第一話「プロローグから抜け出さない」

「ぐ……そ、そうか。まぁ、手違いの責任はこっちにあるし、な」


 まだ痛いのか、呻きつつ斜めになっていた体を戻した男はため息をつく。続いて躊躇いがちに服のボタンへ手を伸ばし、一つ一つ外しながら愁いを帯びた視線を和人へ返す。


「や、優しくしてね?」

「へっ?」


 頬を染めて男の口にした言葉に和人が呆けたのはほんの一瞬。


「ごめん、無理」

「おげあああっ」


 渾身の拳を打ち込まれた男が体をくの字に折る。


「ボク、暴力系ヒロインとか嫌いなんだけどさ。これって殴っても許される事例だよね?」

「な、殴った後に言ばべっ」


 残酷な暴力シーンとだけ描写したくなるような光景が始まったのは、男が口答えしようとしたところからだった。


「このっ、このっ、このぉ」

「がふっ、がっ、べっ、た」


 横たわる男を執拗に踏みつけるが、男の対応を鑑みれば無理もない。あそこで下品なギャグを持ち出さなければ和人とてここまで激昂はしなかっただろう。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 尚も男を踏んだまま呼吸も荒く和人は上を見上げた。


「えっ」


 思わず声を上げるが、それもそのはず。RPGでよく見かけるような窓が何もない空間に張り付けられて浮かんでいたのだから。


「と言うか、何、この格闘っての」


 ゲームでよくあるプレイヤーキャラの能力値をつらつらと並べた所謂ステータス。そこまでなら和人とてここまでは驚きはしなかった。だが、スキルと書かれた項目にある格闘のレベルだけがとんでもないことになっていたのだ。


「ふっ、殴られ、蹴られ、踏まれ、ありがとうございますとか思いそうになった甲斐があったというもの」

「え、まさか?」


 狙いすましたかの様なタイミングで下から声を上げた男へ一部の変態発言は聞かなかったことにして和人が恐る恐る視線を下へ移動させると、うつぶせになった男は親指を立てる。


「この爆上げした格闘レベルが手違いのおべぃばっ」


 お礼さとでも言って格好をつけようとしたのだろうが、爆上げされた格闘レベルとやらが上乗せされた和人の踏みつけの方が男が言い切るよりも早く。


「ふふ、ふふふ……」


 どこか壊れた笑い方をしながら和人は踏んだ。踏んだ。蹴った。踏んだ。男の上につま先立ちした。うろ覚えのタップダンスをしてみた。踏んだ。跳ねた。しばらく色々試してみたが疲れたのでイスの代わりにした。


「あ、ありがとうございまげぶっ」


 お礼を言われたので蹴り飛ばした。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 暴力と言う名の交渉はどれほど続いたことだろう。


「ふざげで……わ゛るがっだ、まず、せづめいをざせでくで……」

「今更だと思わない?」


 突っ伏す男への信用と言うものをこれ以上ないほど下まで下げていた和人は白い目を向け。


「……って、言ってもこのままじゃどうにもなんないかぁ。いいよ、続きをするかは、内容で決めるから」


 諦念と共に嘆息した。和人とて殴って蹴るだけで事態が好転するとはもう思えなかったのだ。


「まず、君を作り出した理由なんだけどね……対抗手段なんだ」

「たいこ……いいや、続けて」

「ありがとう。ええと、世界には自分が神様になろうなんて頭のオカシイ連中が結構居てね? そいつらは考えた。神様になるにはどうすればいいかと」


 その結果、一つの答えに行きついたらしい。


「異世界を手に入れてしまえばいい、とね。まず、これがこちらと敵対してる勢力で君から見ても敵になる。で、そいつらはどうやってかとある異世界を見つけ出し、一部の構成員をその世界に先兵として送り出した。言わば侵略だ」


 だが、この第一次侵略はすぐに頓挫したのだとか。


「その異世界には神々が実在していたんだ。それはもう頭のおかしな連中を全滅させられるほど強力な神様が。問題があるとすれば、その神様が強すぎたこと」


 本気で頭のオカシイ連中を排除しようとすると、余波で和人達の居る世界に大災害が起きかねず、人様の世界に被害を出すことを良しとしなかったその神は和人達の世界の神と話し合い、和人達の世界で命を落とした人間の魂を呼び出した。


「選ばれたのは、すべてが創作活動をしていた人間。そのうち、神様転生というテンプレで登場させた神様を酷いキャラとして描いていた人達なんだが、神様転生は知ってる?」

「神様が死ぬはずのない人を殺しちゃったからお詫びに転生させてあげるって流れで二次創作の世界とか異世界に主人公を送り込んだりする舞台装置だよね?」

「そうそう。……ちなみに私もその呼び出された一人でね。これも身から出た錆って言うか、こうして有望な人材を異世界に送り出してる訳。さっき言ったシステム面の担当は私達みたいな死人じゃないから不手際とかは心配しなくてい」

「ふーん、つまりボクがこうなったのは100%目の前の人物のせいってわけかぁ。神様じゃないし、犯人ならもっと殴ってもいいよね?」


 結果的に男は暴力と言う懲罰刑の執行所に説明でサインをしたということなのだろう。


「ちょっ、ま、待て、話せばわかばっ」


 和人は、自重しなかった。

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