第24話
やっとの思いで帰宅したとき、時計はちょうど正午を示していた。締め切られた部屋は蒸し暑く、じっとりと汗ばむのを感じる。まず一番に、エアコンを駆動させた。
何をする気力も湧かず、ソファに寝そべり、エアコンの風を一身に受ける。設定温度に下げようと躍起になっているかのように、ごうごうと駆動音を鳴らしながら、勢いの強い空気が、そこら中に撒き散らされる。中和されるまでが、辛い。
朝を抜いているにも関わらず、空腹感はまるでなく、どこか投げやりな思考が、このまま死んでいくのかもしれない、と浮かべている。死という、絶対的にして遠方に存在すると過信している不明瞭な要素に、生きている人間は常に支配されている。死にたい。死にたくない。死ね。死なせて。現実か創作かは問わず、幾度と見聞きした言葉である。死という概念は、木のように根こそぎ取り払うことが、そう易くない。
とにかく、何かを食べておこう。
散漫な意識をリフレッシュするために、食欲に集中する。それが自発的に湧いてこないのは問題ではあったが、食べなくてはならないと思い込めば、多少は喉を通りそうな気がした。しかし冷蔵庫の中にはそれらしい何かは見当たらず、結局、飴を転がす。
ぼんやりと過ごしているうちに、半時間も経っていた。自分が酷くのろまになった心地で、蝶の羽ばたきのような穏やかな瞬きを、幾度か繰り返す。世界に取り残されている自分は、どんな顔をするのが正解だろうかと、当て所もない思考を展開させる。
不毛な遊びをしているうちに、メールが届いた。木村雪乃からである。
「これから電話してもいい?」
この、確認をするくらいであれば、最初から電話を寄越してくればいいのにと、毎度思う。出られない場合は、出ないだけだ。
こちらから発信を行う。三回で繋がった。
「大丈夫だった?」
「うん、平気」言ってから、もしかして体調の話だったろうか、と思って、「ありがとう」
言葉を継ぐと、息が触れるノイズが鳴った。
「良かった」
「心配どうもありがとう」重ねてから、「最後なのにさっさと帰ってごめん」
「謝ることじゃないよ。何も、そんな特別なことじゃないんだ」
「もう何回も転校してるの?」親の仕事の都合、という理由を思い出し、「大変だね」
「うん……、まあね」
妙な歯切れの悪さを感知し、
「どうしたの?」
促してみると、
「こんなこと言い出したら、呆れちゃうかもしれないんだけど」
酷く言いにくそうに言葉を詰まらせた。
「何?」
そんな言い草が、気にならないはずもなかった。
「どう言えばいいかな」
「思いつくまで待つよ」
「ありがとう」しかし大した間を必要としなかったようで、「笑ってもいいけど、ちゃんと聞いてね」
「うん、聞いてる」
「私ね、今日の夜、殺されるんだ」
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