第陸章 九夏三伏 ~長い夏休みの始まり~

第壱話 【1】 海へ行こう

 ショッピングモールの事件から1週間後、いよいよやって来たこの日、そう――


 海ですよ海!

 流石の僕も、少しテンションが高くなっちゃいますね。


 そして僕達は、レンタルした2台のワンボックスカーに分かれ、京都の丹後半島、京丹後市へと向かう為、高速道路を走っています。そこが唯一、京都で海に面している所だからです。


 運転は、白狐さん黒狐さんがやってくれています。というか、運転が出来た事に驚いたよ。

 2人とも、Tシャツとジーパンというラフな格好。僕も、Tシャツとショートパンツという格好です。


「それにしても、2人の謹慎が1週間ですんで良かったです」


 僕は、隣で運転する白狐さんに話しかける。

 実は、白狐さん黒狐さんは謹慎を受けていて、1週間任務が出来なかったのです。


 その理由は、一般人が危険な所に行くのを止められず、先生は精神がおかしくなり、7人の生徒の手が、一生使い物にならなくなった事です。2人は、その責任を負わされたのです。


 だけど、全ては格上の存在であった、九尾の亜里砂のせいであって、そこも踏まえたうえでの1週間だと、おじいちゃんは説明してくれました。


 もちろんその後に、僕もショッピングモールで起こった事を話しました。


『心配かけてすまなかったな椿。それに、助けてやる事も出来なかった』


「ううん。意外と大丈夫だったし、そんなに気にしなくても良いですよ。それに、それも1週間前から毎日言い続けて、今ので7回目だよ」


 そう言いながら、僕は手にしたお菓子を食べる。当然これも、妖気を含んだ妖怪スナックです。

 細長いポテトタイプのお菓子だけど、真っ直ぐにすると、その先が膨らんで爆発します。でもお菓子ですからね、そんなに苦労しないで食べられますよ。


「それにしても、椿ちゃんは頼もしくなったわね~もう白狐さん黒狐さんなんて、要らないかもね」


「ちょっとカナちゃん、そんな事無いですよ。僕にはまだ、白狐さんと黒狐さんが――あっ?!」


 言い切る前に気付けて良かったです。カナちゃんは、僕にのろけさせる為に、わざとけしかけたんだ。


 あっ……白狐さんがこっち向いて、ニヤニヤしている。


「前を見て運転して下さい」


『ぐはっ!? そ、そんなに恥ずかしがらなくても良かろう』


 白狐さんの顎を掴んで、無理やり正面を向かせたけれど、そんな事を言うのなら、お口にもテープを貼っときましょうか? どうせ言わなくても分かってるくせに……。


「ふふ、椿ちゃんったら、顔真っ赤にして可愛い~」


 そんな僕の様子に、カナちゃんがご満悦な表情をしている。僕はいつも、君の思う壺だね。


 ちなみに、今日のカナちゃんの格好は、Tシャツにオーバーオールで、髪はいつものロングじゃなく、ポニーテールにしていました。

 なんだかボーイッシュな感じで、幼なじみにいじられているような感じがするよ。


「うんうん。それに今日は、遂に椿の水着姿を……」


 普段あんまり表情を変えない雪ちゃんまで、嬉しそうな顔になっているのが分かります。

 そして雪ちゃんの服装は、ミニスカートにハイソックス、更に薄手のブルー系のブラウスを着ていて、細身でスタイルの良い彼女には、凄く似合っている格好です。良いな……僕もそれくらいスタイル良ければなぁ。


「ねぇ、おじいちゃん。あとどれくらいで着くの?」


 弄ってくる2人の事は、一旦無視をしておいて、僕の後ろに座っているおじいちゃんに、到着する時間を聞いてみた。


「む? あと1時間程じゃ」


 結構時間が掛かりますね……。

 新しい高速道路が出来て、ちょっとだけ便利になったとは言え、それでもおじいちゃんの家から、2時間以上もかかるなんて……同じ京都なのに、何でこんなにも不便なんだろう。


「つ、椿ちゃん……私達の弄りを無視するなんて」


「やるようになった」


「あのね、2人ともさ……あれから1週間、おじいちゃんの家にずっと泊まって、寝る時には白狐さん達と一緒になって、僕の体を弄りまくったでしょ!」


 実はこの2人、あれから自分達の家には帰らずに、おじいちゃんの家にずっと泊まり込んでいて、僕を愛でていました。


「雪ちゃん~お母さんは久々に、母娘のスキンシップを取る事が出来て、凄く嬉しいわ~!!」


 すると雪ちゃんの後ろから、氷雨さんが抱きついてきた。


 雪ちゃんも、僕と一緒に居たいからって、おじいちゃんの家に居たんだけれど、強烈なお母さんとも一緒に居る事になるので、おじいちゃんの家では毎日、逃げ回る雪ちゃんの声と、追いかける氷雨さんの声が響いていました。


