第7話

 それはいかにも突飛過ぎる発言で、ようやく草が生え始めたばかりの意識では、笑うどころか、正確に捕捉することも出来なかった。

「殺される? 誰に?」

 下手糞な演技のようなぎこちなさで歩き始めるので、それについていく。

「わからないの」

「わからない?」何を言っているのかが、わからない。「でも、殺されるって?」

「そう」それから、両手を組んだり解いたりしながら、「私はね、元々ここに居た木村雪乃ではないの」

 また、意味のわからないことを言った。

 眉間に皺が寄るのを押さえられない。また、意識が地割れからやり直すことになるかもしれない。

「どういうこと?」

「元々は、別の木村雪乃だったの」

「別の?」

「そう、違う世界の」

「全然わかんない」転校するからと言って、何を言っても認められるわけではない。「何の話をしているの?」

「私は今生きているけど、過去に死んでいるのね」しかし理解も容認も求めて居ないように、木村雪乃は話を続けた。「人間って死ぬとどうなるか、知ってる?」

「知らないけど……」禅問答のようだ。「無になると聞くけど」

 緩く目を瞑り、力を抜いて首を振る。

「近似値の世界に収束されるの」

「近似値? 収束?」

「パラレルワールドの概念はわかる?」

「そりゃ、聞いたことくらいはあるけど」

「ひとつの選択に対しイエスかノーか。それだけで、人生は分岐していくのね。そして選択の数だけ、分岐した数だけ、違う自分が生まれていく」

 今更、その基本理念の説明はどうだって良かった。

「それが?」

「死ぬと、少しずつ収束されていくの。剪定されるみたいに、切られた枝に向かうはずだった養分が、別の自分へ渡される」場違いに、人さし指を立てる気安さで、「スライドしていくの」

「はあ?」

「優なら理解できると思うの」有無を言わせぬスピードで言葉を継ぐ。「殺されることは知っているけど、誰に殺されるかはわからない。そういう風に、全ての記憶がまるきり移動するわけではないんだけど、死ぬと意識が混濁して、別の身体の意識と一緒になる。要するに、私は今日、この終業式の日を、もう何遍も繰り返しているわけ」

 理解できると思う、と言われると、理解しなければならないと思い込んでしまう。人間の認識能力は、余り正確ではない。言外に込められた意味まで、網羅しようとしてしまう。

 だから必死に頭を回転させた。なるべく理解しようと努めた。

 結局それは叶わず、

「わかった。それで?」

 受け入れるに留めた。否定しても彼女は話を続けるのだろうし、それならばいっそ促してやったほうがスムーズだ。

「優にお願いがあるの」最後のお願いなの、と彼女は続けた。「私を殺す人間が誰なのか、それを突き止めて欲しい。それで、出来るなら、私の死を、ここで打ちとめて欲しいの」

 蝶になりたいのだと、言われた気がした。

 丸まったさなぎのまま、彼女は死と転生を繰り返し、一向に羽化しない。それを、打破して欲しいのだと。

 そう思うことは、自惚れか、或いは、自意識過剰だろうか。

「でもどうして」

「優を選んだか?」頷いて返すと、「何遍も、って言ったよね。その中で、クラスメイトの一人ひとりに、同じようにお願いしたよ。それでも、協力してくれる人はほとんど居ないし、してくれても、特定までは行き着かない。これまでの経験、収束された記憶の中で、優が一番熱心だったの。今みたいにね」

 笑顔をくれる。

 啜り泣きをあげたり、駆け寄ってやったりするクラスメイトも、先ほどまで輪を作っていた倉持智也、中西博美、浅羽幸弘たちをも抑えて、自分が一番親身になってやったのだと、彼女は言う。その想像が、自分ではうまく出来なかった。

 ただ、彼女のこれまでに説明した自身の鬱屈が全て真実であるとするならば、これも、真実なのだろう。自覚がないところで評価されるのは、気持ちのいいものではない。

 天邪鬼な気分になって、

「まさか」

 切り捨てるが、

「本当だよ」彼女は余裕の笑みのまま、「今日の十一時半、桜野町の御心橋に、呼び出されるの。そこで、私は何か重要な話を、その人とする。結局、突き落とされて、殺されてしまう」

「嘘だよ」

「嘘だと思うなら、来てみたらいいよ」

 彼女の言葉に、何を考えることも、何を言い返すことも出来ないまま、気付いたら、駅にたどり着いてしまっていた。

 すっかり、抱えた謎を提示した彼女は、晴れやかな気分にでもなったのか、

「それじゃあ、またね」

 あまつさえ手まで振り、上りホームへ向かっていった。

 一人残され、考えることは、ひとまず腹を満たすことだった。

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