9-2 僕が中心にしてまわるもの
彼女は、田所と同じ学部だという。
一個下の幼馴染が同じ学校に入ってきて、昼は一緒に食う…ってなった習慣を、今ほど素晴らしいと思ったことはない。
こうなったら、こいつが唯一の彼女との繋がりだ。
一目ぼれなんて言ったら通り過ぎるのも早いのかもしれないけれど、現状、僕にその気配はまるでないまま桜は散り始めた。
何度見ていても飽きない。
何度声を聞いても震える。
同じ教室で同じ授業を取ってる田所が、心底うらやましいぐらいだ。
けれどこのまま、見て終わっていいわけじゃない。
「無理です・・・」
ってすっと引かれた手。
あの手を、今度はしっかり握りたい。
「…あんたにしたら、十分頑張ったんじゃないの?」
さすがの田所も、当初の大笑いがウソのように多少、同情的だった。
その割に手元のゲーム機から目を離すつもりはないらしい。
やけに盛大な音楽がかすかに聞こえてくる。
そろそろ魔物に乗っ取られた世界は救われそうだ。
確かにあの春霞以来必死だった。
映画に行こう、と誘えばにっこりと無言で微笑んで去られ。
お茶しない?と声をかければ、そっと目をそらされ。
ならば、と僕とつき合えばこんなに楽しいよ!こんなにがんばっちゃうよ!ってセールスポイントを、ガッチガチに用意したレポート用紙を田所に託してみた。
「…いや、あの。いらないです。」と申し訳なさそうに、中身を見ることもなくスッと押し返されたそれを柱の陰で見るのは、さすがにちょっと愕然とした。
今さっきのこと。
「あそこまで推せるもん?自分を。俺、その感覚まるでわかんないけど。」
学食でミニッツメイドのりんご吸いこみながら机につっぷす僕に、慰めなのか何なのかよくわからないことを言う。
そんなくせに、
「あんた良い人なのに。ねぇ??」
なんて、今度は励ましなのか何なのかわかんないことでダメ押した。
「僕、割と人に嫌われない人生歩んできたと思ってるんだよね。」
「まぁ、そうね。俺の周りでは人気あるよ。」
「嘘。」
「いや、ほんと。今度紹介しようか?」
リンゴジュースがズズっと鳴った。それが僕の拒否の返事だとわかったのだろう。ハッと笑った田所はチラッとだけ僕を見て、手元のゲームにまた目を寄せた。
「…彼氏、いるのかなぁ。」
空になった紙パックを見ると、白いハンカチ差しだしてくれたあの日が蘇る。
きれいに洗濯したそれは、まだ僕の手元にある。
返す口実にアレコレ誘っているのに、「もう差し上げますから」とまたまた、かわいく微笑まれてしまうのだ。
「いないって。」
「なんで知ってるの。」
「聞いたから。」
「誰に。」
「本人に。あんたが馬鹿みたいにアピるけど彼氏いんの?って。」
「嘘でしょ。」
「ホント。いないってさ。」
あぁぁ、と思わす唸ってしまった。
どうしたら伝わるの。
愛おしいんだって。
指先ひとつ、髪が風に舞うのも、声も。
断るときの微笑みでさえ、すごい好きなんだって。
ずっとそうやって必死にやってきたっていうのに。
「ねぇ。田所くん。」
「何でしょう。」
「僕の、えっと、あのさ。その、気持ちっていうのは、伝わってると思う??」
「そうじゃないの??」
「じゃぁ、こんなに押してもダメな理由って…もう、あれだよね。生理的に無理とか、そういう話だよね??」
ちょっと涙声な自分が悲しい。
こんなことで!と思うくせに、それほどのことだよ!って震える。
いくら好きだといい続けても、こうまで受け入れられないのなら‥もう仕方ない。
なんて、なんないだもん!!
好きなんだもん!!
僕の毎日は、あの瞬間から彼女を中心に回ってるのに。
ど真ん中失って、どうすんの?
「…押して引かれるんならさ。ちょっと、引いてみたら気にかけてくれるかなぁ。」
鼻声で呟いた俺に、
「それ、気がつくと思う?あの子が。」
と、やっとゲーム機から目をあげてまっすぐ言ったもんだから、妙に納得してしまった。
無理だ。
彼女の日常が、今よりちょっと静かになるだけだ。僕が静かな分。
リンゴジュースはなくなった。
甘酸っぱい香りは、白くほわほわした景色の中に漂って、その中心に彼女がいた。
僕が、推そうが引こうがそんな変化に、彼女はきっと気が付かない。
だったら。
気が済むまで、好きでいるしかないんだよ。
応えてもらえないから、もうおしまい。
そんな想いではないんだから。
えいっと押し込んだストローが、空のパックの中でカラカラと鳴った。
人もまばらな学食で、カラカラとマラカスのごとく、ゲーム音に合わせて振ると、ぶっ!と田所はまた吹き出した。なんだそれ、って。
「…来週、また好きですって言ったら引くかな?」
「引くだろ。」
「ちょっとバカなふりしてさ、いっそ毎週同じ曜日に言いに行こうかな。」
「ほんとにバカでしょ。それ。」
田所はゲームをやめない。
僕もマラカスをやめない。
一見陽気な僕たちは、時折飛んでしまうリンゴのしずくにはしゃぎながら、それでも話すことは涙声の僕の情けない話ばっかりだ。
「ん。」
田所が視線だけで、学食の入り口を指した。
振り返ると、彼女は友達と楽しそうに歩いてる。
あぁ、かわいい。
一瞬で見とれた彼女の手には、
「…あ。」
リンゴのミニッツメイド。
「…一応、ちょっと伝わってんじゃん?あの子、コーヒーしか飲まないのに。」
田所がぽんっと僕の後頭部叩くから、うん、なんて浮かんだ涙をぬぐった。
僕は彼女が好きだ。
多分、彼女は僕を好きじゃないけど。
「来週、また言ったら?」
にやにやと笑いながら言われて、うん、なんて頷いてみた。
「ねぇ。ミニッツメイドの美味しいところってどこかなあ!」
「…工場?」
「ねぇ、どこ!その工場!」
「頼むから…それは…」
「え?なに!どこ??」
途端にテンションが上がった。
ちょっとメンタル強くなった気がしたけど、
そんなのより彼女がほしいの。
だったら、もう。
ミニッツメイドの美味しいところに彼女誘って、また毎週でも好きだというよ。
いくらでもバカな振りする。
聞かないよ。
なんでコーヒーしか飲まないなんて、田所が知ってるの?
なんてことは。
ほら、僕、バカだから。
缶コーヒー、1本分。 おととゆう @kakimonoyuu
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