第壱話 【3】 4つ子について

 結局、あの4人に認められる事は無く、渋々自分の部屋に戻ると、白狐さんに黒狐さん、それとおじいちゃんまで居ました。

 おじいちゃんは何故か、神妙な面持ちで僕を見ているんですけど。僕、何かしたんでしょうか。


「その様子では、あいつらに追い返された様だな、椿」


 おじいちゃんは、表情を変えずにそう言ってくるけれど、そうでした……あの4人は、おじいちゃんが呼び戻したんだっけ。

 それなら、何か知っているかも知れない。あの4人が、わら子ちゃんを守護しようとする理由を。


「おじいちゃん。わら子ちゃんとあの4人の間に、何かあったの?」


「うむ……そうじゃな、どこから話せば良いのか……」


 おじいちゃんが腕を組んで悩んでいる……。

 あの4人は、100年もの間わら子ちゃんを守っていると言っていたけれど、その割に見た目は女子高生と変わらない。

 それなのに、妖怪の発する妖気が無かったし、幽霊かと思ってレイちゃんを呼ぼうとしたけれど、そもそも実体はちゃんとあったので、幽霊でも無かったです。


「おじいちゃん、先にあの4人の事を教えてくれる?」


 おじいちゃんの前に座ると、僕は真剣な顔でそう言った。

 あの4人がやっている事は、本当にわら子ちゃんの為になるのか……それを見極めるには、あの人達の事を知らないと駄目です。


「むっ、そうだな。簡単に言うとな、あいつ等は人妖よ」


「ジンヨウ?」


 また聞き慣れない言葉が出て来たから、僕は首を傾げています。

 すると、白狐さんが間に入ってきて説明をしてくれる。何だか、お勉強会になっていないですか……これ。


『人妖と言うのはだな、人でありながら人成らざる力を持ち、時には未来永劫生きたり、時には権力者となりて、その猛威を奮ったりしておる』


「ん~と……」


『白狐、お前の説明は小難し過ぎる。椿、分かりやすく言うと、八百比丘尼はっぴゃくびくに等がそれに当たる』


 なるほど……不老不死として有名な、あの人ですか。あの人みたいな人達の事を、人妖と言うのですね。

 そっか、妖怪が居たんだから、八百比丘尼も居るんですよね。いったいどんな人なんだろう。


 それよりも今は、わら子ちゃんを守護するあの4人の事ですね。あの4人も、その八百比丘尼と同じ人妖、と言うことは……不老不死なんでしょうか。


「進めるぞ。あいつ等はな、産まれて直ぐに人柱とされたのよ。だがその時、座敷わらしに助けられた。その後にわらしは、ある者達に4人の世話を頼んだのだ。そして4人は、そいつらの力を手にし、座敷わらしの守護となった」


「そうだったんだ……でも、人柱? って確か……」


 日本の昔の時代では、水害等が起こると、水神様が怒っているとして、村の生娘を差し出したりする。そう言うのを、人柱と言ったはずです。


『椿よ、人柱には色々あってな。激流に橋を作ろうとしたり、難しい工事をする時には、成功祈願として、罪人等を生きたまま埋める場合もある』


「うっ……」


 そんな嫌な事を言わないで下さい、白狐さん。一気に気分が悪くなっちゃいます。


『そんなのものは効果が無いのにな。それでだ、その人柱で作った橋が壊れた時だけ、現れる鬼が居てな。100年程前、そいつが座敷わらしを攫った事件があった』


 白狐さんも黒狐さんも、真剣な顔付きで話をしている。お陰で、僕の部屋の空気が少し重いです。


 その鬼、逆恨みに近い気がしますね。罪人だったんだから、それは相応の罰といったものだったんでしょうね。


「その時座敷わらしを救ったのが、成長したあの4人だった」


 おじいちゃんは、いつの間にか里子ちゃんが用意したお茶を飲み、そしてゆっくりと続ける。


「4人は、その時から決めたんじゃろう。何人たりとも、わらしには近づけさせんとな」


 いつの間にか、僕の前にもお茶が。里子ちゃん、ありがとう。


「う~ん、それだったら。その4人に認めて貰うのは、かなり難しいですね。あれ? それよりも、小さい時の4人を育てたのって、いったい誰なの?」


 僕も、里子ちゃんが淹れてくれたおいしい緑茶を飲みながら、おじいちゃんに確認します。


「ん? おぉ、そうだったな。京都の守護神、白虎・青龍・朱雀・玄武じゃ」


「んぐっ?! えぇ!? 京都の街を守ってくれている、あの守護神?! 嘘でしょ!!」


 思わずお茶を吹き出しそうになっちゃったけれど、何とか耐えました。

 だって、僕の前で里子ちゃんが、大きく口を開けて待っていたんだもん。咽せてしまおうと、絶対に吹き出したくなかったです。


 とりあえず、里子ちゃんの尻尾を強く掴んで、僕の後ろに引きずっておきます。恍惚そうな表情をしているのは、無視しておきます。


「名前で分からんかったか? いや……分からんか。ほれ、必ず四神の文字が入っとるじゃろ?」


 そう言っておじいちゃんは、紙に4人の名前を書いてくれました。


 確かに……4人の名前にはそれぞれ、守護神の名前の一部が入っていました。

 朱雀あやりさんなんて、そのまんま朱雀すざくだしね。これで「あやり」って読むんだ。


 そうやって僕が関心していると、おじいちゃんはため息を付きながら、お茶を床に置くと、少し愚痴り始めました。


「しかしなぁ……問題なのが、あいつ等は少々やり過ぎで、加減を知らぬ。それ故、わらしも困っておるようでな。わらしを守る為と言い、彼女を狙う奴等が居ると、そう誤魔化しながら任務をやらしているが……」


