんなに不機嫌なの? 確かに白狐さんとは、今日初めて会ったけれど、そんなに嫌になる程、私って……不細工なの?』


『なっ! そんなわけでは無い! だが、我は人間を観察し、人間を守護する役目がある。お前に構ってる暇など――』


『人間を、信じていないのに?』


『お主、何故……!』


『顔に書いてあるよ』


 えっと……この頃の僕ってば、何というか……ズケズケとものをいいますね。何だか恥ずかしくて、これ以上はもう勘弁して欲しいです。

 若い頃の白狐さんが凄く驚いて、じっと僕を見ているよ。それなのに、平気で視線を外さない小さい頃の僕……そんなに堂々としないでよ。


『お主。人の所作から、読心が出来るのか……あぁ、なる程な。もう既に神妖の力が……それでか』


 最後は呟く様に言っていたけれど、確かに『神妖の力』って言った。

 そっか……表情や目付きだけで、その人の心を読んでいたのって、神妖の力のおかげだったんだ。確かに、神がかってるよね。


『ねぇ、人間って、そんなに信じられ無い存在なの?』


 また、僕はズケズケと……そこはもうちょっと、空気を読んだ方が……って、昔の僕に言ってもですよね。


『そうじゃ、人間は裏切る。同族どころか、神すらをもな。それでも、守護するのが我の役目。仕方がな――』


『でも、人を信じていないと、守っても気持ち良く無いよね?』


 小さい頃の僕の言葉に、白狐さんは痛いところを突いたなと、そう言わんばかりの顔をしてくるけれど、肝心の僕はニコニコとしています。


 待って、何を考えているの? 嫌な予感というか、思い出したら駄目な様な気が――


『うん、決めた! 白狐さん、良い妖狐だね。それなら私が、白狐さんに信じる心を教えて上げる! 私は何があっても、白狐さんを信じる。だから、白狐さんも私を信じて!』


 遅かったです……あぁ、思い出しましたよ。そう言いましたね。言っちゃってましたね。


『なっ……に……? く、ははははっ!! これはこれは……何とも親譲りの性格だな、椿よ』


『む~そんなに変な事? って、私名前教えたっけ?』


『それくらいは知っている。お主の両親に教えて貰っているからな』


 何だろう……白狐さんはさっきまで、知り合いの妹を相手する様な感じだったけれど、小さい頃の僕の発言から、少し雰囲気が変わった。


『ふっ、守り神でもある我を、そう簡単に信じさせる事が出来るのか?』


『出来るもん! だって、それが妻になるものの務めでしょ? お母さん言ってたよ』


『くくく、はははは! いやいや、これは何とも……良いだろう。だが、今すぐには無理だ。良いな? 何年か後、再び我の元に来い。その時お主の心が、穢れずに今の状態を保っていれば、お主を信じてやろう』


 あっ、この光景……そうだ、前に思い出した光景。

 白狐さんが僕の身長に合わせてくれて、地面に膝を突き、そして視線を合わせてくる。そのまま、そっと小指を差し出してくるこの光景……。


『約束だ。我と、お前とのな』


『うん! 私絶対に、白狐さんのお嫁さんになる。その為に、白狐さんを信じさせてみせるからね。それまで、白狐さんも浮気はだ~め』


『中々面白い娘じゃな……っと、何だお主達は?』


 すると、そんな僕と白狐さんの前に、ある人物……いや、妖狐が現れた。それは2体の妖狐で、どちらも見た事が無い風貌です。


 2体とも金髪のロングヘアーで、双子の様にそっくりな雰囲気だけど、顔付きが少し違うような気がする。

 片方は垂れ目で、少し幼い感じがする。もう片方はつり目で、少しキツそうな雰囲気です。


 でも、その2人が名乗った名前に、僕は驚愕した。


『あら? 話が言っていないのかしら? 私は九尾の華陽かよう


『私は妲己よ。天狐様にお話しがあるからと、この前謁見を頼んだのだけれど? 我が夫、黒狐は何をしているのかしら?』


 妲己さんだって?! そういえば、妲己さんが封じられる前の姿なんて、知らなかったよ。

 それと、華陽って……えっと、確かこの前、玉藻の前は毒石になっているとか言ってて、という事は、この華陽って……華陽夫人? つまり、亜里砂ちゃんの本当の姿……。


 いや、今と容姿が違う! 昔よりも、今の方が若い。つまり、こっちの方が歳を取っているように見える。変化の妖術でも使っているのかな。


『ぬっ、そう言えばそんな話も……すまんな、それは話が進んでないようだ。今日は少し、大事な事があってな。それが終わってからでも構わんか?』


『えぇ、良いですわ』


 華陽と名乗った昔の亜里砂ちゃんが言うと、白狐さんが立ち上がり、そして千本鳥居の方を向いた。

 するとそこから、先程千本鳥居に向かっていた、僕の両親が戻って来た。


 それと同時に聞こえてくる、さっきの2人の会話。

 当時の2人は、僕の耳の良さなんて知らなかったんだと思う。僕に気付かずに、話を進めていた。


『良い? 妲己。作戦通りにやるわよ』


『分かった、言われた事はやるわ』


 当然だけれど、その時の僕には何の事かは分からなかった。

 でもやっぱり、妲己さんは悪い妖狐だったんだ。この時、何かを企んでいたんだ。


 だけどその後に、華陽が少し前を歩き出すと、その背を見ながら、妲己さんが呟いた。華陽には聞こえない様にしながら、小さな声で。


『ふん。止めてやるわよ、華陽。あんたのしている事は、間違っている。例えこの命を犠牲にしてでも、あんたを止める』


 小さい頃の僕の耳には、全てが聞こえていた。でも、何の事かは分からないから、考えないでいたんだ。


 妲己さん、あなたは……。


 そこでまた、周りの景色に霧がかかり始め、最初の真っ白な空間に戻ってしまいました。


「えっ? ちょっと、何で?! ここで終わり? 全部見せてよ!」


 そうやって焦っていると、どこからか声が聞こえてくる。


「駄目だよ、もうお終い。と言うか、君が目を覚ますみたいだからね。それとやっぱり、まだまだこの力を扱うには早いよ」


 えっ、誰? どこ? と思ったら、僕の後ろだ。

 狐のお面を付けた妖狐の子供達が、かごめかごめをしながら、僕に話しかけていた。


 でもさ、その真ん中……何かあるよね? 何ですか、それは……。


「ダメダメ、まだ早いよ」


「うん、早い早い」


「さっ、起きなって。皆心配しているよ」


 その子供達がそう言うと、僕の体が何かに引っ張られ、真っ白な空間の上へと上がっていく。


 でも、待って。まだ、まだ先が見たい。知りたい、その後に何があったのか。見せて、その先……を。


「……えっ? あっ、こ、ここは……」


 気が付くと、僕は天井に手を伸ばしていました。


 ここは自分の部屋で、布団の上に寝かせられている様です。残念、あの夢から覚めてしまったよ。

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