最下級カードホルダーの凱旋
猿賀 荘
序章 覚醒
昨日はどっちだ?
「ねえ……ねえってば、しよぅよぉ……」
――頭が、重い。
僕は……今まで……眠っていたのか……?
暗い海中からいきなり海面に顔を出したみたいな、そんな感じ。
瞼も半開き。まだ周囲が明るいこと以外、何も分からない。
「寝たふりしてるの? そーゆープレイがいいのかな?」
あれ?
重い頭が、何か柔らかいものの上に乗っかっている。枕だろうか。
視覚がまだおぼろげな中、嗅覚が先に蘇ってきた。
……すぅ……はぁ……なんだろう……? いい匂いだ。
とても心地の良い弾力の枕に手を這わせる。
「っン……はぁン」
ん? 何だ? 誰か……いるのか?
そういえば、枕の感触もおかしい。つるつるというか、スベスベして、それでいて掌に吸い付くような、いつまでも触っていたくなるような弾力をしている。
そんな事まで考えられるようになった頃、その枕が喋りだした。
「んふ……ちょっと、眠ったフリしてそーゆーコトしてくるんだあ?」
はん? そーゆーこと……?
というか、ここは……どこだろう?
その前に……あれ?
――僕は誰だ?
「ちょっと! 寝たフリとかしないでいーからさ、起きて……しようよ?」
ぼんやりとしていた視界がやっとはっきりとした瞬間、僕の直上から女の子の顔が超至近距離にまで迫って――!?
「うぉわっ! な、なんだ!? 誰!?」
「痛っ!」
「いてっ!!」
いきなり起き上がった僕の額が、彼女の顎にヒットしてしまい、痛覚で完全に目が覚めた。
――ていうか……何だ!? ここは……どこなんだ!?
目の前に痛そうな顔をして、脚を広げた状態で女の子がお尻をついている。
まてまて待て。なんとかこの状況を把握しようとしてみよう。
今いるのは部屋の中……しかも、どう見ても女の子の部屋だ。男性アイドルグループのポスターが貼られていて、ベッドの上にはクマやらウサギたちのぬいぐるみ……ん?
僕は今……ベッドの上に居るのか!?
しかも、見知らぬ女の子と二人で!?
「なななななっ……何だいチミはっ!?」
「いたいよぉ……。んん? いきなり何? チミって何よぉ。そんな驚いたフリとかもさぁ? いらないから……ね?」
女の子は俺の肩に手を置いて、顔を近づけてくる……っき、キス? 僕にキスをしようとしている? どうして!?
おちちおち、おち落ち着け。記憶を辿れ。
僕は何故ここにいるのか、感じるな、考えるんだ――。
――――ん。
――――――――うん。
――――――――――――ふぅ。
――ダメだ。全くもって思い出せない。ていうか記憶が……さっき起きてからの記憶しか無いじゃないか。
どうやら起きるまで、僕はこの女の子の膝枕で寝ていたらしい。それは確かだ。
他のことも色々と、脳内の引き出しという引き出しを開けて調べてみても、何も入っていない! パンツ一枚ない空の状態だ!
――そう、ここがどこか、どうやって来たのか。
それどころか自分の名前や年齢さえも……。
目覚めて即ラッキーピンク状態でパニくってる?
いや、でも、そんな感じでもないんだけどな……。
とにかく――。
「ね、ねえ? 僕は……」
女の子の顔が、鼻の頭が触れるくらい近くにある。
かっ……可愛いじゃないか……。潤んだ瞳が僕を見つめている。
「なぁに? ちゅーじゃなくて……ぺろぺろのほうがいいの?」
ぺっぺ……ぺろぺろ!?
ぺろぺろって、何を何でどうぺろぺろするんだい!?
その言い方は明らかにキスよりも上位アクションであることは間違いない!
――いや、ちっ違う! 今尋ねたいのはそんなことじゃあなくて……。
「ま、まず、君は……誰?」
「わたし? わたしは
「え? いや、さ、さあ……誰でしょう? って、君は僕の名前を知らないの?」
「うん。でもそっか。名前もお互い名乗らないでするのって、レアリティの高い人からしたら不躾ってやつなんだよね、きっと」
「は? れあり……なに?」
「またぁ! なになにぃさっきから。それがレアカードホルダーさんたちのユーモアかなんかなの? どーせ低レアのわたしには分かりませんよーだ」
「……? あの、さ。さっきから何を言ってるのか、分からないんだけど……」
「んー?」
ふと、僕は、俺のことを体育座りで不思議そうに眺めている女の子の、白く光る太ももに気が付いてしまった。
いや、さらに正確に言えば、白い太ももよりさらに白い、純白の下着に視線が吸い寄せられてしまう!
