第22話

 遅刻ぎりぎりにやってきた浅羽幸弘も交え三人で下らないことを口にしながら時間を過ごしていると、ビニール袋を揺らしながら担任が入ってくる。各々席に戻り、渦巻く噂と、空白のままの席に無遠慮な興味を傾けながら、最初の言葉を待っていた。

「えー、聞いているやつもいるかと思うが」

 その期待に応えんとするかのように彼が言葉を発したとき、また、デジャヴを覚える。今日は、嫌に多い。夢の中で同じような経験をしたとでもいうのだろうか。

 担任の言葉に質問を投げるクラスメイト。その会話も、ほとんど耳に入らない。いや、すでに入っていると言うような心地だった。決められた筋道を、丁寧にひとつずつ進んでいるような、予定調和な感があった。それは演劇というには、無自覚すぎる運びではあったが。

「お前なんか書くことある?」

 いつの間にか担任が教室を去り、ざわめきを取り戻した教室内において、前の席の浅羽幸弘は振り返り、声を投げてきた。

 しかし、

「あー」それすらも、「なんかデジャヴ」

「デジャヴ?」聞き返すなり、阿呆のように頭上で両手を振り動かし、「じゃあこれも?」

「ごめん」手のひらで両目を覆い、「こんな馬鹿は初めて見た」

「えーなんだよそれ!」遅れて芽生えた羞恥心に、顔を仰ぎながら、「なんかやり損じゃん!」

「知らないよ」こちらに非はない。「本当に馬鹿だなあ浅羽は」

「うるせえよ」

 デジャヴはなぜ起こるのか、そういえば調べてみたこともない。前世だ夢だと無責任なことを言う向きもあるが、そのどれも、余り信憑性はない。説明の付かないことは世の中には多くあるし、それを受け入れる間口の広さを自身の中に持つことが、重要だと言うことを、世間は気付いているだろうか。理解よりも、許容することのほうが、大事なのだ。

「それで、なんて書くんだよ」

 決まり悪そうに頭を掻き毟り、

「それなりには親しかったからね、今どれにしようか悩んでいるところ」

 舌を鳴らすと、

「へいへい、そうやって上から目線でものを言いやがって」

 少しずれた返答を寄越してくる。

「浅羽のほうが友だち多いでしょ。そこ、別に僻むところじゃなくない?」

「友だちの多さは今は関係ないの。なんだお前、馬鹿だから誰とでも仲良くなれるとでも思ってんのか」自身を嘲り、顔中に皺を作るその哀れさが、可笑しかった。「笑うんじゃねえよ」

 転校、か。

 もし自分が抗いようのない流れのせいでそのような事態に陥ったとしたら、どうだろう。ほとんど毎日のように登校をともにする松田航平や、教室に入るなり声を掛けてくれる中西博美や、こうして、下らないことを言い合える浅羽幸弘のような人間を、もう一度手に入れることは出来るのだろうか。中心人物と言わずともクラスに馴染み、同様にしていじめられるほどクラスで浮かない、そういう立ち位置を、確保できるだろうか。

 不可抗力であればこそ、全く羨むところがないわけでもない。

 自分の意思に関係なく見ず知らずの土地に放り出されることは、苦難だが、それはそれで、楽しめないこともない。そもそも溢れんばかりの自己に向けて、誰かと比較したり、選別したり、と考えること自体が、失礼極まりない。すでに出来上がった環境の中で、自分を高め、存在を誇示し、それで確固とした地盤を築いていくのが重要なのであって、周囲の人間に責任を押し付けるような考えを起こしてはいけない。何がどうなろうとも、原因は自らにあるのだ。

 さなぎから蝶へ羽化するにしても、その意思が、さなぎ自身になければ、叶うはずなどないのである。

 色紙が巡ってきて、浅羽がペン先に視線を向ける中、

「木村さんならどこでも大丈夫。がんばってね。今までありがとう」

 そのさなぎに向けて、言葉を綴る。

「なんかくさいな」

「くさいくらいでちょうどいいんだよ」

「こういう改まって書くやつ、結局、くさい台詞になるよな」

 それでも人気者らしく、周囲に茶化されながら、浅羽がペンを握るのを、ぼんやりと眺めていた。

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