「うぐぐぐ……く、首が」


「氷雨さん、締まってるから。それ、技が決まってる状態だよ。そんなんだから、雪ちゃんが嫌がるんですよ」


「い、いけない! 私ったらまた……」


 こんな風に、毎回僕が2人の間に入って、何とか母娘おやこ仲良くさせようとしています。

 そうしないとね、2~3日に1回くらいで、おじいちゃんの家が冷凍庫と化すのです……。


「ダメな母が、いつも迷惑を……」


「雪ちゃん、気にしないで良いから」


 そう言って、雪ちゃんは頭を下げてくる。

 そんなに申し訳ない顔をしなくても良いのにって思うよ。


 親といえば、雪ちゃんは父親に連絡をしているから大丈夫だろうけれど、カナちゃんは母親と暮らしていないのか、連絡をする必要は無いって言っていた。


 だけどその時、凄く寂しそうな顔をしたのを、僕は見逃さなかった。そして今も、雪ちゃんと氷雨さんのやり取りを見て、ニコニコしてはいるけれど、寂しそうな雰囲気なのが分かる。

 必死に隠しているんだろうけれど、僕には分かるよ……カナちゃん。だって、僕も一緒だったから。


 両親が居ても、僕は居ない者扱いされ、両親が居ないのと変わらない思いをしていたからね。

 だから分かるんだ、その無理している感じ。親の愛情に飢えたその顔がね。


 カナちゃんに何があったかは分からないけれど、この旅行で、少しくらいはカナちゃん自身の事を話してくれると良いな。


「ふむ。ちゃんと皆ついて来とるの」


 僕がそんな事を考えていると、おじいちゃんが窓の外を確認し、このワンボックスカーを後ろから追いかけている、他の妖怪さん達の様子を確認した。


 このワンボックスカー2台では、おじいちゃんの家の妖怪さん全員なんて、無理だからね。

 だから、車に着いて来られる妖怪や、空を飛べる妖怪は、その能力を使ってもらって、この車を追いかけてもらっています。


 ちゃんと、僕達の乗る車の周りをね。さながら百鬼夜行ですよ、これ。


「おじいちゃん……これ、見える人が見たらどうなるの?」


「ふん、笑い話にされて終わりじゃわい」


 僕の質問に、おじいちゃんは一笑して返した。

 この百鬼夜行の中に、僕も居るんだよね。1ヶ月前の僕では、想像も出来なかった事だよ。


 そう思いながらため息をつき、開いている窓の外を見る……と。


「椿ちゃ~ん、大丈夫? 車酔いしたなら、お薬出すよ?」


 大きな狛犬に乗った里子ちゃんが、話しかけてきました。


「いつもいつも、娘がお世話になっています。里子の父です」


「あっ、いえいえ……こちらこそ、お世話になっています」


 そしてその狛犬が、走りながら僕にそう言ってくる。この狛犬の方は、里子ちゃんのお父さんでしたか。

 そのお父さんが、礼儀正しく僕に挨拶してきたので、僕も礼儀正しく返しました。


 里子ちゃんは、お父さんの背中の上に乗せてもらって、着いて来てるんだね。羨ましいな。


 美亜ちゃんと夏美お姉ちゃんは、後ろの黒狐さんが運転する車だし、全員居るのは確かですね。


「椿ちゃん……ちょっと前までは、これでキャーキャー言って可愛かったのに……」


「あのね里子ちゃん、いい加減慣れましたよ。それに、いつまでも怖がっていたらダメですからね」


 僕がそう言うと、里子ちゃんはうな垂れてしまい、凄く残念そうにしてきた。すると里子ちゃんのお父さんが、そんな彼女に注意をしてくる。


「こら、里子。友人の成長は喜ぶべき事だ。そんな意地悪な子に育てた覚えは無いぞ。罰として……こうだ!」


「きゃわぁぁぁああ!!」


 里子ちゃんのお父さんは、突然物凄いスピードを出し、ジグザグ走行をしながら走り出しました。

 あんまり走っていないけれど、一般の人の車には気を付けてね……と思ったら、その車の間を縫うようにして、ジグザグと走っている。走り方もスムーズで、すごいですね。


 凄いんだけど、里子ちゃんがお父さんの背中から落ちそうです。

 必死な形相でしがみつく里子ちゃん。彼女のあんな姿も、何だか新鮮ですね。


 こんな日が、ずっと続けば良いんだけどなぁ。


 僕はしんみりとしながら、そんな事を考えた。

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