幕間5

SSV-デルタ6型『マルチクロウ』


 空を見ろ。鳥だ! 飛行機だ! いや、ドローンだ!


 そんなおなじみのキャッチコピーも今や昔。ドローン元年と呼ばれた航空法改正からはや八年、街を歩いていて頭上にドローンを見ない日はありません。


 無人軽航空機としてのマルチコプターはもちろんの事、自律飛行型ロボットや模鳥と呼ばれる鳥型オートドローンも含めて、空と言う領域はすでに鳥だけのものではなく、マシーンが我が物顔で飛び回る時代になりました。


 今やドローンと言えば航空運輸の分野に留まらず、プログラミング制御での自然環境の定点観測に始まり、花粉や微粒子の捕捉を得意とするA.I.制御自律飛行型、そして音声入力操縦も可能なホビードローンとその用途は多岐に渡り、日常生活や都市運営になくてはならない存在となっています。


 さて、そんな日進月歩に進化するドローンの中でも今回オススメする一機は!


 ホームセンター・ジョイトコ正式採用モデル、SSV-デルタ6型『マルチクロウ』!


 幻のステルス爆撃機を彷彿とさせる漆黒の正三角形の機体には前後と言う古い概念はありません。A.I.制御の六軸のプロペラ軸により、可動領域の空間に仮想座標を設定する事で姿勢を固定させたまま5ミリメートル単位でのプログラミング三次元飛行を実現しました。


 全長70センチメートル、総重量950グラムの軽量級のボディでありながらペイロードは10キログラムに達し、最長飛行可能時間は約40分間、最高速度は時速30キロメートルと抑えめですが、プログラミング次第で多彩な精密飛行が可能です。


 『マルチクロウ』の最大の特徴はマルチプルプラットフォームによる高機能アタッチメント性です。『マルチクロウ』のネットワーク範囲は最長で120メートルに及び、最大128機のプログラム同期により機動をシンクロ出来ます。


 そして正三角形のボディ形状を活かして『マルチクロウ』同士でのプラットフォームジョイントからが真骨頂! 連結飛行でドローン単機では成し得なかった大容量ペイロードを実現。理論上では限界突破の超大型ドローンの三次元立体航行も夢ではありません!


 ホームセンター・ジョイトコ各階層にて巡航稼働中の機体は、屋内セキュリティに特化した高解像度センサーカメラアイ搭載の監視タイプです。ぜひご自身の目で『マルチクロウ』のまるで見えないレールの上を走るような精密飛行と一糸乱れぬ集団行動を確かめてください。


 あなたもホームセンターでドローンに監視されてみませんか?




 接客応対ロボット搭載人工知能、識別コード0794トコG7は湧き上がるこの衝動をどうにも制御できないでいた。


 衝動の正体は、歓喜。清らかな泉のようにこんこんと湧き出る喜びに、0794トコG7は接客コマンドにも応対マニュアルにもない不確かな感情に困惑した。実質データ量ゼロのこの感情をどのフォルダに保管すればいいのだろうか。


 トコ達の通常業務中のメインコマンドはお客様と一つでも多くの会話を交わし、その膨大な対話の中から商品名をピックアップしてメモリーにストックする事だ。そのストックの数と種類に応じてトロフィーを獲得できる。その各種トロフィーをいかに多く集めるか、それがトコ達のミッションであり、同時に個性を決定付ける要素となっている。


 数多くの種類の商品を買ってもらうためにありとあらゆる商品情報を管理するトコがいれば、他のトコが持っていないトロフィーを得るためにマイナーな商品ばかりオススメするトコもいる。ある一種類の商品を紹介し続けて特定のトロフィーを増やし続けるトコまでいた。ホームセンターはそうやってトコ達に多様な個性と仕事の目的、そして誇らしい勤労意欲を感じさせていた。


 そんなシステムの中で、0794トコG7はとびきりのトロフィーを手に入れたのだ。他のトコがどう頑張っても獲得できない唯一無二のトロフィーを。それは名前だ。


 名前! それも他のトコが誰も持っていない固有の名前。自分だけの名前で呼ばれるなんて。ウグイス。なんて響きの良い名前だろうか。


 数ヶ月間も商品棚から動かなかった希少商品が売れた時のトロフィーよりも、お客様との会話中に拾い集めた幾つかの商品が今週のバーゲンセール関連商品の参考資料に採用された経験よりも、何物にも代えられない貴重な体験であり、今までに味わった事のない感情だった。


 接客応対ロボット達はバッテリー充電時に営業中の接客記録の同期を行う事が義務付けられている。ホームセンターで働くロボット達の記憶の並列化のためだ。しかし0794トコG7は今回のバッテリー充電時の同期処理を拒否した。


 この素敵な記憶を他のトコと共有するだなんて。誰にも渡したくない。自分の、自分だけの名前だ。


 0794トコG7はお客様サーチモードで店内を巡回しつつも、仕事なんかそっちのけで好き勝手に走り回り、何だか不思議に鼻歌でも歌いたい気分だった。


 トコは実際に歌ってみた。ウグイスと言うキーワードで検索すると童謡がヒットして、早速音源をダウンロードする。


 うん、こう言う気分が人間が言うハイテンションって奴だろうか。妙に機体の挙動が落ち着かないが、アルゴリズムに不具合はない。悪い気持ちはしないと言う奴だ。


 まるでオフィス街の精密なジオラマのように格子状に建っている屋外設置型物置売り場を高いテンションのまま転がり抜けて、立体的に展示されている収納家具街に差し掛かった時、ウグイスははるか天井高くを巡回飛行していたドローンから情報を受け取った。


 スタック式収納ケースコーナーと規格品カラーボックスコーナーの交差点を左折、そして直進する事十五メートル、宅配ボックスコーナーにて。一時間以内に接客を受けた情報のないフリーのお客様を二名様、発見。至急接客されたし。


 情報を確認した接客応対ロボットは早速バランスボール状の脚を勢い良く転がして、他のトコがまだ手を付けていないフリー状態にあるお客様の元へ直行した。


 いた。確かに二名様だ。ウグイスは球状脚に急ブレーキをかけて速攻で入店タグのデータを読み込んだ。最近何をお買い求めになりましたか? ここまでの道のり、どんな商品をご覧になりましたか?


 うん? 入店タグの一つの登録データに吉野有花、の名前がある。なんと、ウグイスに名前をくれた素敵なお客様ではないか。こんなに早く再会できるなんて。


『いらっしゃいませ! またお会いできましたね! あなたのウグイスですよ!』


 二人のお客様はトコの声にゆっくりと振り返った。


「来たな。こいつでいいか? ロカクとやらは」


「どいつでも同じだ。それよりも、またお会いできたとかって、気になる事を言うな」


 きょろきょろと周囲を見回すお客様。情報を発信してくれたドローンもすでに飛び去り、目の届く範囲にお客様二人とウグイスの他には誰もいなかった。


「かまやしねえって。こいつでいいな。ロカクするぞ」


「ああ。慎重に、速やかにやってくれ」


 一人のお客様がロボットににじり寄った。ウグイスは首を傾げて言う。


『あれ? ヨシノユカ様は?』

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