第二話「和人、異世界へ」

「前回までのあらすじ。オリジナルを複製して誕生したらしいボクは男の機能を一部残したまま女の子にされた挙句、異世界侵略を試みる同郷のきちがいから異世界を守る盾の一枚として作られたことを知り、創造主をボコボコにした」


 読み物ならメタととしか言えないような独り言をしたのは、つまるところ現実逃避なのだろう。


「で、男に戻せるんだよね?」


 和人は我に返ると、剣を抜いていた。和人からすればこんな未知の体で異世界生活開始なんて御免だ。暴力に訴えるのだってすでにしてしまってるから、手にした「それ」を振るうのに躊躇いも抵抗もおそらくは覚えない。


「か、完全な女の子にな――」

「せぇぇぇぇいッ」


 そして、やっぱり躊躇いなんてなかった。


「あ、あ、ああ……」

「ゴメン、完全な女の子になりたいっていうから切り落としてあげようと思ったんだけど、突きじゃ、ちょっと横にずれただけで外れちゃうもんね。うん、失敗失敗」


 男の鼠蹊部をかすめかけて深々と地に突き刺さった剣を握ったまま、和人は言葉だけで器用におどけて見せ、股間のすぐ前を見たまま引きつった顔をした男に真顔で続ける。


「安心して。ボク、もうしくじらないから」

「いや、ちょ、ま、待て、落ち着け! い、いいか? 男になったら女騎士の適正は無駄になってしまうんだぞ?」


 適正で和人を選んだ男だからこその主張だが、当然ながら和人の意思は一ミリも動かなかった。


「無駄になればいい。ボクは失ったモノを取り戻すんだ」

「いや、失ったって……あれはついてるんだから失くしたモノなんひぃぃ、ごめんなさいぃ」

「まったく……そういう冗談嫌いだってそろそろ学習すればいいのに」


 一睨みで男を謝らせると、嘆息しつつ突き刺さった剣を引き抜く。もちろん、これ以上ふざけたら剣にモノを言わせようということなのだろう、だが。


「そ、その、だね……正直に話すのが怖かったんだ。複製して作った時点でその体だから、修正するとなると君の存在を消して作り直すほかない」

「え゛っ」


 男の吐いた言葉は和人とって爆弾過ぎた。


「い、今なんて?」

「だ、だから君の存在を消去して男として作り直す以外の方法がないんだ。ゲームのキャラリセットとは違う。自我のある君を消すなんて殺すのとほぼ同意味だ。いくら私でもそんなことできない」

「ボクを消す……」


 消滅か、このままか。非情すぎる二択を突き付けられた和人はよろめき、ぺたんと尻もちをつく。


「じゃあ、ボクは……ずっとこのまま」


 もしくは消滅を選ぶか。


「出来れば適当に誤魔化したいところだったんだけどね……結局モノカキとしても半端だったってことかな。ヒト一人誤魔化せない、なんてね」

「えっ? だったら、まさかさっきまでのは、ボクを気遣って……」


 ほとんど最悪になった男への心象に変化の生まれた瞬間だった。


「ふ、モノカキとしての意地と教示ってやつだよ。ついてるとはいえほぼ女の子を絶望に突きお゛っ」

「うん、見直したボクが馬鹿だった。だいたい、結局のところ絶望じゃん」


 格好をつけたが、消滅か現状維持のどちらかしかないと男は和人にばらしてしまったのだから。


「ふふふふふふふふふ、もういっそのことこの変態原型留めないレベルまでボコボコにしてそれからボクも消えようかな……」

「ちょっ、早まるな! 何それ、ラスボスですか? 破滅願望あり系のラスボスか何か?」


 顔を引きつらせつつ手をかざして制止しようとする男の視線を受けつつ、ハイライトの消えた目で和人はむぅ、と唸り。


「だってさぁ……そっちは男だからいいよね。男のままだからそんなこと言えるんだよね? ボクの気持ちわかる? 今、無性に何かに当たり散らしたいんだ」

「お、落ち着け……くっ、わかった」


 何とか制止ししようとしていた男は一つ呻くと覚悟を決めた男の顔をすると。


「私も女になろう」

「は?」


 ただ一つ、ただ一つの宣言だけで和人の思考を停止させたのだった。


「男のままだからそんなことが言える、もっともな意見だ。だったら私が女になれば万事解決」

「いや、どのあたりが?」

「そうそう、君をそんな体にしてしまったのは私の落ち度だ。だから、女になったら、その体を好きにしてくれて構わない」

「ちょ」


 更に自分のツッコミをスルーし遠慮なく投げられる爆弾発言に和人は声を上げるが、男は全く気にしなかった。


「あれだな、俗に『気に入った、私をファックスしていいぞ』って言うのの親戚みたいなものだ」

「どのあたりが? お詫びと気に入るのって全然別物だよね? それにファックスって」

「うむ、セクシミリとも言うな」

「言わないよ! 頭文字も変わってるんだけど?!」


 まさにボケ倒しであった、だが。


「照れ隠しだと理解してくれ、そして素直な気持ちを口に出すなら、君に惚れた」

「え゛っ」


 裏にあったものはもっと恐ろしいものだった。つまり、椅子にされた時の感謝の言葉はたぶん、素の感謝だったのだろう。


「男としてNGなら女としてでいい、ただ仕事を放り出してついてゆくわけにもいかないから君に寄り添うのは私の複製体になってしまうのだが……君は巨乳派か、それとも貧乳派? いや、普通が一番だったりする? これは複製を作る前に何としてでも聞いておきたい。まだ作成前だし、胸の大きさぐらいならなんとかなるんだ」

「複製体って……じゃなくて、うぇ? な、なに人の趣向を」

「決まっている、できうる限り高い確率で君の一番になるためだよ」


 こぶしを握った男が微かに頬を染めた真顔で和人を見る。


「何なら私も女騎士になっていい。君だけにそんなことはさせないっ!」


 謎の決意を固める男に和人が思ったのは、ただ一つ。


「女騎士の定義ってなんなんだろう」


 それだけだった。


「そして……あ、しまった。時間みたいだ」

「へっ」


 そして、唐突にそれは訪れる。


「作成された複製体をここに留めておける時間にも制限があってね。前に同僚が自分好みの女の子の複製体を作ってここに住まわせようなんて公私混同をやらか」

「それ、あなたもだよね? 現在進行形でボクと一緒に行こうとか言ってるよね?」

「ともかく、時間切れなんだ。残りの詳しいことは私の複製体に聞い」

「え、ちょ」


 男の説明は最後まで聞き取れなかった。視界がぼやけ、謎の浮遊感を感じたと思った直後には。


「わぁっ」


 投げ出され、柔らかい何かの上へ盛大に尻もちをついたのだから。

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