レジ前で
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レジ前で
「いらっしゃいませ。こちら一点でよろしいですか」
「…」
「一点でお会計が4,199円です」
「…」
「5,000円からお預かりします」
「…」
「ポイントカードはお持ちでしょうか」
「あの」
「お先におつりが801円です」
「ポイントカード」
「こちら商品です」
「あの」
「はい」
「ポイントカードを忘れたんだけど」
「そうですか。でしたらレシートとポイントカードを後日お持ち頂ければ、加算できますので」
「そう」
「はい。こちら商品です」
「あの」
「はい」
「会員登録していなかったかも」
「そうですか。それではこちらの用紙にご記入ください」
「ペン」
「こちらをご使用ください」
「どうも」
「それではこちらに商品を置いておきますね」
「あの」
「はい」
「今日、身分証明書を持ってないんだけど」
「そうですか」
「着の身着のままで、外に出てきたから」
「そうですか。大変申し訳ございませんが、後日、用紙と身分証明書をお持ち頂ければ会員登録致します」
「あの」
「はい」
「悠衣子」
「はい」
「怒ってる?」
「はい」
「朝起きてびっくりしたんだけど」
「はい」
「踊り場で布団敷いて寝てたんだけど」
「はい」
「鍵無いから家入れないし」
「はい」
「それとさあ」
「はい」
「何で敬語なの」
「別に」
「え、何、悠衣子様なの」
「はい」
「ねえなんで」
「他のお客様がお待ちですので」
「いやいや、待って待って。どこにもいけないって。こんな恰好だし。あと枕にさ、50万円あったんだけど。これ何?」
「お金です」
「分かってるけど」
「そのお金で、どうぞご自由に」
「いやいやいや、待って。どういうことよ。無理よ、無理。50万円って。手切れ金なの?」
「はい」
「はいじゃないでしょ、はいじゃ。何でそんな真顔なの?ねえ、香椎由宇みたいな可愛い顔が台無しだよ。俺さ、悪いことした?」
「はい」
「いや、確かにさ、お義母さんを重石にして漬物漬けられそう、とかさ、お義父さんの存在感がトレーシングペーパーみたいに薄い、とかさ、色々言ったけどさ。しょうがないじゃん。俺、嫌われてるんだよ、悠衣子の家でさ。イヤミの一つも言いたくなるじゃん。一つじゃないけど」
「はい」
「この前さ、彩香ちゃんが俺に何て言ったと思う?”極めてないゲス”だよ。ひどくない?せめてゲスくらいさ、極めたいじゃん。よくわかんないけどさ」
「はい」
「たしかにね、彩香ちゃんに手を出そうとしたことは謝るよ。でも、結果さ、出してないじゃん。出そうとしたっていう。未遂ね。未遂。寝てる時に、服の上からペッティングよ。ペッティングだけ。しっこーゆーよつくじゃん、普通」
「はい」
「悠衣子も彩香ちゃんも、姉妹そろって美しすぎるっていうね。いやーほんと美人は罪だなー」
「はい」
「出禁だよ。それだけで。もう結婚を約束してるんだからさ、家族じゃん。家族同然じゃん。その家族のメンバーが家に入れないんだよ。おかしいじゃん。息子だよ、俺。お義父さんを僕にくださいっていう。いやいやそれを言うならお嬢さんでしょって」
「はい」
「何?突っ込んでくれないの?冷たくない?おもしろくないよ?おもしろくないけど、しょうがないじゃん。この状況でおもしろくなるわけないっしょ」
「ははは」
「そんな真顔で渇いた笑いとかさ、もう心折れるじゃん。やめてよ。ただでさえね、色々あったのよ。ここに来るまでに。お馬さんのところいったのよ。いったよ!今日くらいいいじゃん!しょうがないじゃん、ショックだったんだからさ!でさ、お金残ってないわけよ。50万円が8000円になってるわけよ。もう無理だよ、精神的にさ」
「ははは」
「もーやめて、その渇いた笑い。いつもみたいに笑ってよ。一緒に家帰ってさ、ご飯作ってよ。掃除してよ。俺のお世話してよ」
「ははは」
「楽しい?楽しい?そんなに俺が落ち込んでるの楽しい?何なの?ねえ、悠衣子。悠衣子ってば」
「皆さま」
悠衣子のレジの前で、客がずらりと横に並んでいた。皆が一斉に紙をひろげた。全員の紙に”有罪”の文字。客の一人が、一歩前に出た。
「一か月の結婚判定プログラムの検証結果は有罪。祐一氏の、いたずらに同棲期間を長引かせ、悠衣子氏の最も大切な20代という時間を台無しにした行為は、平成39年に施行された少子化特別法に違反すると判断できます。従って」
その場の客が全員、一歩前へ出て、祐一を指さした。
「祐一氏の、浮気相手桃子氏との離別、並びに、悠衣子氏との強制結婚という要求を認めます」
悠衣子は、レジから出てきて、祐一を抱きしめた。満面の笑みを浮かべながら、耳元で囁いた。
「やっと結婚できるね、ダーリン」
レジ前で @php
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