 おじいちゃんのその顔からすると、あんまり上手くいってない様ですね。


「本来なら1ヶ月程かかる任務を、1週間で終わらせたり……1週間かかる任務を、1日で終わらせおる。もう儂がヤケになってしまい、この前1年かかる任務をやったら、1ヶ月で終わらせて帰って来たのじゃ!」


 まぁ、4人も居たらそうなるだろうね。単純に、作業を短縮できるからさ。

 そう考えると、おじいちゃん達の詰めが甘かったんだと思い、僕は再びお茶を飲む。


「それぞれ1人ずつ、1年かかる任務をやったというのに、いったいどういう神経をしとるんじゃ」


「ぶふぅっ!! あっ、しまった! 里子ちゃん飲まないで!!」


 そう叫んだけれど、駄目でした……まるで、飛んで来るディスクをキャッチするかの様にして、見事に僕の吹き出したお茶を……。

 部屋の床が濡れなかったから、良しとは……出来ないよね。里子ちゃん、あとで覚えててよね。


『驚くのも仕方が無いだろう。奴等は、それ程の力を持っている。本気でかかられたら、俺でも白狐でも太刀打ち出来ん程のな』


 白狐さんと黒狐さんでも勝てないって、それは確かに相当ですよね。


 するとその瞬間、僕の部屋の窓ガラスが急に割れて、誰かが飛び込んで来た。


『椿!』


『誰だ!』


 同時に、白狐さんと黒狐さんが僕を庇う様にして、しっかりと抱きしめて来ました。うん、抱きしめてね……。


「いや、待って下さい……抱きしめなくても大丈夫ですから!」


 急いで白狐さん黒狐さんから離れようとするけれど、離してくれません。


「なんじゃ、酒呑童子か。何をやっとる?」


 え? 酒呑童子さん? ビックリして損したよ。でも、何で酒呑童子さんが吹き飛んで来るの。

 しかも、仰向けになりながら倒れていて、そのまま目を回しているからね。何があったの? あの酒呑童子を倒している。


「この不届き者めが、その首はねてくれるわ」


 すると今度は、外から窓枠に足をかけ、酒天童子さんに威嚇している……えっと、赤いリボンだから、この人は龍花さんか。

 その龍花さんが、手に大きな青龍刀を握り締め、そして酒呑童子さんに殺気を放っていた。


 これは、非常に危ない展開じゃないでしょうか? このままじゃ、僕の部屋で血みどろな展開が……。


「待て、龍花。それは流石にいかん。武器を納めよ」


「翁、しかし!」


「納めよ」


「うっ……わ、分かりました」


 流石はおじいちゃんです。あの龍花さんを、1回睨み付けるだけで大人しくさせてしまいました。

 やっぱりおじいちゃんは、怒らせると誰よりも怖いですよね。


 だけどその後に、酒呑童子さんが体を起こして伸びをし、あり得ない事をしてきました。それよりも、目立った傷がないよ……ほとんどダメージが無いなんて、チート過ぎです。


「あ~やれやれ、何とかなったか? 全くよぉ、ちょいと挨拶しただけじゃねぇか。こうやってよ~」


 そして酒呑童子さんは、龍花さんの胸めがけて素早く腕を伸ばすと、その豊満な盛り上がりを何回もつついた。


 あっ……龍花さんから怒りのオーラというか、逆鱗に触れた時の表情というか……とにかく凄い顔をしています。これはヤバいかも。


「逝ね!」


「うひょぉう!!」


 龍花さんは、青龍刀を迷いなく振り下ろし、僕の部屋ごとおじいちゃんの家を真っ二つに斬った。どんな威力ですか、その武器……。


 酒呑童子さんの方は、ギリギリで避けていて無事でした。真っ二つになっていれば良かったのに……。


「お~こわこわ。お前はもうちょっと謙虚になれよ~んじゃな~」


 それだけ言うと酒呑童子さんは、軽やかな足取りでその場をあとにしてしまった。

 謙虚の使い方も違うし、意味も違うと思うよ。絶対に酔っているよね、あれは。


「おじいちゃん……家はあいつを扱き使って直そうよ。龍花さんを挑発した罰としてさ」


「そうじゃな」


 おじいちゃんの同意も得たし、早速家を直して貰わないとね。


「くっ……あの悪鬼め」


 そして、龍花さんは悔しそうにしながら、酒呑童子さんが去った方向を眺めていた。

 その後、おじいちゃんが龍花さんを宥めていたけれど、約1時間近くかかっていました。


 こんな人達に認められるには、相当な覚悟と努力がいるかも知れませんね。

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