実物をこんなに近くで見たのは初めてだ!
いや、さっきからの記憶しかないから、以前見た事があったかもしれないけど、さっきからは初めてだ!
感動の一言です。
ああ、でもこれで自分に関することがひとつ分かった。
僕は世の中に存在する二種類の男性――えっちか、超えっちか――のうちの多分後者の部類に属する生き物なのだ。
いいさ。それを誇りに生きよう。恥ずべき事じゃあないさ。
だけど今はそれどころじゃない!
今現在分かっている状況は――。
なんだか分からないけど、僕はお互いに名前も知らなかったのに、このコの部屋で、いわゆる男女の儀式を交わそうとしていたらしい。
――っく! ますます訳が分からなくなってきた!
どうして僕は名前も知らない女の子と、そんなオイシイ……いや、ヤマシイ状況になっているんだ!?
このまま何も分からないまま流されたら、なんだか怖い……。
「もうっ! じゃあ……あなたのカード、見せてもらおっかなー。うふふ。どうせ制服の上着の内ポケットとかに入ってるんだから」
凛緒という女の子は、そう言って立ち上がると、ハンガーに掛けてあった男物の詰め襟学生服の内ポケットを、鼻歌混じりにまさぐり始めた。
一体……何を……? カード?
――まさか!?
ここはいわゆる、ふーぞくという禁断の18禁エリアで、凛緒は僕のクレジットカードを探しているとか!?
僕は超えっちな生き物だからそれはあり得る!
ここは噂に聞く『イメクラ』っていう模擬にゃにゃにゃんルームなのでは!?
「ま、待って! 僕はこんな所に、多分間違って入って来たんだ! だから、クレジットカードなんて持ってないから! 多分だけど!」
「あ! やっぱあった! どれどれぇ? どんなレアリティのお方なのかなー…………あン?」
あれ? なんだか浮かれていたと思ってた凛緒の動きがピタリと止まり、表情がいきなり曇りだし、突然のゲリラ豪雨のような声が降って来た。
「……ちょっとちょとちょっとアンタ。コレこれこれ、ななな何なのよっ!?」
雷まで含んだような口調。激変にもほどがあるし、僕を見つめる視線も鋭利な刃物のようで心底怖い。
「えええっと……? 何って……なに?」
「アンタ! こんな制服着てて……どうして白なのよ!?」
「はい?」
「わたしを騙そうとしてたんでしょっ! こんのォ……低レアのクズ野郎がぁーっ!」
――ええ!?
僕は飛んできた学生服の上着をキャッチ、続けて回転しながら高速で飛翔してきたカードを指二本で摘んで受け止めた――え? 偶然か!?
ていうか、何だ!? 凛緒ってコの、この急激な感情の変化は!?
「出てけぇ! じゃないと生活指導局に通報すんぞ!? このゴミッ! レアリティがアンタより高い黒のわたしの肌に触れるなんて……ッ!」
――ぐふッ!
メッセンジャーバッグが俺の腹にヒット……ナイスコントロール!
男物のようなので、どうやらこれは僕の私有物らしいと判断。
とにかく、他に何か飛んでこない内に逃げる!
一瞬周囲に目を走らせ、もう自分のモノらしきものはないと判断。
僕は目を三角にして憤怒している凛緒に背中を見せて、部屋の出入口のドアを開けて脱兎の如き逃走に移る。
「このっ! この! このォ!」
背中に次々と何かが当たって痛い!
何もかもが分からない中、階段を発見してそこを下る。
ここが二階だったことも知らなかったけど、玄関まではすぐに着いた。
そこに一組のスニーカーと女子の革靴――僕は迷わずスニーカーをつま先につっかけて、玄関のドアを開けて外に脱出した。
家の中からは、まだあの凛緒が叫ぶ声が耳に届く。
周りの人を呼ばれたりなんかしたらマズい! とにかくここから離れたい!
スニーカーを急いでちゃんと履き、走る、走る!
もう何がなんだか本当に分からない。
たっぷり五分も走り続けたころ、僕はようやく足を止めて振り返った。
あの子の姿はない。
代わりに僕の横を、登校途中の女子学生が自転車で走り抜けていく。サラリーマンもいる。
朝……だったのか。
さっき投げられて手にしていた制服を見る――けど、やっぱり見覚えがない。
そうだ、カード……。
僕が持っていた白いカードには、自分とおぼしき顔写真とともに、次のように記載されていた――。
【国立走攻守学園・二年ハ組・
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