ハトレースと青い鳥/他

加賀山かがり

 

#1

ハトレースと青い鳥:SF

使用したお題

【最低賃金】【チルチルとミチル】【勘違いの恋愛感情】【映写機】


「だぁぁぁっ! ド畜生! 何で、そこで失敗するんだよ!」


 俺は目の前でグルグル回転している小さなハトの行く末を案じながら落胆の声を吐き出していた。

 懸賞金のかかったハトレース。俺はそんなハトの飼育員の一人だ。

 毎日毎日、餌をやって、道順を憶えさせて、時間通りに帰巣させる訓練をさせる。

 少しずつ少しずつ、毎日毎日ハトの世話をして、ハトがレースで少しでも早く、少しでも安全に帰ってこれるように祈りながら送り出す。

 だけど、何度やっても、何度やっても、何度やっても、俺の育て上げたハトたちはいつも決まって最下位で帰ってくるのだ。

 訓練ではもっともっと早く帰ってきてくれるというのに、どうしてこう、賞レースになると決まって最下位なんだか。

 俺はほとほと悲しくなる。

 違うだろ、お前たちはもっと早く飛べるだろ? おまえたちはもっと安全に進路を選べるだろう?

 俺の期待はいつもいつも裏切られて、そのたびに落胆させられる。

 そして俺の育てたハトたちは万年最下位。そんな俺についたあだ名、それは『ミスター最低賃金』だった。

 悔しいったらありゃしない。

 さて、どうしたものか。

 俺は考える。

 どうしたら俺の育てたハトたちは実力を十二分に出し切れるだろうかと。

 ゆらゆら、ゆらゆら。

 猫じゃらしがそよ風に揺れていた。

 猫がそれにじゃれつく。

 何とか、こうハトがレース中にどうやって進路を決めているのか、それを知ることが出来ればもっとこう、改善の余地が見えてくると思うんだが……。

 なんとか、こうハトの頭の中を覗けたりしないだろうか。

 俺は首をひねる。

 うーん。人の脳波を解析してプロジェクターに投影する機械とか、確かあったよな。

 あれをハトに応用できたりしないだろうか。

 俺にはそういうのは専門外だからなァ……。

 幸いにして伝手がないわけでもない。

 一応俺も一端の調教師なわけだし、そういった生き物と機械の融合技術みたいなモノを専攻している奇妙な知り合いくらいはいたりする。


 だけど、

「んな便利なモノを使わせてもらうんなら、金がかかるよなぁ……」

 賞レースで万年最下位の俺はヒビを過ごしハトを育てるだけで精いっぱいなのだ。


 余計な出費を増やすことは出来ない。

 だけど、逆にこうも考えられるから厄介なんだ。『ここに金を使わないといつまでたっても万年最下位だぞ』と。

 さて、俺は悩んだ。

 さんざっぱら悩んだ。

 人生で一番悩んだんじゃないかというくらいには悩んだ。まぁ大して長生きしているわけでもないけどな。

 起死回生にかけるか、堅実に地道にハトを育て続けるか。

 幸いにして俺の育てたハトたちはレースで行方不明になったことは一度としてない。これはちょっとした自慢である。

 どんなに優秀で速いハトを育てられる飼育員であってもレース中に脱落してしまう個体が出てくることは避け難く、それは俺たちにとっては何よりも重い。ともすればレースで一位を取ってさえ総合的な損失が大きくなる場合さえもあるほどにだ。

