FBホテル🏤1st Stage🌏

乃上 よしお ( 野上 芳夫 )

第3話 沼地の花

 私はまた、夢の中にいるようで、暗い沼地をさまよっていた。


 右も左も、わからない。

 音は沼地の湿った空気に吸い取られていき、とても静かな夜になっていた。


 遠くに青白い光が見える。


 暗闇では、その光が唯一の希望であり、勇気の源であるような気がする。

 そこに近づいてみると、それは、今まさに開こうとしている一輪の蓮の花だった。


 まわりがどんなにヒドイぬかるみであろうと、花は素直に、その頭を真っ直ぐに泥の中から上げながら、光を求め、しだいに自らも光を放って咲いていく。

 そして、花はあたりを明るく照らしだすのだった。


 ドロ沼に咲く花は、強く、美しい......



 夢から醒めて窓の外をみると、まだ暗かったが、どんよりと曇っているのがわかった。

 窓を開けると、湿った空気が部屋に流れ込んでくる。


 ——それであんな沼地の夢を見たのだろうか?


 しかし、夢の中の蓮の花から、私は何かのパワーをもらったようで、目が覚めてみると力がみなぎっていた。

 そしてFBホテルも、そこに住まう者の夢の力の影響で、より大きく強くなっていくのだった。


 夢の中にでてきたのは蓮の花だったが、暗闇を退け真っ直ぐに成長しようとするその花は、前向きに生きていく人間を象徴している。それは、今日このホテルにやって来る、キウイさんの姿のように感じられた。


 その朝には、黒ウサギたちがFBホテルの中から姿を隠し、かわりに白ウサギたちが出てきて、平和でのどかな雰囲気を演出してくれていた。


 私はいつものようにシャワーを浴びて、FBジャケットを着てロビーに向かう。


 FBホテルの1階にいくと、この世のものとは思えないくらい美しいハープの音色が聴こえてきた。


 それは、アメリカから来たFacebookのお友達のLisaが演奏してくれているのだった。

 その透き通る音色によって、私たちは癒され、FBホテル全体の傷みも、修復できるのだった。


 白ウサギたちが沢山でてきて、ウットリとした顔をして音楽を聴いている。その中には、眠りこけているウサギもいた。

 黒ウサギも少しは来ていて、観葉樹の陰からハープ演奏を見ている。

 この黒ウサギたちは、真実に目覚める素養のある者たちで、美しい音楽の音色に感動してくると、黒い毛色がしだいに白く変わっていくのだった。

 それは、彼らの内なる性質が、悪から善の指向性を強く持つように変化したことを意味していた。


 ロビーから外を見ると、パームトゥリーが立ち並び、その先に青い海が見える。


 ふと、この一瞬の中に永遠をみたような気がした。


 それは本当だった。

 この場所では、そうなのだから......



 そして、ホテルロビーのカウンターに私が入ると同時に、キウイさんの親子がいらっしゃった。


 私は、キウイさんの目がキラキラと輝いているのをみて、彼女には心の曇りがないことがわかった。


 このような親を持つ子供はしあわせだ。

 自然に真っ直ぐな心を持ちながら、育っていくのだろう。

 それはまさに、ドロ沼に咲く蓮の花のようだ。

 世間がどんなに汚れていても、染まらずに、強く空に向かっていく。


 娘さんは、すぐにうちとけた様子で、受付のフィリピン人のJamやPamと一緒に話を始めた。


 私は迷わずに『5963』(御苦労さん)のお部屋をキウイさんにご用意させていただいた。


 その59階にある63番の部屋は、バリ風のクールアジアン・テイストで、くつろげるはずだった。

 そこをお使いになりながら、キウイさんの親子が夢とイマジネーションの力をさらに発揮していけば、その部屋はさらに美しくゴージャスに彩られるはずだった。


 このホテルで、ぜひ日頃の疲れを癒してほしい。

神奈川からの旅は、さぞお疲れになっただろう。


 えっ?このホテルがどこにあるのかって?

 それは秘密だよ......


 JamがWelcome Drinkの好みをきいてから、キウイさんに赤ワインを持ってきた。

 そのワインは、この辺りでとれた葡萄からつくられている。

 あなたがワインに関心があるなら、FBホテルに来てぶどう畑の栽培からやってみるのもいいだろう。

 畑作りはあなたにパワーを蓄えさせ、FBホテルでの生活をより充実させてくれるだろう。


 2時間後に、キウイさんは最上階の天上エステルームの予約を入れている。


 ホテルの庭のパームトゥリーの間を、ゆっくりと歩いているキウイさん親子をみながら、私はLisaのハープを聴いていた。

 そのメロディーは、この場所で永遠に流れているような気がする。


 するとロビーにいる白ウサギの1人が、私に近づいてきた。

 彼は先ほどまでは黒かったのだが、その心の変化により毛色がほとんど白く変わってきていた。


「今日の音楽には本当に感動しました。

 私の心の中に何か新しい光が差し込んで、黒い塊が溶かされたようなんです。

 だからこのホテルの管理者であるあなたに、とても大事なことを伝えようと思います」


 ——ウサギは何か秘密を私に告げようというのか?


「私たちはB博士の側につくミュータントですが、その使命はB博士を中心とした世界を造り支配することです。

 B博士の心は邪悪な思いで支配されていて、このように心が清められる透き通った音楽とはまったく無縁です。

 私たちはもともと、白も黒もなく、ただのウサギでした。それがB博士による遺伝子操作でこのように色分けされ、洗脳教育によって闇の世界を造る手助けをするようになったのです」


 私は、どうしてこのホテルの中でウロついているのかを、彼にききたくなった。


「このFBホテルが出来た時から、白いウサギも黒いウサギもここにいたけれど、なぜなんだろう?」


 ウサギはしばらく沈黙していたが、やっと口を開いた。


「それは私たちを造った人にきいてください。

 あなたはまだF博士に会っていないようだから、私がご案内しましょう」


 そう言ってウサギは、ロビーの裏手にある掃除用具が収納されている部屋の前まで私を案内した。


「ここが地下にいるF博士の研究室の入口のひとつです」


 部屋のドアを開けると嫌な雑巾の匂いがした。

 いつもは受付のJamとPam、そして彼女たちを手伝う白ウサギしか入らない場所だった。


 案内するウサギはその部屋の中に入ると、奥の方にあるもう1つのドアを開けた。

 すると中には人ひとりがやっと入れるくらいの穴が開いている。


「さあ、どうぞ!

 一緒にF博士に会いにいきましょう」


 私は促されるままに、ウサギと一緒に穴の中に身を滑りこませた。すると......


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