麒麟はアカシアの森の夢を見る

織末斗臣

序奏 その第一小節

   『――手に取ったナイフを男の背中に突き刺した。

   ナイフには毒が塗ってある。獲物を捕るために用意しておいた。

   毒は神経を麻痺させ、眠りに落とすだろう。


   サバンナの只中で、ひとり、男を眠らせる。


   真昼の太陽と、夜の冷気が、交互に彼を愛撫する。


   目覚めても逃げることはできない。長い鎖が男の足をつないでいる。


   一本の背の高いアカシアの樹が、彼を留めおく。

   昼には陰もつくってやろう。

   陽に炙られて、その柔らかな唇が破れてしまうのを見るのはつらい。


   アカシアの樹の場所を知っているのは、麒麟きりんとわたし――』



 アルウは、父の言いつけで、伯父のルフサに贈り物を届けた帰りだった。木陰に馬を停め、伯父がくれた椰子酒をひと口飲んだ。ほっと息をつき、ふたくちめを飲もうというとき、耳元でだれかの囁く声がした。風の音にも似た女の声。


 周囲に人がいないのは確かめてある。ここいらを通るのは限られた人間だけだ。アルウの親族の男たち。友人たち。――女は決して通らない。


「あやかしか。酒に呪いでもかかっているのか」


 アルウは眼を閉じて祈りの言葉をつぶやいた。

 だが、祈りは地面に落ちて蒸発した。


 だれかが見ている。アルウがそこにいることを知っている。アカシアの樹下で、酒を飲み、だれかを想い、夢想に耽ろうとしていることを知っている。

 アルウはそう感じて、いたたまれなくなり、馬に飛び乗った。



 囁かれた言葉のひとつひとつが、頭に焼きついて離れない。自分の足がつながれているような気がして振り返った。アカシアの小枝が風に揺れている。

 いつも見慣れた風景があるばかり――アルウは馬に鞭を入れた。

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