 早く優秀なハトほど群れの他の個体よりも先行してしまって、他の猛禽類に襲われたりする。

 何より俺が万年最下位の調教師であるにも拘らずこれまでハトの調教という仕事を続けてこられたのはこの、ハトの損失を出していないという実績に集約されているほどだ。

 俺が今と同じような飼育の仕方調教の仕方を貫いていけばきっとこれまで通り仕事を続けて行けるだろう。

 だけど、果たして俺はそれでいいものか、そう考えてしまう。

 俺も男だ、ハトは確かに大事だが、それよりも俺が育てたハトが賞レースで優勝する場面を一度見てみたい、そう思ってしまうのはきっと仕方ないことだろうと思う。

 ぐらぐらと、だけど天秤は初めから傾いていたように思う。


 つまりだ、

「良し、頼んでみよう」

 一択だった。



「はぁ? ハトの脳内を投影する映写機みたいなものはないか……、だって?」


 死ぬほど隈を作った白衣の女は俺に対して呆れたように眉をひそめて、それからコーヒーを一杯啜りやがった。

 ぼっさぼさで毛先が跳ね回っている傷んだ長い茶髪を揺らし、隈によっていっそう悪くなった目つきを鋭くとがらせる。

 この、やたらと身形を気にした風のない女は一応俺の幼馴染だ。

 俺がハトの調教師見習いを始めたころにこの女もまた大脳生理学の研究を始めた。

 俺にはあまり才能がなかったがコイツにはどうやら有り余るくらいに才能があったらしく、あれよあれよと脳科学の分野において頭角を現していった。

 その結果、コイツの技術によって世界は三度変革された。

 一度目は脳内投影型の仮想現実V R技術。二度目は拡張現実A R仮想現実V R技術を高いレベルで融合させるための脳波リンクの仕方の確立。

 そして三度目、コイツは本当にすごい。完全な、ニューロンネットワークの電子的解析。コレによって人類は脳みその完全なバックアップを手に入れることに成功した。

 まぁ、この技術によっていろいろと論争も絶えないのだが……。

 閑話休題。

 つまり、この女にならば俺は全てを託せるというもの。


「まぁ、結論から言えば出来るぞ。というか猫のもので良ければすぐにでも渡せるが……、」


 期待した通りの結果だった。


「だが……、そうだな条件がある」


 こうなってしまえば渡りに船。俺はもうどんな条件であったとしても飲む覚悟を決めてしまっていた。


「何でも、何でも聞く。だから……!」

「ほう、何でもいいのか……。まぁ別に無茶は言わないよ」


 隈の酷い、荒れ放題の肌をした俺の幼馴染は、にやぁっと薄く慣れていないのがまるわかりな笑みを作っていた。

 正直に言おうか、不気味な表情だ。

 何を言われるのかビクビクと怯えながら俺は言葉の続きを固唾をのんで待つ。


「君を私にくれ」


 臆面もなくそんなことを言い放った。

 はっ? 何か、女からプロポーズされたのか?

 訳が分からないな……。どういうことだ?


 だが、

「分かった。俺なんかで良ければお前のものになるよ」

 俺の心は既に決まっている。ハトのレースで優勝できるのならば、俺の人生くらいは安いものだ。


 一時の栄光のために全てを捧げる覚悟は出来てる。


「そうか、うれしいよ……!」


 今度の笑顔は随分と優しいモノだった。

 正直、初めて見る笑顔だった。



 さて、俺が幼馴染のところへと直談判してから既に二週間が経っていた。

 そして俺の手元にはようやく待ちに待った、段ボールが届いていた。

 箱を開けて、中身を取り出す。

 それは小さな機械だった。

 ハトの頭を想定した、小さな小さなヘッドセット。その総数二十三個。それから、すべてを束ねていると思わしきコンソールが一つに小さな受信用のモニターが一つ。

 うきうきとしながら俺はさっそくそれをもって鳩舎へと急ぐ。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか……。

