第拾漆話 【2】 ご主人様と下僕

 正直、これ以上杉野さんに迷惑をかけるわけにもいかないので、僕はしっかりと、閃空の言っていた言葉を伝えます。


「妖怪が街を滅ぼした? そして、それを憎しみを持って言っていた閃空は、その街の生き残り……」


「かも知れない、です。僕の想像なんで、そいつがはっきりと言ったわけでは無いです。でも、必死に思い出そうとしていたりしたから、大きく外れているわけでも無いと思う」


 僕のその言葉の後に、メモを取っていた杉野さんの手が止まる。


「そうだな、何かしら関係があるかもな。しかし、街が滅ぼされた? そんな事があったら、それこそもっと大騒動になるし、記録にも残るはず。いや、待てよ……妖怪の仕業なら、今回の事件の様に、情報操作をされて揉み消されたのか?」


 杉野さんの言葉に、僕もそれしか無いと思った。

 でも、たとえ情報操作されたにしても、センターにその情報が残っているんじゃ無いのかな。


「ねぇ、杉野さん。情報操作されても、事件ならセンターに情報が保管されてないかな?」


「あぁ、それは勿論だ。しっかりと残されているさ」


 それなら、帰ったら白狐さん黒狐さんにも話して――ってそういえば、2人は今動けないんだっけ?

