缶コーヒー、1本分。
おととゆう
1 揺れるスカート
OLってのは、もはや死語だと思う。
オフィスにレディ、などといえば今やセクハラだ。
お茶くみは仕事じゃない。“気遣い”だ。
上司と男に媚び売っても、収穫などない。
せいぜい、メンドクサイ男がその気になってしまうだけのことでしかない。
危険回避のつもりで、あしらうことを覚えてばかり。イコール、向き合うことを後回し。
そのツケは、今一人ってことなのだろうか。
屋上の真ん中に置かれたベンチは、おそらくこういう女のためにあるんだ。
サンドイッチ片手に、吹きさらしが心地よくなる程度の、絶妙なやさぐれ具合の。
最近のコンビニは、コーヒーも美味しい。
わざわざ、スタバにもドトールにもいかなくても、それなりにカフェ気分を十分与えてくれる。
適度に、イラついている今は尚更。
(あの人ってさ“ガンバッテル”って感じするよね?)
(あーわかる。必死って感じだよね、あの年であそこまで熱いと、引くよ)
(どうせ、どうにもなんないのに。暑苦しいよ。)
自分では動かないやつのつぶやきが、トイレのドアを飛び越えて降ってきた。
ついさっき。
あー、どいつもこいつも。
あー、めんどくさ。めんどくさい。
がじり、とかぶりついたサンドイッチ。
カツサンドなのに、カツの部分は一口で終わる。
見せかけの態の良さ。
そんなものが、コンビニで売ってるんだもの。
それを手にしてのみ込んだ私も、きっと同じ。
同じ、かなぁ‥。
“私は私”なんて、思考停止ワード持ち出して一瞬は守ったところで。そこってただの吹き溜まりだと、気が付いてるつもりなだけ、自分はマシだと思いたい。
冷めてきたコーヒーをベンチに置いて、携帯をのぞく。
“ちょっと、めっちゃかっこいいよ!!”
テンション高い友人からのメールに添付されてたジャケット写真に、『あはっ』と思わず声が漏れた。
確か、今日届く予定のアーティストの新譜だ。
今時は、お店まで出向かなくとも、発売日前日にはポストに届いてしまう。
イヤホンを差して、添付された写真の彼の歌を聞く。
思わず揺れる体を、最小限に抑えながら、後はレタスしか挟まってないサンドイッチをパクリと食べた。
頑張っても頑張っても、私の名前などどこにも残らないのかもしれない。
でも、不安なことが起こるたび、慰めのように降る誰かの「私もそうだよ」に縋っていたら。
もう“私”がいなくなってしまう。
仲間のフリしたその渦は、きっと私を一人にする。
頑張って何が悪い。
どんな年だろうと、鼻歌うたってふふん♫と過ごせばやけくそだと言われてさ。
何が悪い。
透き通る歌声が聞こえる。
それに合わせて体も揺れる。
ベンチから立ちあがって、音楽に合わせて体を揺らした。
吹きっさらしだったはずの風が、不思議。
甘く一緒に踊りだす。
ふうわりと、揺れるスカート。
カツン、と鳴るヒール。
回った拍子に、飛んでった雫は涙なんかじゃない。
“仕事早く終わらせて、すぐ聞くよ”
そんなやりとりで、しっかりカツの挟まったサンドイッチ食べた気になるの。
さぁ。
もうひと踊り。
イヤホンを抜いて、コーヒーを飲み干した。
先日、買ったばかりのバックを持って。
ふきっさらしのベンチを後にする。
ヒールを鳴らして、歩き出せば揺れるスカート。
どんな警告音も、私には効かない。
Song@YUKI 『揺れるスカート』
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