 餌をやりながら、近づいてきたハトの頭へとヘッドセットを装着していく。

 今度のレースに出場させる十八羽のハトたちの頭に装着されたヘッドセットは壮観だった。何か、こう、機械的なアンニュイさを感じさせられる。

 まぁいい。後はこのまま訓練を続けつつ、次の賞レースへと出場させる。

 そして、手元のモニターでハトの動きを、脳波の動きを追いかけてみる。

 そうすれば俺のハトたちに一体何が起きているのかを知ることが出来るはずだ。


 そして、その当日がやってきた。

 俺はハトを送り出して、コンソールとモニターを起動してゴール地点へと向かうバスへと乗り込んだ。

 車内でモニターをチェックする。

 滑り出しは順調だった。

 ほかの鳩舎のハトたちの後方へと陣取り、隙を伺いつつも安定した飛行で上位とほとんど差をつけられることなく進んで行く。

 むしろ俺のハトたちは安定性は抜群に高いはずだから、そのまま飛行を続けられれば一位も夢ではないはずでは? とそう思えた。

 事態が動いたのは俺たちが乗ったバスがゴール地点へと着いた頃。

 何故か、理由は明白だった。

 いや、理由は分かる。だが、何が起きているのかはさっぱりと分からなかった。

 突如俺のハトたちは進路を変更して直下の森の方へと一直線に進路を変えてしまった。

 うちのハトたちが目指している先に居るらしいのはどうやら青い鳥。

 直後の出来事だった。トップ集団の先頭を飛翔していたハトの一団が夜鷹に急襲されたのがモニタの端に映る。

 俺は息をのんだ。どうして俺の育てたハトたちだけがあの青い鳥へと誘導されているのか、どうしてそんなにも良いタイミングで誘導されたのか。

 分からないことだらけだ。だが、きっとあのまま進んでいたら俺のハトたちも間違いなくあの夜鷹に食い荒らされていた。そう思えば感謝の念しか沸かなかった。

 それからも、俺の育てあげたハトたちは危険が迫ると青い鳥を認識しては別のところへと避難していく。

 その繰り返しだ。

 それはあまりにも驚きの光景だった。

 なるほど、こうして危機を回避しながら前へと進んでいたのか……。だとすれば、俺のハトたちが万年最下位だというのも納得できる。

 そしてそれ以上に、ハトたちに迫る危険が多いことに驚いた。

 息をのみ、はらはらしながら、モニターの中のハトたちを見守る。

 そして数十分が経過して、数羽ほどの欠員を出したトップ集団がゴールへとやってきた。

 皮切りに続々と他の鳩舎のハトたちがゴール地点へとやってくる。

 そして最後尾の一団からさらに遅れること十数分、ようやくと俺の育てあげたハトたちが無事帰ってきた。


「良かった……。本当に良かった……」


 俺は思わず安堵して涙を流していた。

 もういいと思った、一時の栄光などいらないと、そう思った。

 俺は俺の育てた大事なハトたちが一羽もかけることなく無事に戻ってきさえしてくれればそれでいいと、そう思えた。


 全てを見届けた俺は疑問を抱きながらも幼馴染へと礼を言うために彼女のラボへと再度訪問した。


「あの機械、いいもの貰えてよかったよ。改めて礼を言いに来た」


 そしてひと箱四千円もする菓子折りを眠たげに瞼を擦るやつへと押し付ける。俺の三日分の食費と同じくらい高価な菓子だ、心して喰いやがれ。


「それで、首尾はどうだったんだ?」

「いや、栄光は諦めることにしたよ。俺はハトたちがきちんと帰ってきてくれればそれで十分だ。そう痛感した」

「そうか……」


 ずずぅとごちゃごちゃしたラボの中で立ったままでコーヒーを啜る彼女はあまり興味がなさそうだった。


「あのさ、それで俺をやるって話なんだけど……」

「あぁ、その話なら近々君の鳩舎にも封筒が届くはずだ。すでに手筈は済んでいるよ」

「えっ? 随分性急なんだな……」

「まぁ、君の鳩舎を私名義で買い取る話だからね、今よりは少し生活が楽になると思うし……」

「は?」

「ん? 私は今おかしなことを言ったか?」

「いや……、何でもない。ちょっとした、思い出しごとみたいな感じだから……」

「そうか、ならいいさ。これからも君の健闘を期待しているよ」


 俺は思わず肩の力が抜けた。

 そうだよなぁ、お互いにこの年まで浮いた話もないし、そもそもお互い意識してすらないもんなぁ……。

 早とちりだったか。

 けど、まぁ。オーナーと調教師なら悪くないな。

 そう思って俺はぐぅっと一つ空に向かって伸びをした。


 fin

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