 全く、こんな時に――って思ったけれど、殆ど僕のせいなんだよね……。


「帰ったら、おじいちゃんにこっそり聞いてみよ」


「それは良いな。何か分かったら、この前渡した連絡先に連絡してくれ」


「うん、分かった」


 するとその言葉の後に、杉野さんの隣に座っていた夏美お姉ちゃんが、目の色を変えて詰め寄ってきました。


 やってしまったよ……今の会話は不味かったです。


「椿……あんた、とっくに連絡先交換してたの?! お姉ちゃんにも教えなさい!」


 ご本人が横に居るんだから、直接聞いたら良いのに……何故か夏美お姉ちゃんは、僕に向かって言ってくる。


「お姉ちゃん、直接本人に聞いたら?」


 視線を杉野さんに移しながら、夏美お姉ちゃんにそう言うと、何故かモジモジしながら顔を赤くしています。


「いや、だって……私から男の人に連絡先を聞くなんて、そんな事、したこと無いから」


 夏美お姉ちゃんが、完全に俯いちゃいました。何でそんな所だけシャイ何でしょうか。

 でも良く考えたら、今まで夏美お姉ちゃんに言い寄る男子はいたけれど、夏美お姉ちゃんからって事は、無かったような気がします。


 そこで僕は、杉野さんに目配せし、教えても良いかの確認を取る。すると、杉野さんはニッコリと笑い、胸ポケットから名刺を取り出すと、夏美お姉ちゃんに手渡した。

 それをお姉ちゃんは急いで確認して、裏に書いてあった連絡先を見ると、満面の笑みで杉野さんに抱きついた。


 そう言う所だけは積極的ですね、夏美お姉ちゃん。でも、ちょっと待ってね……今嫌な考えが頭を過ったよ。


「杉野さん、ちょっとごめん……」


 そう言うと、僕は杉野さんの胸ポケットを探る。


「えっ? あっ、ちょっと待て!」


 その慌てよう、な~んか怪しいですね……。


 そして僕は、胸ポケットの中に、同じ様な名刺が何枚も入っているのを確認した。その瞬間、杉野さんが僕の手を払ってくる。


 やっぱり怪しい……。


「杉野さん。その胸ポケットの中の、見せて」


「い、いや……これは、君には関係――」


「見せて」


「――ぐっ」


 どうですか? この僕の、殺気の籠もった満面の笑顔は。


 どうやら、だいぶ効いている様です。

 杉野さんが冷や汗を流しながら、困惑していますよ。そして遂に、胸ポケットの中の大量の名刺を取り出し、観念して僕に手渡した。


 それを何枚か手にし、僕は直ぐに裏を確認する。

 するとそこには、予想通り杉野さんの連絡先が書かれていました。


「ふ~ん、なるほどね。これ良く見たら、個人で作った名刺だよね? 警察官には、名刺なんか要らないもんね~そっか~こうやって情報収集しているんですか、偉いですね」


「つ、椿ちゃん……な、何か怒ってる、のか?」


「別に~怒ってないですよ。ただ、名刺の裏にコッソリと書かれていたし『もしかして、僕だけ特別に』なんて考えていた自分が、凄く恥ずかしいですね」


「お、怒ってる? 怒ってるよな?」


 そんなにビクビクしなくても良いじゃ無いですか。見た目通りなんだから、怒る事はしないですよ。ちょっと呆れたけれど。


「別に良いじゃん~それだけ女性を口説く事に、慣れているって事でしょ? 椿はもうちょっと、大人にならないとねぇ」


 夏美お姉ちゃんはそう言いながら、更に杉野さんに密着する。流石、ギャルですね……。


 そういう考え方は、僕には理解が出来ないので、お姉ちゃんには恋愛相談しない方が良いかな……いや、恋愛する気じゃ無いよ。

 それどころか、恋愛とか色々とすっ飛ばして、白狐さん黒狐さんに求婚されてるもん。


「椿ちゃん、良いの?」


 その様子を、僕の隣でまた面白そうにしながら眺める、3つの顔。絶対に、僕の反応を見て楽しんでるよね? この3人は……。


「何がですか? カナちゃん」


「杉野さん、取られちゃうよ?」


「別に彼氏じゃないです」


 まったくもう……勘違いをしないで欲しいけれど、杉野さんは僕を助けてくれた時に、ちょっとだけカッコいいなって思っただけです。


「下僕?」


「そうです」


 あれ? 僕なにか、変な受け答えをした気がする。

 ちょっと雪ちゃん、今何て言ったの? アイスクリームが溶けそうで、早く食べようとした所で言われたから、取りあえず返事をしちゃったんだけれど……下僕って言いましたか?


「そうかそうか、それは良かった。それなら、下僕らしくしっかりと動かないとな!」


 そう言った後、杉野さんは嬉しそうにしながら立ち上がると、夏美お姉ちゃんの頭を撫で、スキップでその場を去って行った。

 この人、仕事中だしね。それよりも、今なんて言いました? え……下僕?


「…………」


「良かったわね、良い下僕が出来て」


 僕が無言のまま固まっていると、美亜ちゃんがそう言ってくる。でも美亜ちゃんは、今一般の人には見えないから、返事をするわけにはいかない。というか、僕聞こえない。


 しかも、いつの間にかショッピングモールには、普段の活気が戻っていた。零課の人達は仕事が早いですね。


「椿ちゃん、アイスが溶けて落ちるわよ」


「…………」


 すいませんカナちゃん、何か言いました? 僕はまだちょっと、ショックで放心状態なんです。


「大丈夫。私の妖具を使えば、アイスは溶けない」


 その後、何だか両手が冷たくて、気持ち良くなってきた。おかげで頭も冷え、ちょっと冷静に……。


「あ~!! 雪ちゃん、何て事言うの?!」


 冷静になってようやく、僕が杉野さんを下僕だと、そう言ってしまった事に気付きました。しかも杉野さんは、嬉しそうにしながら去って行っている……もう確定ですよ。

 今更間違えましたとか、そうやって誤魔化す事も出来ませんね……。


「良いじゃない、下僕の1人や2人。私も欲しいわよ」


「美亜ちゃんの価値観で言ってこないで。僕は困るの」


 だってさ、ご主人と下僕って言ったら……。

 僕が露出の多い、ハイレグなんかの危ない服を着てさ、ムチを持って仮面を付けて、そして――


「――そして、下着だけにした杉野さんの口に、ボールみたいな物を付けてさ、四つん這いにさせて、それで僕が馬乗りになって、お尻をムチで叩いて『この下僕が! 醜いブタが!』なんて言うんだよね……そ、そういうのは困ると言うか、出来ないよぉ」


「椿ちゃん、椿ちゃん。それは、女王様と下僕と言うか……ペットや奴隷とか、そう言うのだよね? ちょっと違うと思うな」


 何故か僕の心の声に対し、カナちゃんが返事をしてきたから、慌てて周りを見てみると、皆が僕の方を見ながらニヤニヤしていた。僕、まさか……。


「椿、途中から声出てた。可愛い」


「うっ?!」


 とんでもない事を聞かれちゃって、恥ずかしくて堪らない。

 慌てて両手で顔を隠すけれど、それじゃあそもそも、下僕って何なの?


「あの、それじゃあ……ご主人と下僕って、どういう事を言うの?」


 僕は両手の隙間から、チラッと皆を見て聞いてみる。

 皆だって中学生だし、詳しく知っているかは分からないけれど、夏美お姉ちゃんも居るし、皆が同じイメージをしていたら、だいたいそれで合っているはず。


「えっと……それは。椿ちゃんが露出の多い服を着て――」


「豪華な椅子に座って、ふんぞり返る」


「そして、地べたに座らせた杉野さんに――」


「履いている靴を口元に持っていって――」


『靴を舐めろ』


「殆ど僕のイメージ通りじゃん~!!」


 カナちゃん雪ちゃん、そして夏美お姉ちゃん美亜ちゃんって流れで、皆で順番に言った後、最後は一緒に同じ事を言うって事は、それって皆同じイメージをしていたって事だよね?! それならば、ご主人と下僕って、やっぱりそういう意味だよね?


 僕みたいな、未成熟な女子中学生の下僕になって、それで喜ぶなんて、そんなの相当な変態じゃん! 皆「おかしいな?」って感じで、一斉に首を傾げないでよ。


 とにかく僕は、これから杉野さんへの対応をどうしようかと、頭を抱えて唸ってしまう。


 悩みの種を、新たに増やしてしまいましたよ……。

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